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祟り神(後編)






──千尋視点──




腹痛と戦いながら、晴明と山代と呼ばれる謎の男の戦いに緊張で硬直していた千尋は、あまりの腹痛に少しだけ……ほんの少し肩を動かしてしまった。


それが大変な事態を招くことになった。


千尋は、晴明に動いても良いと言われた瞬間に、トイレに駆け込んだ。


そしてしばらくこもっていたのだが、晴明が焦りながら自分を捜している声を聞き、すぐにトイレを出た。


「晴明様? すみません、トイレに駆け込んでしまったのです。晴明様、私はここに……」


そんな千尋の言葉が聞こえぬのか、晴明は必死に千尋の名前を呼んでいる。


「え……? まさか、聞こえてない? せ、晴明様、晴明様! 私はここです、聞こえています!」


その後も千尋の声は届かず、そして晴明が「しばらく我らは千尋を認識できぬ」と言ったのを聞いて、千尋は状況を理解した。


「そ、そんな……。しばらく晴明様達と話せない……というか私が認識されない? …………」


顔を下げた千尋は、よもや泣き出す……かと思われたが。


「……晴明様、心配をかけてごめんなさい。私は大丈夫です。だから……、私は私に出来ることをします!」


顔を上げた千尋は、やる気に満ち溢れた顔をしていた。


「腹が減っては戦はできぬ! まずはみんなに美味しい物を食べてもらおう。私は認識されなくても、流石に私がイメージして作ったものは認識されるでしょ。よっしゃ、美味しそうな料理、めざせ千品!」


千尋は携帯を取り出すと、沢山の美味しそうな料理の画像を見て、次から次へとイメージで出していった。


そして、それを霊界の晴明が使っている食堂への扉を開き、食堂の机の上に次々と並べていく。


「よっ、ほっ、はっ! ふふん、とりあえずここの食堂はこれで良し! あとは晴明様が気付いて食べて良いものだと確認してくれるだろうから、そしたら毎日沢山出していこ! 次に──」


その時、千尋の頭がウンウンと動いた。


「はっ、海! そうだよ、海と右手さんと左手さんがいるじゃん! ねぇ、海。私に何が出来るかな?」


海は首を傾げた後、ウンウン肯く。


「んー? 右手さん、通訳お願い!」


右手さんはコクコク手を縦に振ると、文字を床に書いていく。


「ま、ず、は、ぼ、く、が、て、が、み、を、か、く……。え? それって右手さんの意見?」


右手さんはコクコクと頷く。


「なるほど、右手さんは霊体の筆が持てるから、霊体の紙に手紙を書けるんだね!?」


右手さんはコクコクと頷く。


「ありがとう右手さん! じゃあ海、右手さんの目の代わりになってくれる?」


ウンウン


「ありがとう! 左手さんは、私と一緒に晴明様達を守れるように、お守りに念を込めるの手伝って〜」


左手さんもコクコクと頷く。



そうして、千尋は流石日本の救世主と言うべきか、ポジティブにいるのだった。








霊界に戻った晴明は、戻ってきた秋や春、十二神将と状況を共有する。


山代が封印されていた山を捜索していた秋と春は、妙な模様が描かれた霊符が落ちていたという。


触れるとなにが起きるかわからないため、結界を張り持ち帰ってきたそれに描かれた模様は、五芒星の左半分のみ黒く塗りつぶされたものだった。


それを見た晴明は、今の今まで忘れていた記憶を思い出す。


それは、かつて陰陽師に反旗を翻した者が使う模様であった。


「ふむ。これは我々陰陽師に対する宣戦布告と言ったところか。民を巻き込まねば良いが……すでに良魔の長を巻き込んでおるしな。それに千尋も……。我、許せぬ」


冷静に見える晴明の手は、強く握りしめられていた。


「晴明様、我々にお任せください。誰にも手出しはさせません」


「そうです、晴明様。我ら十二神将、一丸となり敵を捕らえてみせましょう」


「青龍、騰蛇……。頼む。我は千尋にかけられた姿隠しの術を解きながら旧・記憶の神を捜す。油断せず迅速に行動するのだ」


『承知致しました』


十二神将は声を揃えて承知すると、一斉に離散した。



「晴明様、旧・記憶の神ですが、おそらく変装していると思われます。晴明様の力で今は誰の記憶もいじられておりませんが、術に対する抜け穴を見つけていずれ行動を起こすでしょう。そこで、みさとさんの真偽の目をお借りできないかと思うのですが……」


「うむ。みさとにはすでに情報が流れておるようだし、協力を要請しよう。にゃんじろ……藤次郎も、緊急事態のために閻魔大王として行動してもらう」


「私たちは晴明様と共に行動させて頂いてもよろしいでしょうか。晴明様もですが、千尋さんが心配なのです」


「うむ、良い」


「ありがとうございます」


こうして、晴明達による捜索が始まった。







旧・記憶の神の捜索は、二日とかからずに終了した。


「離すのだ! 我をこのような扱い、誠に非人道的である!」


旧・記憶の神は能力を封じる枷を手に嵌め、閻魔大王に引き摺られていく。


その光景を眺めていた秋は、春に話しかける。


「春、あいつほど女装が似合わない奴はいないな」


「そうだな。髭の剃り残しがあるし、化粧も下手くそだ。なにより、ガタイがでかい」


秋と春がこんな会話をしているのには理由がある。


旧・記憶の神は、なんと女装をして身を隠そうとしていたのだ。


だが、あまりに下手な出来栄えに、すぐに近所の住人から通報を受けた閻魔大王が捕獲した。


「あんな奴が一時期とはいえ、霊界の神の一端だったなんて、信じたくないな」


「ああ」


そこに晴明が姿を現した。


「あやつは記憶を視た方が早いのではないか」


「そうですね、阿保なのでなにをするでもないでしょうし。藤次郎殿に視て頂きましょう」


秋は藤次郎を念話で呼ぶ。


少しして、藤次郎がやってきた。


「なんだ、あの気持ち悪い奴は」


「旧・記憶の神だ。悪いがあいつの記憶を視てくれ」


「あ? しょうがねぇな……。サクッと視てくる」


「頼む」


藤次郎は旧・記憶の神の後頭部に額を触れさせると、記憶を読み取る。


数秒して離れた藤次郎は、げんなりした様子で戻ってきた。


「どうであった」


晴明が声をかけると、藤次郎は頭をガリガリかきながら話し出す。


「あー、まずあいつが脱獄した方法は、灰色のボロボロの着物を着たやつが目の前に現れて姿隠しの術? をかけた後、巡回の閻魔大王が姿がないことに慌てて牢の鍵を開け、その閻魔大王を灰色の奴が昏倒させて能力封じの枷の鍵を奪い、あいつの枷を外した後に閻魔大王の記憶を改竄したようだ」


「なるほどな。時雨殿はやはりあいつが記憶を消していたか?」


「ああ。その後は良魔の数名の記憶の改竄を行い、灰色の奴の力で見つからないように身を潜めていたようだな。灰色の奴が居なくなってからは、ご覧の有り様だ」


「うむ。すまなかったな、藤次郎。ありがとうなぁ」


「どういたしまして。それより、千尋はまだ術が消えないのか」


「うむ……。手紙がな、届いたのだ」


「手紙? 誰からだ?」


「千尋から、だ」


「なんだと? どうやって……」


「なんでも、右手さんが代筆したようだ」


「あー、なるほどな。で、なんて書いてあったんだ」


「それは──」






晴明様へ


貴方の妻の千尋です。

今は右手さんに代筆してもらっています。

私を守ってくれて、ありがとうございました。動いてしまって、本当にごめんなさい。

今、私は霊体の方に認識されていない状態みたいですが、ただそれだけです。

みんなと話せないのは寂しいけど、それよりも、霊界のことを、霊界のみんなを守ることを最優先して下さい。

もちろん、あなたも、気をつけて下さいね。

私は私なりにみんなをサポートします。

だから、私のことはひとまず気にしないで。

またお話できる時を、待っています。

愛しの君へ。


               千尋より






「──と、いう手紙であった。だからな、我はあやつを見つけることを最優先したのだ」


「なるほど……。千尋らしい。じゃあ、あいつは捕まったことだし、これで千尋の術を解くことに集中できるな」


「うむ」


その時、十二神将である白虎から念話が届いた。


(晴明様ー、白黒の五芒星が描かれた隠し扉を見つけたよー)


(なんだと? 何処にある)


(霊界の裏鬼門|(南西)にあるー。目眩しの結界が張られてるよー)


(ふむ。では白虎はその場で誰か出てこぬか見張ってくれ。朱雀と玄武が近くにおるよう故、すぐ向かわせよう。我も──)


(晴明様は来なくていいよー、はやく千尋ちゃんにかかってる術を解いてあげてー)


(む? 良いのか?)


(うんー、もし敵がいたら、僕たちの力を見せつけてくるよー)


(ふむ……良い。無理だけはするでないぞ)


(ありがとー。じゃーねー)


「……我は千尋の術を解きに行く。藤次郎、引き続き頼む。る魔、ろ魔、共に」


「「はっ」」


晴明達は、千尋の部屋に瞬間移動した。






千尋の部屋に移動した一行は、家主の姿が、気配が無い部屋に、哀しさを覚える。


「千尋さん……待っていてください、晴明様がすぐに術を解いてくださいますからね」


春が言うと、秋は春の肩を優しく抱く。



「千尋……。今から術を解く。だからな、いつも座っておる位置に座っておって欲しいのだ。少し時間がかかるが、必ず解く。良いか? 千尋」


シンとした部屋から返事は無い。

だが、晴明は千尋が笑って座ったような気がした。


「では、今から術を解く」


晴明は千尋が座っているであろう場所に両手をかざすと、一気に集中する。


「……我、安倍晴明が命ずる。安倍千尋にかけられた姿隠しの術を解き、姿を現せ。急急如律令!!」


晴明が手の平から気を放つと、手の平の前の空間がブレた。


そして何もなかった空間に、徐々に輪郭が浮かび上がり、色づき、数分で正座して晴明に向かい合う千尋の姿が現れた。


晴明は完璧に気配まで千尋が戻るのを確認し、手の平から気を放つのをやめた。


「……千尋?」


晴明が確かめるように名前を呼ぶと、千尋はニコッと笑った。


「はい、晴明様!」


千尋の笑顔を見て、声を聞いて、晴明は涙腺が緩むのを感じた。


「千尋……、千尋ぉ!」


晴明は、千尋を抱きしめた。

そして存在を確かめるように、千尋の足が痺れてしまうまで、ずっと抱きしめていた。






数時間後。




千尋の部屋には、晴明、十二神将、秋、春がぎゅうぎゅうに集まっていた。


何故こんなことになっているのか。


それは、千尋と晴明の会話で理由が分かる。


「せ、晴明様、恥ずかしいです」


「嫌なのだ、離れとうない」


晴明は恥ずかしがる千尋を、いつまでも離さずにいた。


「あー、晴明様ー、とりあえず報告するねー」


「うむ、白虎。報告してくれ」


「うんー。まず、僕が扉を見つけたあとー、一人の普通の男が出てきたー。その男はー、僕に気づかずにー、歩き出したからー、玄武にそいつをつけさせたー。そしてー、玄武からその男がー、女の子を拐ったって聞いてー、戻ってきた時にー、半殺しにしてー」


「うむ」


晴明が相槌を打つと、すかさず騰蛇がツッコんだ。


「って、おいおい、半殺しにしちゃダメだろ。ほぼ殺しだ」


「騰蛇さん、ツッコミどころ違いません!?」


千尋によるツッコミへのツッコミは、スルーされた。


「でー、女の子は玄武に任せてー、男に組織の中身を吐かせたらー、女の子を怨霊に食べさせてー、強くしてー、陰陽師を殺しちゃおーっていう奴らだったからー、朱雀が男に変化(へんげ)してー、僕を拐ってきた女の子に見せかけてー、扉の中に入ったー」


「えっ……食べさせて、って」


千尋の口は、あまりに残虐な内容に震える。


「そしたらー、数人の女の子がー、牢に入れられててー、僕もー、そこに入ったー。朱雀はー、組織の奴らをー、皆ごろ……抹殺しに行ってー」


千尋は、皆殺しも抹殺も同じじゃ? と思ったが、続きを聞くためにつっこむのを我慢した。


「でー、僕は女の子達にー、誰か連れてかれた子はいるー? って聞いたらー、誰もいないってことだったからー、とりあえず女の子達に守護結界を張ってー、大丈夫だよーって慰めてたー」


「後は俺が引き継ぎます。俺は男に変化したまま屋敷内の奥へ進み、複数の男から情報を聞き出しました。怨霊がいるのは確かなようで、そいつを見つけ出すまで男達を殺すのは我慢し、鍵のかかった地下室を見つけました。そこの鍵を開けて降りると、中には何重にも結界が張られ、中には一人の怨霊がいました」


「一人か?」


「はい。しかし、ただの怨霊ではなく、複数の怨霊を取り込んだ、複合体の怨霊でした。俺はとりあえずそいつを出さずに結界の中に入るため、怨霊に化け、組織の奴らの前に現れました。案の定、奴らは俺を結界の中に放り込み、地下室の扉を閉めていなくなりました」


「ふむ。なるほどなぁ」


「後は想像通り、怨霊を消滅させ、結界を破り、男達を──」


千尋は、ゴクリと唾を飲み込む。


「──というところで、玄武に任せていた女の子の親の通報を受けた閻魔大王がやってきまして。仕方なく、半殺しにして引き渡しました」


千尋は、ホッと息を吐く。


「そしてー、僕は女の子達を安全なところに連れて行ってー、女の子達の親が連れて帰るのを見届けたーって感じ。女の子達の親はー、みんな旧・記憶の神に記憶をいじられていたみたいー。あいつも半殺しにしたいなー」


「ほぼ殺し、な」


騰蛇がつっこむ。




今度は、千尋はつっこまなかった。








数日後。




霊界には、再び平穏が訪れていた。


良魔達の誤解も解け、晴明への疑いはなくなった。


ただ、良魔の長である時雨は、まだ完全に記憶は戻っていなかった。



「時雨殿、今日はいい天気ですね。お花見にでも行きませんか?」


「千尋殿……。ああ、行きたい」


時雨のことを献身的に支えていた千尋は、記憶が戻るにつれて表情が明るくなる時雨を見て、嬉しく思っていた。


自分が長に任命した責任もあり、辛いことが多かったのではないかと思っていたが、時雨がぶっきらぼうながらも優しく朗らかなのを感じ、安心していた。


「時雨殿、今日は私の家族を紹介したいんです。みんないい子達なんですよ」


千尋がニコニコと言うと、時雨の表情が固まった。


「いい……子達……? 子、か?」


「え? ええ、そうです。もう大きいですが、いつまでも私の可愛い子供達です」


「…………」


時雨は、暫し固まると、一度目を閉じた。


そして開くと、その眼には力強い意志が宿っていた。


「時雨殿? どうしましたか?」


「千尋殿……。言いたいことが、あります」


「はい?」


千尋の目をじっと見つめた時雨は、意を決して言った。


「俺は、貴女が好きだ」





沈黙が流れる。



恋愛経験がほぼ無く晴明と結婚した千尋だが、それが恋愛感情での「好き」であることは、流石に察した。


千尋はしばらく固まったが、口を開く。


「私は──」


「いい。……わかっている。貴女が俺に恋をしていないことくらい。ただ……俺の記憶が完全に戻るまで。……俺のそばに、いてくれないか……?」


「もちろん!」


千尋は、即答した。


その即答を聞いて、時雨は一瞬目を見開き……柔らかく、笑った。


















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