料理対決【後編】
前回のあらすじ。
雅泉は麻里奈に『サクトとは友人なだけ』だと言い、婚約者にも手を出さないよう忠告する。
しかし、麻里奈は婚約者と勝負し、勝った方が雅泉を手に入れるのだ、と料理対決を申し出る。雅泉はそれを受け入れ、麻里奈と雅泉の婚約者である結衣は味噌汁対決をする事になったのだった。
「よーい、始め!」
雅泉の合図に、麻里奈と結衣はそれぞれ動き出す。
麻里奈は味噌汁といったらこれだろう!と豆腐を切り始めた。意外や意外、麻里奈は左手に木綿豆腐を載せると、横にスッと切り、縦に切り、と慣れた手つきで切り始めた。
一方、結衣は茄子を洗い一口大に切り、ボウルに入れ、塩を軽く入れる。イメージで10分経った状態にしたら茄子を水で洗い、キッチンペーパーで水気を丁寧に拭き取る。そして鍋に油を注いで熱し、皮を下にして揚げ始めた。
その様子を見ていたサクトと愛香は、麻里奈と結衣の手慣れた様子に驚いていた。
「なぁ、雅泉殿。結衣さんはいつも料理を作ってくれるのか?」
「うん、そうだよ。とっても美味しくて、いつもおかわりしちゃうんだ。だから結衣の圧勝かと思ったんだけど、麻里奈ちゃんもなかなか手慣れてるね。公平な判断をお願いするよ、サクト殿、愛香ちゃん」
「あ、ああ……」
「承知致しました」
サクトは思った。
(もし万が一麻里奈が勝ったらどうするんだ? 雅泉殿には策があるのか?)
そんな疑問を浮かべるサクトだったが、自分は公平な判断をするだけだ、と考えることを放棄した。
二十分後。
「出来ましたわ!」
「私も」
「良いよ。では、麻里奈ちゃんの方から頂くとしようか。麻里奈ちゃん、サクト殿と愛香ちゃんへ味噌汁を渡してくれ」
「分かりましたわ!」
麻里奈は自信ありげに味噌汁を汁椀によそうと、サクトと愛香に差し出した。
「じゃあ……いただきます」
「いただきます」
サクトは恐る恐る一口飲む。
「……ん! まろやかで美味い」
「本当ね。味噌は合わせ味噌かしら?」
「そうですわ! 隠し味は……愛ですわー!」
「俺らに愛を込めてどうすんだよ。まぁ、豆腐とワカメっていう定番の味噌汁にしちゃあ、上出来じゃねぇの?」
「な、なんですの。そんなに褒めて……。はっ、まさか、わたくしに惚れて……!? 破廉恥ですわぁー!」
「ちっげぇぇよ!! 俺は愛香にゾッコンなんだよ。お前が入る隙なんて微塵もねぇ!」
「ふんっ、どうかしら。貴方は本当に愛香ちゃんを愛していますの?」
「あ? 当たり前だろ」
「そうですの? それにしては、先日愛香ちゃんのお父様とあつぅいキッスをしていたようですのに?」
「げっ!」
「え? 父様と? サクト、どういうこと?」
「い、いや、愛香。それには深い訳があってだな……」
「深い訳? ってことは、父様と接吻……したのね……?」
「し、したはしたが、あれは晴明が強引に……!」
「……。黒蛇様」
「ニョロ〜、どうしたニョロ?」
愛香が黒蛇の名前を呼ぶと、愛香の袖から黒蛇がニュルリと出てきた。
「サクトを縛り上げるの、手伝ってくれる?」
「良いニョロ〜」
黒蛇は人体化すると、素早くサクトを後ろから羽交い締めにする。
「なっ!? 愛香、誤解だ! 晴明は酒に酔って俺に口移ししてきただけで、俺と晴明はそんな関係じゃない!」
「父様に聞いたけど、そんな覚えなどないが? って言われたわ。父様はお酒強い方よ。そんなこと有り得ないわ。サクト……本当は父様が好きなの? 私は遊びだったの……?」
「違う、俺は愛香だけを愛してる! そうだ、未来の千尋さんに聞いてみてくれ! 千尋さんなら知ってるはずだ!」
「母様……? 母様が父様とサクトがキスしたって聞いたら、きっとショックを受けるわ。だから聞けないわ」
「それは……そうかもしれねぇが……」
(くそっ、どうすりゃ愛香の誤解を解けるんだ!? 考えろ……。またみさとに頼んで真偽の目で視てもらうか? にゃんじろうもあの場に居たし、事情を知ってるかもしれねぇ。よし、早く──)
「まぁまぁ、愛香ちゃん。落ち着いて。私がサクトさんの記憶を視てあげるわ」
「えっ? 結衣さんが……? 記憶を視るって、それは閻魔大王様にしか与えられない特権でしょう? 記憶の神様以外は閻魔大王様だけしか記憶を視れない筈では?」
「うふふ。私、こう見えて閻魔大王なの。これ、証明書ね」
「えっ、そうなんですか!? 見えなーい!」
(なんだと!? と、とにかく助かった!)
「結衣さん、頼む、俺の記憶を視てくれ!」
「分かったわ。じゃあ黒蛇さん? そこ、退いてくれるかしら?」
「ニョロ〜、愛香、退いていいニョロ?」
「ええ、良いわ。ありがとう、黒蛇様」
黒蛇は少し残念そうな顔をすると、サクトを解放した。
「じゃあ、視るわよ」
「ああ、頼みます」
結衣はサクトの後頭部におデコをくっつけると、記憶を視始めた。
「あらあら、ビールをこんなに沢山飲んで。晴明様ったら、目が据わってるわね。あらあら……あら。うふふ、晴明様のお綺麗な顔がこんなに間近に……あら。接吻されてしまったわね。サクトさんは本気で嫌がってるようよ。……あら、ようやく離れたわ。長かったわね……あら? またされてしまったの? あらあら……」
黙って聞いていたサクトだったが、晴明に接吻された時の状況が蘇り、羞恥心でいっぱいになった。
「〜っ、も、もう良いですか!? 俺が嫌がってるの、分かりましたよね!?」
「あら、残念ね」
「こらこら、結衣。遊びじゃないんだぞ」
「それもそうね。愛香ちゃん、サクトさんと晴明様はやましい関係じゃないわ。晴明様が記憶に無いのは、飲みすぎね」
「そう……ですか。良かったわ〜」
「愛香、分かってくれたか!?」
「ええ、一応ね。でも、黙ってたことはいけないわ。後でオシオキ、ね?」
「ぐっ……あ、ああ、分かった」
「ふんっ、なんだ、そういうことでしたの。残念ですわ。まぁ仕方ありませんわね。じゃあ、審査の続きですわ!」
「ちっ、てめぇ、覚えてろよ……」
「あーらなんのことですの? おーっほっほっほ!」
「では次は私の番ね。はい、サクトさん、愛香ちゃん」
結衣は汁椀によそった味噌汁を渡す。
「おー、これは揚げナスと焼きネギの味噌汁か。美味そうだな。いただきます!」
「美味しそうね。いただきます」
サクトと愛香は同時に味噌汁をすする。
「「……美味しい!」」
「これは白味噌か? ほのかな甘みに、素揚げした茄子の油と焼きネギの香ばしさが合わさって、すげぇ美味い!」
「本当ね。茄子もネギもトロトロよ」
「良いね。じゃあ二人とも、勝負はついたかな?」
「ああ」
「はい」
「「せーのっ、結衣さんの勝ち!」」
「な、なんですって!? ちょっと、お二人、何かの間違いではなくって!?」
「いーや、間違いじゃない。お前も飲んでみれば分かる。ほら、飲んでみろ」
サクトは新しい汁椀に結衣の味噌汁をよそうと、麻里奈に渡した。
「……。仕方ありませんわね」
麻里奈は味噌汁をじっと見つめると、一口口にした。
「……! 美味しい……ですわ……」
「だろう? 負けたと思わないか?」
「悔しいけれど……わたくしの負け、ですわ……」
「そうかい、負けを認めるね?」
「……。認めますわ……」
「ありがとう。じゃあ、今後私には関わらないでくれるね?」
「そうですわね……女に二言はありませんわ……。うっ。うわぁぁん!」
「おやおや……私は泣かれるとどうしてよいか分からないのだけどね……」
「おい、麻里奈。お前、泣く暇あんなら料理の腕上げて、雅泉殿より素敵な男見つけろよ」
「私より素敵な男なんているのかい?」
「雅泉殿は黙っててください。いいか、麻里奈。お前の人生は果てしなく長い。そんな人生で恋人が出来るなんて奇跡なんだ。次に来たチャンスを逃さないよう、一瞬一瞬を大切に生きろ。それがお前の幸せへの一歩だ」
「サクト……。うっ。わ、分かりましたわ。皆様、お見苦しいところをお見せしましたわ。結衣さん!」
「なぁに?」
「雅泉様を決して離すんじゃありませんことよ!」
「ええ、分かったわ。死んでも離さないわ」
「良いですわ! それじゃ、皆様、ごきげんようですわー!」
麻里奈は玄関まで走ると、瞬間移動でかき消えた。
「やれやれ、サクト殿、次に麻里奈ちゃんに会ったら、家の中は走らない、と教えてくれるかい」
「はぁ……分かりました」
(二度と会いたくねぇ……)
こうして、麻里奈と結衣の料理対決は結衣の勝利に終わり、一行は一安心するのだった。




