ひな祭り
「愛香ー、お着物造るからそこに立ってて!」
「良いわ、母様。でも私お着物沢山持ってるわよ?」
「良いの良いの。今日はひな祭り! 女の子の日なんだから、綺麗にしなきゃね!」
「毎年この日はわくわくするわね。小さい頃は雛人形も怖かったけど、今では気に入ってるわ」
「下界の私は見たことないけど、立派なんでしょう?」
「ええ。とても立派よ。男雛も女雛もとっても綺麗だし。小さい頃は手が届かなくて父様や母様が飾っていたけれど、今は毎年私が飾っているわ」
「そうなんだね! よし、じゃあ未来で雛壇が見れるのを楽しみにして、愛香のお着物造るね! えーと、あ、このお花のお着物可愛い! じゃあイメージして……。固定保存! どう? 愛香」
「ええ、とっても可愛いわ。じゃあ母様、私サクトに会ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい! 今夜は未来の私が来て宴会を開くから、19時に晴明様の家ね」
「わかったわ」
こうして愛香は千尋に新しい着物を造ってもらい、サクトがいる場所へ瞬間移動した。
──霊界にて──
サクトはそわそわと落ち着かなく愛香を待っていた。
(愛香に指輪買ったけど……。気に入ってくれっかな。桜の花をモチーフにした指輪……。喜びすぎて抱きつかれたりして)
サクトはニヤニヤとしそうになるが、此処が外であることを思い出して表情を改めた。
次の瞬間、目の前には愛香が立っていた。
「待たせたわね、サクト」
「ああ、愛香。いや、待ってねぇよ。あ、愛香。これ、やるよ」
「え? なに?」
首を傾げる愛香の目の前に、サクトは指輪を翳した。
「…………」
「これ、愛香に似合うかな……って。き、気に入らなかったか?」
「……。サクト。これって、そういう事?」
「え? そういうって?」
「だから……。そういう事よ。指輪と言ったら、婚約指輪じゃないの?」
「えっ」
(そ、そうなのか!? 愛香に似合いそうな可愛い指輪だな、と思って衝動的に買っちまったけど、そうなのか!? 指輪といえば婚約指輪……。……仕方ねぇ、どうせいずれ渡すつもりだったんだ。今でも良いだろ!)
「あ、ああ。愛香……俺と婚約してください」
「嫌よ」
「えっ」
(こ、断られた!? な、なんでだ!?)
「あい、愛香。なんで嫌なんだ? 俺と結婚……したくないのか?」
「結婚はしたいわ。でも私達キスもまだなのよ? それにサクトの反応。婚約指輪のつもりで買った訳じゃないのよね?」
「そ、それは……そうだけど。でも愛香と婚約しても良いって思ったのは本当だぞ?」
「そうね。婚約も良いかもしれないわ。でも私達、もっと時間が必要だと思うの。まだまだお互い知らないこともあるし……。ねぇ、サクト。サクトは私と婚約したら同棲してくれる? 毎日飲みにも行かずに帰って来てくれる? 私以外の人と話さないでくれる? 私だけをその眼に映してくれる?」
「ちょ、あ、愛香? どうしたんだ? 愛香らしくない。そんなに束縛強かったか?」
「私はこれが本当の私──」
パアァァン!
愛香が突然横に吹っ飛んだ。
サクトは一瞬何が起きたか分からなかったが、サクトから一メートル程離れたところに倒れている愛香を見て慌てて駆け寄る。
「あ、愛香!! 大丈夫か!? 一体何が──」
「サクト、そいつから離れて!」
「え? あ、愛香!?」
サクトが顔を上げると、そこには愛香が立って居た。
「ど、どういう事だ。愛香が二人!?」
「そいつは偽物よ!」
「に、偽物!? でも顔も声も愛香で──」
「うっ。ううぅ〜……。い……いたぁぁい! ですわ!!」
倒れていた愛香はガバリと起き上がり、右頰を押さえて叫んだ。
「何するんですの! 乙女の顔は命ですのよ!? 痣が残ってしまったらどうしてくれるんですの!」
「その口調……てめぇ、いつぞや会った俺を雅泉殿の婚約者だと誤解しやがった奴だな!? 今度は一体何の為に愛香になりすましやがった!」
「それはサクトが本当に愛香ちゃんを愛しているのか確かめる為ですわ! 雅泉様は何度婚約者が誰か尋ねても『サクト殿』と答えるんですのよ!? これはサクトが本当に愛香ちゃんを愛しているのか確かめるしかありませんわ!」
「何!? 雅泉殿がそんなことを……! だが俺はこの前みさとに真偽の目で見定めてもらった通り、雅泉殿とは友人なだけだ。そうだな? 愛香」
「ええ、そうね。麻里奈ちゃん、今回はやりすぎよ。私から雅泉様に麻里奈ちゃんにちゃんと言うように伝えるから、今日は諦めて帰ってちょうだい」
「うっ。愛香ちゃんに言われたなら仕方ありませんわね。分かりましたわ……。サクト! 雅泉様に不埒な真似をしたら許しませんことよー!!」
麻里奈はそう叫ぶと、瞬間移動でかき消えた。
「ふぅ、雅泉様も大変ね。サクトもだけど。大丈夫? サクト。何もされてない?」
「あ、ああ。助かった、愛香。麻里奈とやらが吹き飛んだのは愛香がやったのか?」
「そうよ。選から『相手を弾く霊符』を貰ってたからそれを使ったの。力強い男性に絡まれても大丈夫なように、ってね」
「そうか……」
(せっかく買った指輪だが、本物の愛香にも婚約指輪だと思われてもな。プロポーズはもっとちゃんとしてぇし、今回は指輪は渡さなくていいか)
「遅くなってごめんね、サクト。じゃあ食堂に行きましょう」
「大丈夫だ。俺も麻里奈なんかに騙されるなんてまだまだだな。精進するよ。じゃあ行くか」
こうしてサクトと愛香は食堂へと行くのだった。
夜。晴明の家にて。
「みんな揃ったねー。じゃあ、今日は愛香が主役だけど、みんな楽しんでね! かんぱーい!」
『かんぱーい』
「愛香、はまぐりのお吸い物を食べるといいよ!」
「ええ、ありがとう、母様」
「ねぇねぇ母さん、毎年ひな祭りの日にはまぐりのお吸い物を食べるけど、なんではまぐりのお吸い物なの?」
「それはね、選。はまぐりは、対になってる貝殻じゃないとピッタリ合わないでしょ? このことから、仲のいい夫婦を表していて、『一生一人の人と添い遂げるように』という願いが込められた縁起物なんだよ」
「そうなんだー。色んな縁起物があるんだねぇ」
「そうだね! さぁ、選も食べて! 晴明様、晴明様には白酒がありますよ」
「む、白酒か。良い良い。我、飲むのだぞ〜!」
「飲みすぎないでくださいね〜」
「母さん。俺も飲みたい」
「これはアルコールが入ってるから、信治は甘酒ね〜」
こうして安倍家一家はひな祭りを楽しむのだった。




