飛行機
「左手さん、ポンって呼んで良いですか?」
左手はブンブンと手首を横に振る。
「んー、ポンに言いたい事があるんだよなぁ。みさとに話しかけてみるか! ポンー!」
バンッ(霊界と下界を繋ぐ扉)
「なぁに千尋ちゃん、僕はみさとだよ」
「ポン、好き! ポンスキー!」
「だから僕はみさとだよ千尋ちゃん。ねぇにゃんじろう」
「にゃあのぉ!」
「え? ポンだって? もう、にゃんじろうったらー」
「にゃあのぉ!」
「ポン、好き! ポンスキー!」
「ポンスキーってなにか違う意味に聞こえるんだけど、なぁに千尋ちゃん?」
「ポンスキーっていうのは、ポメラニアンとシベリアンハスキーのミックス犬の事だよ! ポン、好き! ポンスキー!」
「なるほどね。千尋ちゃんは駄洒落が好きだね。それを言うためだけに僕に話しかけたの?」
「うん! そうだよ。それとまたポンと遊びたいと思って……。ねぇみさと、ポンとして私と遊んでくれない?」
「うーん、まぁいいけど……。どうやって遊ぶの?」
「私がにゃんじろうやるから、ポンは猫のつもりになって!」
「にゃあのぉ!」
「え? 俺のフリはするな? うーん、じゃあにゃんじろうとポンは恋仲で、その仲を引き裂こうとするにゃん太を私が演じるよ!」
「にゃあのぉ」
「分かったよ千尋ちゃん。じゃあ今から僕はポンだね」
「にゃあのぉ」
「良いよ〜。じゃあいくよ。ポン! 好き! 僕と結婚して!」
「にゃん太……僕はにゃんじろうを愛してるんだ。そんな事出来ないよ」
「にゃあのぉ!」
「どうして、どうしてにゃんじろうなの!? にゃんじろうなんて丸くてぷよぷよで、僕のようなスレンダーな身体じゃないじゃないか!」
「僕はにゃんじろうのような丸くてぷよぷよした身体が好きなんだよ。にゃんじろうの肉球……ぷにぷにしてて気持ちいいんだ」
「くっ、にゃんじろうめ……僕は負けない! 必ずにゃんじろうより僕を好きにさせてみせる! ポン、ポンが好きな食べ物を取ってくるよ! 待ってて!」
「僕の好きな食べ物? なぁに?」
「イメージして……固定保存! ほらポン、ポンの好きなシャケ茶漬けだよ〜」
「わぁ、ありがとう千尋ちゃん!」
「違うよポン、にゃん太だよ〜」
「あ、そうか。ねぇ、これ食べていい?」
「良いよポン! 食べて!」
「にゃあのぉ!」
「にゃんじろうも食べたい? じゃあ人体化してね」
「にゃあのぉ」
人体化!
「……おいにゃん太。これごときでポンが手に入ると思うなよ」
「どうして、にゃんじろう。きっとポンもシャケ茶漬けを食べれば僕にメロメロだよ!」
「ポンは俺のものなんだ。お前如きの野良猫が手に入れられる奴じゃねぇ!」
藤次郎に一喝された千尋はビクッとする。
「こ、こわいよぅ〜。うえぇーん、ポン〜!」
「にゃん太、僕は弱虫な君より男らしいにゃんじろうが好きなんだよ。じゃあね!」
バタン
「……。藤次郎様、怖かったぁ〜。さすが元戦国武将。怖かったねー、海ー」
ウンウン
「海もポンの取り合いに参加してみる?」
ブンブン
「そう。じゃあ海、トラにゃんと遊ぼ〜」
ブンブン
こうして千尋は藤次郎の怖さを知るのだった。
それから数日後の夜。
プルルルルップルルルルッ
「ん、電話だ……。またたかちゃん? なんだろ」
プルルルルップッ
「はい、もしもし……」
『もしもし、千尋? 元気?』
「うん、元気だよ。というかこの前会ったばかりじゃない。で、今回はどうしたの?」
『ああ、飛行機見に行かないか?』
「飛行機を……見に……? ちょっとたかちゃん、私この前たかちゃんを振ったんだよ? 分かってる?」
『ああ、分かってるよ。お前のことはキッパリ諦めてる。というか俺、彼女出来たし』
「え? 彼女出来たの? おめでとう!」
『ああ、ありがとう。で、千尋を飛行機見に行くのに誘ったのは、彼女と行く前の下見に。お前なら振られてるし、彼女も二人で行っても許すかなと思って』
「えー? 下見に付き合うのは全然いいけど、私と二人で行ったと知ったら彼女さんいい気しないと思うよ? たかちゃん、幸にぃと一緒に行ったら?」
『兄貴と? 嫌だよ、なんでいい年した男兄弟が二人で飛行機見に行かなきゃなんないんだ。そうだ、じゃあ兄貴も誘うから、三人で行こうぜ』
「三人で? うーん、それなら良いかな。じゃあいつ行くの?」
『今週の土曜日。空いてるか?』
「今週なら空いてるよ。じゃあ迎えに来てくれるんだよね?」
『ああ、もちろん。兄貴にも連絡しておく。じゃあ土曜日の十三時、お前ん家に兄貴と行くから。じゃあな』
「じゃあねー。……晴明様に言わなくちゃ」
(明、お話したい事があります!)
「どうしたのだ、千尋」
「あ、明! 実は今週の土曜日、たかちゃんとたかちゃんのお兄さんと一緒に飛行機を見に行く事になったのです」
「たかちゃんとは先日千尋に告白した男であろう? まだ千尋を諦めておらぬのか?」
「いえ、たかちゃんは彼女も出来て私の事はキッパリ諦めてるらしいのですが……。なんでも彼女と行く前に下見したいとか」
「ふむ。まぁたかちゃんは良い男なのだ。許す」
「ありがとうございます、明!」
こうして千尋は土曜日にたかちゃんとたかちゃんの兄と一緒に飛行機を見に行く事になったのだった。
土曜日。
プルルルルップルルルルッ
「あ、たかちゃんだ。来たかな? はい、もしもし〜」
『千尋、来たぞ。今アパートの前に車停めてるから』
「了解! 今下りるねー」
『ああ』
そして電話を切った千尋はアパートの一階まで下りて外へ出た。すると一台の赤い車が路駐していた。
窓から中を覗くと、助手席に座る幸にぃが見えた。
コンコン
千尋は窓をノックする。
すると助手席の窓が開いた。
「やぁ、千尋ちゃん。久しぶりだね。さぁ、乗って乗って」
「ありがとう、幸にぃ」
千尋は後部座席のドアを開けて乗り込む。
「おー、千尋。半ドアじゃないか? ちゃんと閉めたか?」
「もう、何歳だと思ってるの? たかちゃん。ちゃんと閉めたよ」
「ははっ、わりぃわりぃ。じゃあ行くぞー」
「はーい」
そうしてたかちゃんが運転する車は走り出した。
「幸にぃ、久しぶり! 元気だった? 奥さんも元気?」
「うん、元気だったよ千尋ちゃん。妻も元気でやっているよ。それにしても千尋ちゃん、より一層綺麗になったんじゃないかい? これは貴史が焦るわけだな」
「ちょっ、兄貴!」
「え? 焦る? というか私綺麗になんてなってないよー! 年々体重が増えて大変なんだから。っで、焦るって何に焦ったのたかちゃん?」
「そ、それは……。久々に会ったお前があまりにも綺麗になってたから、他の男に盗られちゃマズイと思って……。本当はこの前告白するつもりなんてなかったんだよ」
「えー、そうなの? 私そんな綺麗になったかなぁ。あ、恋は人を綺麗にするって奴かな?」
「なんだい、千尋ちゃん。誰かに恋してるのかい?」
「あっ、えーと……」
「兄貴、そこは気にするな。気にしたら負けだ。千尋、あれほど妄想のーー」
「わー! たかちゃん、ストップストップ! な、なんでもないよ幸にぃ。私には好きな人なんて居ないから!」
「む、嘘はいかんぞ千尋! 我がおるであろう?」
「はは、そうかい。じゃあ聞かない事にするよ」
「ありがとう幸にぃ」
(明、いつの間に乗ってたの!?)
「千尋が乗り込んだ時に乗ったのだ。我もついて行くぞ〜」
(もう、明ったら〜)
「ところでたかちゃん、彼女さんってどんな人?」
「ああ、目がぱっちりしてて唇がぽってりしてて可愛い顔してる。俺と同い年で、本屋で働いてて、料理が上手だな。たまに天然だけど、とっても良い子だ」
「そうなんだー、良いねぇ良いねぇ! 何処で出会ったの?」
「それは──」
そうして彼女との出会いを語るたかちゃん(詳しくは短編『ふとしたきっかけで始まる恋』を参照)。
「──ってな訳で、俺と彼女は結ばれた。ちゃんちゃん」
「わー! そんな事実際にあるんだねぇ! 良かったねーたかちゃん!」
「ああ、まぁな。だから今度のデートは改めて俺から告白するつもりなんだ。その時何かプレゼントもしたいんだけど、千尋、何が良いと思う?」
「え? うーん、そうだなぁ。ネックレスとかは? 服の下に隠せるからいつでも着けれるし」
「ネックレスか。なるほどな。じゃあそれも帰りに買うわ」
「おいおい、なんでもかんでも千尋ちゃんに聞いて決めていいのかい? 貴史が考えた物をあげた方がいいんじゃないかい?」
「そうか? 女の事は女に聞くのが一番じゃねーか?」
「どうだろうね。女性は繊細だから、彼氏が一生懸命自分を思って考えてくれた物をもらったほうが喜ぶんじゃないかな?」
「む、そうか? 兄貴がそう言うなら……考えてみるよ」
「そうしたらいい。きっと彼女も喜ぶよ」
「ああ」
(幸にぃ……相変わらず大人で格好良いなぁ〜。どことなく雅泉様に似てるし。こんな格好良い人を旦那様にできて、奥さんも幸せだろーなー)
そうして話をしているうちに、千尋達は『成田市さくらの山』に着いた。
「んー、着いたー!」
「おー。着いたなー。どれ、丘の上に行くか」
「そうだね。千尋ちゃん、行くよ」
「あ、うん!」
丘を登った千尋達は、丁度着陸しようとしている飛行機を目にする。
「わぁ、おっきーい! すごいね、たかちゃん、幸にぃ!」
「おー。すげーなー」
「凄いね、千尋ちゃん。千尋ちゃん、寒くないかい?」
「え、ああ、ちょっと寒いかも──」
ふわっ
「え?」
幸にぃは手に持っていたマフラーを千尋の首に巻く。
「きっと寒いだろうと思って用意してたんだ。使って」
「あ、ありがとう幸にぃ……」
(うわー、幸にぃジェントルマン! 流石モテるだけあるわ〜)
「わ、私写真撮ろー!」
「ああ、撮れば良いんじゃねぇ?」
「そうだね、撮ると良いよ」
「二人は撮らないの?」
「俺は彼女と撮るからいい」
「私も奥さんと一緒に来た時に撮るよ」
「そっかー、じゃあ私は撮りまくろう!」
そうして千尋は離着陸する飛行機を撮りまくった。
「ふぅー、こんな所かな。あれ? 二人は……あ、いた。何してるんだろ……」
「千尋、楽しかったか?」
(あ、明。楽しかったですよ。明も楽しみましたか?)
「うむ。あのような大きな物が飛ぶとは、不思議なものであるな。良い良い」
「そうですねー」
「何独り言言ってるんだ? 千尋」
「わっ、たかちゃん! な、なんでもない!」
ジーッ
「……お前、妄想の男と付き合うのはあれ程辞めろって言っただろ!」
「ち、違うよ! 妄想の人と喋ってた訳じゃないよ!」
ジーッ
「……よくわからないけど、それは本当みたいだな。とにかく、変な目で見られないように気をつけろよ」
「う、うん」
「どうしたんだい、二人とも」
「あ、幸にぃ。なんでもないよ」
「そうかい。じゃあそろそろ帰ろうか?」
「うん!」
「ああ」
「たかちゃん、下見は十分出来た?」
「ああ、結構寒いことが分かったから彼女に掛ける膝掛けを持参する事にした」
「うん、それが良いね! あ、幸にぃ、このマフラーありがとう」
「どう致しまして。それじゃあ帰ろうか」
こうして千尋達は『成田市さくらの山』を後にした。
千尋の家に着いた時、千尋は家に上がっていけばと言ったが、たかちゃんは『彼女が待ってるから』、幸にぃは『奥さんが待ってるから』と申し出を辞退した。
「じゃあね、たかちゃん、幸にぃ! 今日はありがとう! またね!」
「おー、またなー」
「またね、千尋ちゃん。今度は家に遊びにおいで」
「うん! ありがとう! じゃあねー」
そうしてたかちゃん達の車が見えなくなるまで見送った千尋は、二人とも幸せそうだなぁとほっこりするのだった。
「千尋〜、信治達が千尋が撮った飛行機の写真を見たいと言うておるぞー」
「あ、はーい明! じゃあ帰りましょうね〜」
千尋は
(私も幸せだなぁ)
と思いながら部屋に帰るのだった。




