幼馴染、来襲
プルルルルップルルルルッ
「あ、電話だ……。たかちゃん? なんだろ」
プルルルルップッ
「はい、もしもし……」
『千尋? 元気?』
「うん、元気だよ。たかちゃんは?」
『俺も元気。それでさ、今度そっちの方に行く予定があんだけど、お前ん家行っていい?』
「え? 私の家? 来ても何もないよ?」
『良いんだよ、何もなくても。お前がどんな家に住んでるのか、一度見てみたくてな!』
「ええ〜? 普通のアパートだって」
『いーや、俺が行って安全な住居か確かめてやる! とにかく、再来週の日曜日、行くから予定空けとけよな! じゃあまた時間とか分かったら連絡するから! じゃあな!』
「あ、ちょっと待っ……切れちゃった……。うーん、どうしようかなぁ……」
「どうしたのだ、千尋」
「あ、晴明様……。実は幼馴染が再来週の日曜日、私の家に来たいと言っていて……」
「幼馴染? 千尋には幼馴染が居たのか?」
「そうなんです。まぁ今じゃ滅多に会わなくて、年賀状のやりとりくらいなんですけどね。なんで今頃……まぁこっちに来る予定があるって言ってたし、ついでなのかな。晴明様、幼馴染が来ても良いですか?」
「うむ。良いぞ。久しぶりの再会なのだろう。楽しむが良い」
「晴明様……一応言っておきますけど、幼馴染は男ですよ?」
「な、なんだと!? 男なのか!? む、それはいかん。断るのだぞ、千尋」
「それが、たかちゃん……幼馴染は嘘に敏感で、嘘ついて断ってもすぐバレるんですよ……。晴明様、幼馴染とは決してそんな関係にはなりませんから、今回だけは会っても良いですか?」
「む、うむ……。仕方あるまい。今回だけだぞ。そして我も同席する! 良いな!」
「ありがとうございます、晴明様!」
こうして千尋の家に幼馴染が来ることになったのだった。
幼馴染が来る当日。
「ふぅ……昨日部屋は片付けたし、掃除機もかけたしトイレ掃除もした。たかちゃんが来るのは午後だから、後は待つだけかー」
「千尋、我、この練り切りが食べたいのだぞ。食べて良いか?」
「良いですよ晴明様。お茶はイメージで出しますね〜」
「良い良い」
「どれ、私は椎茸とアスパラのバター炒めでも作って食べようかなー」
「む、千尋。我もそれ食べたいのだ」
「晴明様、それを食べるなら練り切りは後でですよ」
「よ、良い」
そうして椎茸とアスパラのバター炒めを作って食べた千尋は、たかちゃんの到着を待った。
一時間後。
ピンポーン
「あ、来たかな。はーい」
『おー、千尋。来たぞー。開けてくれ!』
「はいはーい」
千尋は一階にあるオートロックを解除する。
「良いよー」
『おーう』
それからしばらくして、今度は部屋のインターホンが鳴った。
千尋は一応覗き穴から姿を確認し、鍵を開ける。
「いらっしゃーい」
「おーう。お邪魔します」
「どうぞー」
幼馴染ーー本名寺本貴史、通称たかちゃんは、靴を脱いだ後踵が部屋側に向くように揃えてから部屋の奥へと進んだ。
「おー、綺麗にしてんじゃん」
「いつもはもっと汚いよー。片付けたの!」
「ははっ、そうかそうか」
たかちゃんは自分の、毛先をワックスで整えたショートの黒髪をワシャワシャと掻く。
「しっかし、数年見ないうちにお前大人っぽくなったなー」
「え、本当? ……老けてる?」
「違う違う、大人っぽくなった。老けてる訳じゃねぇよ」
「そ、そう……ありがとう。たかちゃんも、背広なんか着てすっかり大人だね。というかなんで背広? 仕事だったの?」
「ああ、ちょっとな。でも午前中で終わったから」
「そう。お疲れ様。車で来たの?」
「ああ、そうだよ」
「どこ止めたの? 近くのコインパーキング?」
「そう。まぁ積もる話もあるけど、とりあえず座らせてくんねぇ?」
「あっ、ごめん! どうぞ、この座椅子に座って」
「ありがと」
たかちゃんが座椅子に座ると、千尋は用意していた練り切りを出し、お茶を入れる。
「はい、どうぞ」
「おー、練り切りじゃん。さすが、俺の好物分かってる〜」
「まぁねー」
「千尋、千尋。練り切りを選んだのは我のためではなかったのか? そ奴の為だったのか?」
(晴明様、そうですよー。こればかりは仕方ないです、晴明様!)
「うむ……まぁ客人をもてなすのは当然の事なのだ。仕方あるまい」
(そうですね〜)
「ところで、ここはオートロックもついてるし、私の部屋は七階だし、安全面は最高でしょ?」
「いーや、カーテン開けたら斜め向かいのマンションから中見えるじゃねぇか。お前、まさか風呂上がり下着姿でカーテン開けっ放しにしてないよな?」
「ギクッ。し、してないよ!」
「本当か? あやしーなー」
「千尋、千尋。よくしておる事ではないか。危険な事なのか?」
(晴明様、ちょっと黙ってて下さい〜!)
「ほ、本当にしてないよ!」
ジーッ
「……お前、嘘ついてるだろ」
「え! いやいや! ついてないし!」
「いーや、嘘だね。お前、女なんだから、下着姿見られちゃマズイだろ!?」
「だ、だってお風呂上がり暑いし! 外の風入れたいじゃん!」
「お前、認めたな?」
「あっ……」
(私のバカー!)
「はぁ……。これからは風呂上がりは服着るまでカーテンは閉めること。良いな!」
「はぁーい……」
「む、なんだか分からぬがこやつは良い事を言ったようだなぁ。我、見直したのだ」
(晴明様……見直したって事は、たかちゃんが来る事を良く思ってなかったんですね……)
「どれ、我は練り切りを食べるのだ。千尋、茶を出してくれぬか?」
(はーい)
「ところで、千尋。お前、彼氏いんの?」
千尋は抹茶をイメージで出そうとして固まった。
「……え? 彼氏? はは、いないよ〜」
ジーッ
「……嘘だな。居るんだな」
「えっ、いないって! 本当だよ!」
「彼氏じゃなくとも好きな奴はいるだろ」
「えっ……それは……まぁ……」
「……はぁ。あーもう!」
「えっ、な、何?」
「あ゛ー……。最悪だ……。千尋、そいつはどんな奴だ?」
「えっ。えーと、美形で長髪で優しくて……」
「長髪? 長髪なのか?」
「あっ! え、えっと……」
(ま、マズイ! つい晴明様の姿を言っちゃった! 現代日本で長髪の男性はなかなかいないよ〜!)
「お前……なんか隠してないか?」
「か、隠してない隠してない! そのー、長髪っていうのは、そう! あの安倍晴明が活躍する映画の安倍晴明に惚れたわけで!」
「え? 俳優に惚れたって事か?」
「俳優というか、役に惚れたというか……」
「……。なぁーんだよ、驚かせるなよな! そうなのか、お前安倍晴明好きだったもんなー! じゃあ俺にもチャンスはあるわけだ!」
「え? チャンス?」
「ああ、チャンスだ。千尋……俺達、付き合わないか?」
「えっ」
「なんだと! お主、誰の妻だと思っておる! 我の妻なのだぞ!」
「ダメか? 俺達、幼い頃から中学まで一緒で、漫画の好みとかすげー合うじゃん。そりゃあ俺は地元に就職してるし、いつか結婚ってなったらお前には仕事辞めてもらわなきゃならないけど……。俺、お前を幸せにする自信あるよ。ダメか?」
「たかちゃん……。私は──」
「千尋っ、こ奴の言う事など聞いてはならぬ! 我らがいるのだぞ! 千尋、千尋ぉ!」
「あーもう晴明様、うるさいですよ!」
「え? 晴明様?」
「う、うるさいとは何なのだ!? 千尋、我を嫌いになったのか!? すまぬ、すまぬ千尋ぉ!」
「あっ、えーと、い、今のは妄想の晴明様が断れって言ってきて……」
「妄想の……。お前、ヤバイぞ。とうとう妄想の中の人と会話までしてるのか。早いとこ俺が現実に戻してやらねぇと……」
「あの! だから、たかちゃん! 私、今の職場を気に入ってるし、それに今の家も気に入ってる。なにより、たかちゃんの事はそういう目で見れない! だから、ごめんなさい!」
「…………」
「良く言ったぞ千尋! それでこそ千尋なのだ!」
「……俺の事、そういう目で見れないって? 俺とは恋愛出来ないって事か?」
「そ、そう。出来ない。完全に。百パーセント!」
「……。そこまでか。そうか……。分かった。俺は引き際をわきまえてる男だからな。だが千尋。妄想の男と付き合う事だけはやめろ! 良いな! 俺より良い男を見つけるんだぞ!」
「う、うん。分かった。ありがとう」
「うむ、こ奴はなかなか良い男なのだ。良い良い」
「じゃあ邪魔したな。あ、この練り切り、持って帰って良いか?」
「あ、うん。保冷剤もつけるよ。持って帰って」
「ああ」
千尋が練り切りを容器に戻し、保冷剤と一緒に袋に入れてたかちゃんに渡す。
「じゃあな、千尋。元気でな。お邪魔しました!」
そう言ってたかちゃんは颯爽と帰っていった。
「……晴明様、まるで嵐のようでしたね」
「うむ。たがあやつはなかなか見ごたえのある男だったのだ。引き際もわきまえておったしなぁ。我はたかちゃんが好きなのだ」
「好き? 晴明様がたかちゃんを……」
あらぬ妄想をしかけた千尋は、両手を強く頬に叩きつける。
パァン!
「な、なんだ!? 千尋、どうしたのだ!?」
「いえ……なんでもありませんよ」
(煩悩消去……南無阿弥陀仏……)
こうして、千尋の幼馴染の急襲は終わったのだった。




