左手さんと右手さん
「左手さん、右手さんのどこが好きですか?」
千尋の左手はぎゅっと拳を握るとブンブンと手首を横に振る。
「もー、私がお嫌いですか? 教えてくださっても良いではないですか」
尚も左手はブンブンと横に振る。
「じゃあ、右手さん。貴方は? 左手さんのどこが好きですか?」
右手は手を握ると手首を傾げた後、床に文字を書く。
『おれのことを好きで、いつもかわいいところ』
「あら、珍しく教えて下さりましたね。そうなのですか、良かったですね、左手さん」
左手は高速で手首を縦に振る。
「左手さん、右手さん、私見ないんでちゅーして良いですよ」
左手と右手は固まる。そして右手が床に文字を書く。
『どうやるの?』
「こうすると出来る気がするのです!」
千尋は左手と右手の人差し指だけ立てて手を握ると、左手の人差し指の先と右手の人差し指の先をくっつける。
「ちゅー!」
そして左右の指を離すと、左手と右手がグーとパーを素早く繰り返した。
グパグパグパグパグッパー!
「あはは、喜んでる喜んでるー! 良かったですね!」
左手と右手は指と指を絡ませてぎゅっと握ると、そのまましばらくいちゃいちゃするのだった。
そして左手と右手がいちゃいちゃし終わった頃、千尋はふと思い立った。
「右手さん、貴方と左手さんの恋の物語、書いてみる気はありませんか?」
右手は手首を傾げる。
「私の手を使って、左手さんとの恋の物語を文章に書き起こすのです」
右手はしばらく固まった後、コクコクと手首を縦に振る。
それと対照的に、左手はブンブンと横に手首を振った。
「駄目なのですか、左手さん?」
左手はコクコクと縦に振る。
「何故ですか? 恥ずかしいとか?」
またコクコクと縦に振る。
「えー、良いではないですか。文章に書き起こしたら、マーロに漫画にもして貰えるかもしれませんよ? 二人の記念です。どうですか?」
左手は左右に手首を傾げた後、コクコクと縦に振る。
「良し、決まり! では右手さん、メモ画面を開くので書いて下さい。あ、携帯使えますか?」
右手はコクコクと頷き、勝手にメモ画面を開き文章を書き始めた。
これから綴る文章は、右手さんの書く左手さんとの恋の物語である──
おれたちの恋のきっかけは下界時間での半年前。
まだおれの右手も左手の奴の左手もある時。
成仏担当の仕事をしていたおれは、容姿担当の左手とはしょっちゅうタッグを組んで下界から上がってきた奴らを成仏させていた。
成仏担当の仕事っていうのは簡単にいうと下界での未練を断ち切らせて成仏させる事で、容姿担当の仕事っていうのは下界で積んだ徳の高さによって霊界での容姿を変えることだ。
霊界での容姿が決定した後は閻魔様に生前の行いを裁かれるんだが……それはおれ達には関係のない事なので割愛する。
おれたちは結構良いコンビで、毎日平均で四十人もの人達を成仏させてた。少ないって? 三交代制だからこのくらいが多い方なんだ。
おれは左手の奴の事を良い相棒だと思ってたし、左手の奴もおれをそう思ってると思ってたんだ。
だけど、ある人物がおれの居る成仏担当の列に並んだ時。それがきっかけだった。
普通成仏しようと思って成仏担当の列に並ぶ時は魂状態で並ぶんだけど、そいつは人形を保ったまま並んでいた。ここで人形を保てるのはよっぽど徳を積んだ奴じゃないと無理だ。だからおれはどんな奴なんだろうとわくわくしながらそいつの順番が来るのを待った。
そして順調に列に並んだ奴らを成仏させていき、そいつの番になった。
「いらっしゃい。ようこそ成仏担当の所へ。まずお前の名前を教えてくれ」
「わしか? わしは一度死におった時に名は捨てたけぇのぉ、好きなように呼ぶけぇのぉ」
「そうなのか。じゃあ仮にお前は一とする。一、下界に未練はあるか?」
「未練など無いけぇのぉ」
「そうか。そいつぁ楽だな。じゃあ次は容姿担当の所だ。この先の階段を上がっていってくれ」
「良いけぇのぉ。そうじゃ、ここで出会ったのも何かの縁。お主に良い事を教えてやるけぇのぉ」
「良い事? なんだ?」
「お主の相棒は、お主をそれはもう愛しとるけぇのぉ。お主は幸せじゃけぇのぉ」
「何? 相棒が……? 一、どういう事だ?」
「ほっほ。自分で確かめるけぇのぉ。ではな」
そう言うと一は容姿担当の所へ行く階段を上がっていってしまった。
俺は『相棒』というのが左手の奴しか思い浮かばなくて、でもきっと親愛の愛だろうとさして気にしなかった。
だけどそれは間違いだった。
次の日、左手の奴をいつもの様に飯に誘ったら、そいつはなんだかモジモジしやがった。なんでモジモジしてんのか分からなかったおれは、直球で聞いたんだ。
「何モジモジしてんだ?」
と。
左手の奴は恥ずかしそうにしながら、
「聞いたんでしょう? 僕の気持ち」
と言ってきた。
おれは数秒間、口をポカーンと開けた間抜け面を晒した。
「え? 僕の気持ちって……。もしかして、あの一っていうじぃさんが言ってた『相棒が愛してる』って言葉……。あい、愛してるって、親愛の愛じゃないのか? その……英語で言うLOVEの愛か?」
「もう、分かってるくせに……」
おれは衝撃を受けて、また数秒間間抜け面を晒した。
「その顔……。もしかして本気で気づいてなかったの?」
「あ、ああ……。おれとお前は最高のコンビだとは思ってたし、おれも親愛の意味ではお前を愛してるけど……だけど……」
「僕は……愛せない?」
「う、いや、そのー。ちょ、ちょっと考えさせてくれ!」
「うん、分かった」
おれは一旦冷静になろうと左手の奴とは食堂を別々にして、飯を食いながら考える事にした。
右手に箸を持ちながら、その箸は何も掴む事なくボーッと考える。
(あいつの良い所……顔が可愛い。仕草も可愛い。仕事が早い。優しい。気遣いが出来る。料理が上手い。悪い所……やたら密着度が高い。平気で手を握ったり組んだりしてくる。今思えばこれは好意を寄せられてたからなのか? じゃあ気づかなかったおれが悪いのか?)
ぐるぐると考えながら、密着度が高い事に関しては嫌だと思った事がないな、と思い至る。
(そう考えると、あいつって良い所ばかりだな。おれは男同士に嫌悪感は無いし……。いや待て、おれはあいつが好きなのか? どうなんだ!)
「なぁなぁ、箸止まってるぞ。どうしたんだ?」
「あ、あぁ……。ちょっと考え事をな。気にすんな」
「そうなのか。悩むとハゲるぞー」
「ハゲねぇよ!」
おれは気を取り直して飯を食う事にして、考える事を一旦放棄した。
次の日。
おれ達はいつものようにタッグを組み、おれが成仏担当の列に並んだ奴を下界に未練が無いよう説得して左手の奴の容姿担当の所へ案内する。
何人目かの人を説得し終わって容姿担当の方へ案内した後、しばらくして左手の奴の悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!? すまん、お前、ちょっと待っててくれ!」
「はーい」
おれは瞬時に容姿担当の部屋の前に行くと、扉を開け放った。
「どうしたん──」
その光景を見た瞬間、おれは左手の奴の上に乗ってる女を蹴り飛ばしていた。女が解いたのか、左手の奴の帯は取れかかり、胸板が露出している。
おれは怒りにまかせ、相手が女だろうが何だろうがお構いなしに相手を殴り続けた。
そんなおれに左手の奴が話しかけてくる。
「ちょ、ちょっと待って──」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
おれは尚も殴り続ける。女はやめてくれと必死に言ってくるが、おれはやめなかった。
すると左手の奴がまた話しかけてくる。
「やめて、やめてよ! その人は悪くないんだ!」
その言葉を聞いておれはピタリと殴る手を止める。
「なにが悪くないんだ!? お前を押し倒して脱がせてたじゃねぇか!」
「違うんだ、彼女は僕が持っていた媚薬を浴びちゃっただけなんだ!」
「は? び、媚薬? 何でお前そんなもん持ってんだよ」
「そ、それは……。今日の夜、君を僕の家に誘って媚薬を浴びせようとして……。そこの机の上に置いてたら、彼女が香水と勘違いして『試して良い?』って聞いてきて、僕は容姿を変える事に集中してたから匂いを嗅ぐだけなら良いよ、って言っちゃって……。そしたらその媚薬、凄く強力みたいなんだ。だからあんな事に……」
「お、お前……。自業自得じゃねぇか! というかおれすげー殴っちゃったよ! 大丈夫か!?」
「うう……霊界怖いわ。私成仏したくない……」
「あああ、ごめんな! おれ達は閻魔大王様にちゃんと裁かれるから! だから安心して成仏してくれ!」
こうしておれ達は閻魔大王様を呼んで事情を説明し、おれは右手を、左手の奴は左手を斬られる事になったんだ。
だけどこの事が原因でおれは左手の奴が好きだと自覚し、おれ達は晴れて恋仲になるのだった。
おわり
千尋は右手さんの書いた物語を読み、「襲い受けキターー!」と叫んだ。
「左手さん、媚薬使おうとするとか襲って襲われる気満々ですね! ていうか媚薬嗅いで左手さんを襲った彼女が可哀想すぎる! まさに当て馬! 二人にこんな物語があったなんて、これは滾る! ありがとうございます右手さん!」
右手は「良いってことよ」とでも言うかのように手首を横に振る。
左手は手をぎゅっと握りしめて羞恥心に耐えていた。
「さっそくこの物語をマーロに漫画にしてもらわなきゃ! 待っててね右手さん、左手さんー!」
その後千尋はマーロの携帯で右手さんが書いた物語を見れるようにして、マーロが漫画を描き終わるのを楽しみに待つのだった。




