凛との出会い
バンッ(霊界と下界を繋ぐ扉)
「凛ー!」
「なんだ、千尋」
「あ、幸太郎さん。凛は居ますか?」
「居るが、今は子供達を昼寝させてる最中だ。何か用事か?」
「いえ、これといった用事は無いんですけど……。また声をかける事にします。ありがとうございました、幸太郎さん」
「良い。ではな」
バタン
「仕方ない、マーロ達と遊ぶかなぁ。それにしても凛が幸太郎さんと結婚するなんて……出会った時には想像出来なかったよなぁ。思い返すと、ますます凛との出会いって凄まじかった気がする──」
そう呟く千尋は、凛との出会いを思い返すのだった。
遡る事下界時間の半年前。まだみさとが両手に入っていた頃──
千尋はいつもの時間に起床し、会社に行く準備をして晴明、信治、愛香、選にいってきますの挨拶をして会社に出かけた。そして電車に乗り、携帯を弄っていると。
(! 右手が勝手に動き出した? みさと?)
千尋は心の中でみさとに話しかけるが、公共の場である為か左手は動かない。その間に右手は携帯に文字を打ち出した。
(何何……。わ、た、し、の、し、た、い、を……死体!? 何言ってるのみさと!?)
すると左手が僅かに横に振られる。
(え? みさとじゃない?)
今度は左手が縦に振られる。
(じゃあ一体誰……? とにかく続きを……)
「間もなく、〇〇ー。〇〇です。お出口はー、右側です」
(あ、着いちゃう! 仕方ない、続きは帰ってから!)
そうして千尋は携帯をバッグにしまい、電車を降りるのだった。
帰宅後。
「さて……と。メモ画面、メモ画面……。動くかな?」
しばらくメモ画面を開いたまま固まった千尋だが、次第に右手が文字を打ち出した。
「わ、た、し、の、し、た、い、を、れ、い、し、し、て……か。ねぇみさと。みさとじゃないんだよね?」
みさとは左手をコクコクと縦に動かして意思表示する。
「うーん、あなたは誰ですか? ……わ、か、ら、な、い。かぁ。晴明様に霊視してもらった方が早いな」
そう考えた千尋は、晴明にテレパシーを送る。
(晴明様、来てくださいー!)
「どうしたのだ、千尋」
「あ、晴明様……。誰かが私の右手を操っているのです。誰か居ますか?」
「何? ふむ……。みさとがおるから手は操れない筈なのだが……どれどれ。む、おるな。千尋の中に女子が入っておる。まだ成仏しておらぬ者のようだな」
「ええ!? じゃあ幽霊さんが入ってるんですか!?」
「うむ。憑依という奴だな。海もみさとも居るというのに憑依出来るとは……よほど強い執念なのだな。お主、何が望みなのだ?」
千尋の右手が動き、またも『私の死体を霊視して』と打つ。
「私の死体を霊視して、と言ってるんですが……私が霊視しなきゃいけないんでしょうか?」
「うむ……どうなのだ? お主」
『この子がいい』と右手が打つ。
「やっぱり私みたいですね……。ええ、私霊視出来ませんよ。しかも死体って……」
「ふむ……。死体を霊視して欲しいということは、自分の事を知って欲しいとの欲求の表れであろう。千尋、この者は三百年程前に死した様だ。おそらく千尋が霊視せぬ限り次へと進まぬであろう。頑張ってみてくれぬか?」
「そうなのですか……。わ、分かりました。霊視してみます。ええと……憑依してる女性……憑依してる女性──」
千尋がブツブツと呟きながら霊視をすると、段々何処か違う光景が視えてきた。そこは緑が生い茂る山の中の様な処で、崖のようになっている下には川が流れている。そしてその川に下半身が浸るように倒れている茶色の着物を着た女性が視えた。
「えーっと、山の中の崖下の川で……お亡くなりになりましたか……?」
すると右手が動き、『そう。そうだわ。私はそこで死んだの。愛しいあの人にも会えずに死んだのよ』と打つ。
「愛しいあの人……。それが未練で成仏していないのですか?」
『そうよ』と右手が打つ。続けて『あの人に会える?』と打たれる。
「えーっと、晴明様、この方は愛しいあの人とやらに会いたいらしいのですが、会えますか?」
「それは無理なのだ。その者はもう転生してしまっておる」
「そうなのですか……。残念ながら無理なようですよ、憑依されてるお方」
右手が動き、『そうなの……あの人はもういないのね……。ああ、あなたが羨ましい。愛しい人といつでも会えるあなたが……。私はあなたになりたい! あなたになりたいの! 変わって! 変わってちょうだい!』と打つ。
「ええええ、私になりたいって言われても……。む、無理ですよ、私は貴女にはなれません!」
『嫌よ、嫌! 私はあなたになって幸せな人生を送るの!』
「残念ですが死者が生者にはなれませんよ! 成仏して霊界で新しい恋をして下さい!」
「何を騒いでいるんだ、千尋?」
「あ、幸太郎さん……。実は私に成仏していない女性が憑依してしまって……。私になりたいと……」
「なんだと? 晴明様、どうにか出来ないのですか?」
「ううむ、こればかりは未練を断ち切らぬとなぁ……。お主、千尋になったとしても我が旦那となるのだぞ。それでも良いのか?」
『それは……嫌ね』
「千尋、何て言うておる?」
「それは嫌だ、と……」
「う、うむ。我傷ついてなどおらぬ。うむ」
そう言いながらも落ち込む晴明を見て、幸太郎は前に出る。
「おい、お前。我儘ばっか言ってんじゃねぇぞ。早く千尋から離れろ!」
幸太郎が気合いを込めて言い放つと、右手がビクッと震える。
『嫌よ、嫌! 私は幸せな人生を送るの! この子みたいに誰かに愛されて! そんな人生を送らないまま死ぬのはいやぁ!』
その文章を千尋が読み上げると、幸太郎の堪忍袋の緒が切れる音がした……ような気がした。
「お前はもう死んでるんだ! 成仏すりゃあ新しい恋でもなんでも出来んだよ! 誰かに愛されたい!? 幸せな人生を送りたい!? じゃあオレがお前を幸せにしてやる。だから成仏しろ!」
すると右手が震えだし、文字を打ち込んでいく。
『貴方が……私を愛してくれるの? 幸せにしてくれる?』
千尋が読み上げると、幸太郎が返答する。
「ああ。オレがお前を愛してやる。だからお前は早く成仏して、オレと生きていくぞ」
『……分かったわ。ありがとう。また会いましょう──』
その文章を打ち終えた後、千尋の右手から力が抜ける。
「おっとっと。幸太郎さん、今の方は成仏したんですか?」
「まだだが……成仏担当の奴の列に並んだようだ」
「そうなのですか、それは良かった。それにしても良かったんですか、あんな事言っても? オレがお前を愛してやる、とかお前を幸せにしてやる、とか……。プロポーズですよ?」
「ああ、良いんだ。性格は要改善だが、見かけはオレ好みだったしな。それにオレの本能が語りかけてくるんだ。あいつを幸せにしろ、とな」
「そうですか……。何はともあれ、良かったです。ありがとうございました」
「いや……良い。それより晴明様が落ち込んだままだが、どうする?」
「あ、晴明様。晴明様ー? 落ち込まないで下さい、晴明様は世界で一番良い男ですよー」
「む、そうか? 千尋。我は良い男か?」
「そうですよ、晴明様。愛しい愛しい晴明様〜」
「良い良い」
「……ごちそうさん」
幸太郎は呆れた目で二人を眺め、そう言えばあいつの名前を聞いてなかったな、と思うのだった。
数日後。
「千尋ー!」
「えっ、だ、誰ですか!?」
「私よ私! この前貴女に憑依した女よ!」
「ああ、あの時の! 無事成仏出来たんですか?」
「出来たわ! あの時はごめんねー。でも貴女に憑依したおかげで成仏出来たわ! ありがとうね」
「いえいえ! 半分以上幸太郎さんのおかげですし……。あ、そういえば、貴女って携帯操作出来るの何故ですか? 昔に亡くなった方なのでしょう?」
「それが、この言葉を言いたい! って念じたら何故か勝手に文字が打てたのよ。何故かしらねー」
「そうなのですか。不思議ですね。あ、貴女のお名前は?」
「私は凛よ。宜しくね、千尋。あ、敬語は無しで良いわ。私も使わないし。それと呼び捨てで良いわ」
「凛、ね。何故か私の名前は知ってるみたいだけど、私は桜井千尋。宜しくね」
「ええ! それより幸太郎さんは? 貴女の所に行けば会えると聞いたのだけれど……」
「幸太郎さんにまだ会ってないの?」
「会ってないわ! 念話も、私はまだ上手く出来ないの。ねぇ、幸太郎さんを呼んでくれない?」
「良いよ、じゃあ呼ぶ──」
「お前……あの時の……?」
「あ、幸太郎さん! 今呼ぼうとしたのですよ」
「ああ、そうなのか。こいつの──」
「っ、幸太郎さん!」
凛は幸太郎に抱きつく。
「おわっ、なんだ?」
「会いたかった……。会いたかったわ、幸太郎さん! 私、幸太郎さんに『オレがお前を幸せにしてやる』って言われて、凄く嬉しかった。私も、貴方を幸せにしたい。貴方と生きていきたいの! お願い、私を貴方の妻にして!」
「あ、あぁ……。分かった。男に二言はねぇからな。お前はオレの妻として、オレに愛されながら、これから生きていけ。良いな」
「ええ……!」
その会話を聞いた千尋は、パチパチと拍手をしていた。海もウンウンと頷き、みさとも左手をグーにしてコクコクと頷く動作をする。
「良かったですね、二人共! じゃあさっそく籍を入れてきたらいかがです?」
「ああ、そうだな。と、待て。お前、名は?」
「あらやだ、ごめんなさい。私は凛よ」
「凛。行くぞ。オレにつかまってろよ」
「ええ。じゃあまたね、千尋!」
「またね、凛!」
そうして二人は霊界へと瞬間移動したのだった。
時は変わって現在。
凛との出会いを思い出していた千尋は、熱々な二人を思い出してふふふと笑う。
「何笑ってるんだ? 千尋」
「あ、あっきー。んーん、なんでもない。ちょっと思い出し笑い。あっきー、あっきーも早く春が訪れると良いね」
「なんだいきなり。俺はお前が幸せならそれで良いんだよ」
「うふふ、あっきー、格好良い! 大好きー!」
「こら、そういうことは晴明様に言え」
「はーい」
千尋は晴明を始め、良い人に恵まれてるなぁ、と実感しながら今日も過ごすのだった。




