黒龍
その頃のみさとは──
「お前、早く真偽の目で我らが正しいと見定めるんだ!」
「いいや、我らが正しい! お主、万が一黒龍が正しいと言った場合どうなるか分かるだろう!? こんな野蛮な者に龍王をまかせたらどうなるか!」
(ふ、ふぇーんどうしたらいいのさ! 黒龍は黒龍で悪を破壊するから正しいし、白龍は白龍で善を再生するから正しいのに……。龍王様を交代制になんて言ったら白龍が怒るだろうし……ふぇーん誰か助けて〜!)
「お待ちなさい!」
「っ、蘭……」
「蘭、出てくるでない!」
「いーえ、出てきますとも。あなた達、いい加減にしなさい! 黒曜、あなた達黒龍は何をしているの!? 善良な市民を攫ってきて……このことが霊界に知れ渡ったらただでさえ野蛮なイメージがついてるのにもっとイメージが悪くなるわよ。それでもいいの!?」
「うっ、そ、それは……! 視てもらったらすぐ帰すつもりで……!」
「攫ってきた時点で犯罪者の仲間入りよ。このことをバラされたくなければ大人しくする事ね!」
「っ、お、俺を脅すのか!?」
「脅しますとも。昔、自由を対価に龍王の座を譲るって誓約書も書いたわよねぇ? それ、ここにあるんだ・け・ど!」
「うっ……」
(うわぁ、誰だか知らないけど黒龍を圧倒してる……。救世主だー!)
「蘭……そういえばそんなモノを書かせたこともあったな。我、忘れておったのだ」
「龍王様、あなたもあなたよ。何故一般市民を巻き込んでるのに黙認したの!」
「いやっ、それは、なぁ。真偽の目で見定めて貰えば黒龍達も納得すると思ったからなのだ。我悪くないのだ」
「まったく……。人攫いに加担したと思われても致し方無いのですよ!? それに千尋さんの事もーー」
バンッ(霊界と下界を繋ぐ扉)
「みさとーー! 大丈夫!? 今にゃんじろうが行くからねー!!」
「にゃあのぉーー!」
シュバッ
にゃんじろうはみさとの背面へと回り込む。
人体化!
「みさと、とりあえず千尋の部屋に行くぞ」
「う、うん、でも僕縛られてて……」
ひょいっ
「え……」
シュバッ
にゃんじろうはみさとを抱き抱え、千尋の部屋に瞬間移動した。
「なっ、待て!」
ガンッ
「通れないっ、結界!?」
「うむ、黒曜殿。我が結界を張ったのだ。みさとは返してもらうぞ」
「晴明殿か! っ、くそ……。折角黒は悪く無いって伝えられる機会だったのに……」
「え? 黒は悪く無い? どういうことですか?」
「なんだ、お前誰だ?」
「私は桜井千尋と申します。あ……もう結婚してるから安倍千尋といった方が正しいかもしれませんが」
「安倍千尋? 日本の救世主の?」
「はい、一応……。それで、黒は悪く無いってどういうことなのです?」
「我も気になるなぁ黒曜」
「チッ……龍王に言うのは気がひけるが……まぁいい。邪気は今は存在しないが、黒い色だっただろ? だから黒龍は邪気に染まった龍だ、なんて言われてるんだ。言っちゃあなんだが気性も荒い者が多いし……。だが黒は悪くない。日本人は黒髪ばかりだ。そんな事言ったら日本人も邪気に染まった人種ということになる。なのにそれを棚に上げて俺たちばかり悪者扱いされて……。黒いからなんだっていうんだ!」
「うむ……千尋、補足するとな。黒龍は破壊を司る。それ故、悪に染まった魂を飲み込み、悪心を壊す役割も担っておるのだ。それに対して白龍は壊れた悪心を持つ魂を飲み込み、善の心を再生させるのだがな。どうも多くのものが心を壊す事に目がいってしまって、黒龍に怯えておるのだ」
「そうなのですか。確かに魂を飲み込まれて一部とはいえ心を壊されるのは怖いかもしれませんね。しかし……元はと言えば人攫いなどするような気性だから嫌われるのでは?」
「だ、だって仕方ないだろ、怯えて逃げられても面倒だし……」
「はぁ……そんなだから龍王になれないのよ、黒曜」
「え、どなたですか?」
「あら、お初にお目にかかるわね。千尋さん、私は蘭。龍王の妻よ」
「えっ……元日本の救世主っていう……!」
「そうね、そんな時もあったわ。そうだわ千尋さん、あなたの力で黒龍は悪くないって霊界の皆に伝えられないかしら」
「え、私の力で?」
「そうよ。日本の救世主が黒龍は悪くないって言えば皆見方が変わると思うの。そうね……黒龍にこういう風に助けられた、黒龍はいい方だ、って感じで伝えられないかしら」
「そうですね……。うーん、嘘を吐くわけにはいかないですし……。あ、そうだ、黒曜様。では未来から来た私の護衛をして下さりませんか?」
「未来から来たお前の?」
「そうです。黒曜様に守ってもらいながら色々な所を巡れば、黒龍は日本の救世主を守るいい方だってなると思うんです。それでその噂が広まったら今度は他の黒龍が一般の人の護衛もするとか」
「だが…俺たちは気性が荒い。護衛される側の人物を怯えさせるかもしれない」
「そこです。そこは私の力でなんとかします」
「お前の力で?」
「はい。要は喋らなきゃいいんです。だからしばらくの間……そうですね、5年間は黒龍の皆は無口になってもらいます。五年無口だったらあとは自然と無口になるでしょうし。あ、もちろん必要最低限の言葉は喋れますよ」
「……。分かった。皆に聞いてみよう」
「お願いします」
しばらくの後。
「……皆、俺が決めた事なら従うそうだ」
「では決まりですね。じゃあさっそく私呼びますね。私ー!」
バンッ(未来と現在を繋ぐ扉)
「なぁにー私」
「黒曜様に護衛して貰って、旅して来て〜」
「あー、なるほど、その件ね。分かった、いいよー。よいしょっと……」
バタン
「黒曜様、宜しくお願い致します。まずは北から行きますか」
「ああ……。旅って言っても、何をすればいいんだ?」
「そりゃあ、トラブルに巻き込まれに行くんですよ」
「なっ」
「荒くれ者に囲まれる私……そこへ颯爽と現れる黒曜様。ドッタンバッタン荒くれ者をなぎ倒し、涼しげな顔で私の側に立つ……。格好いいではありませんか」
「お前っ、危険な目にあってもいいのか!?」
「黒龍達は格闘技が得意だと聞きました。黒曜様もお強いんでしょう? なら安心ですよ」
「だが……なぁ。もし何かあったら……」
「何、なにかあればすぐ我を呼べば良いのだ。我がおれば百人力なのだ」
「晴明殿を? 強いのか、晴明殿って」
「うむ、我は結界術が使えるし……陰陽術も使えるのだ。我強いのだぞ」
「そうか……。なら行くか」
「はい!」
そうして二人は旅立った。
三日後。
「っふー、今日もトラブルに巻き込まれましたね。そろそろ噂が広まった頃かな?」
「ああ……。北から南へと強行突破だったからな。流石に疲れた」
「そうですか。では下界の私の所へ行きましょうか」
「ああ」
下界にて──
「私ー、帰って来たよー」
「あ、おかえり私。お疲れ様ー。黒曜様は?」
「いるぞ」
「黒曜様も、お疲れ様でした。噂は広がりましたかね? 信治に聞いてみましょう」
「ああ」
バンッ(霊界と下界を繋ぐ扉)
「信治ー!」
「なぁに母さん」
「最近私に関しての噂とか聞かなかった?」
「ああ、聞いたよ母さん。なんでも黒龍と悪を成敗する旅をしてるとか……。なんでそんなことしたの?」
「あー、ちょっとね。黒龍の事はどう伝わってる?」
「うん、なんでも凄く強くて荒くれ者を一瞬の内に地に伏せさせるとか。かっこいいよねー。俺の元にも黒龍に守ってもらいたいって依頼が何件もきてるよ」
「そっか、ふむふむ。ありがとう信治! またねー」
「またね、母さん」
バタン
「うん、噂は着実に広がってるね。きっとその内信治から黒龍達に護衛の依頼がくるでしょう。じゃあ黒曜様、黒龍達を無口にしてもいいですか?」
「ああ、皆に伝える。……伝えたぞ」
「良いです。ではいきます」
スリッぱん! スリッぱん! ぱん!
「安倍千尋の名において、黒龍を五年間無口とした! ……出来たかな? 黒曜様?」
「……」
「私、黒曜様そこにいるよね?」
「うん、いるよ。でも黒曜様は昔自由を対価にして龍王様の座を譲ったんだって。だから黒曜様は無口にしなくていいんじゃない?」
「あ、そうなの。じゃあ黒曜様だけは喋れるようにしようか」
スリッぱん! スリッぱん! ぱん!
「安倍千尋の名において、黒曜様だけは喋れるようにした!」
「……あー、喋れるな」
「黒曜様、他の黒龍達は無口になったか確かめてきて欲しいのですが」
「良い。確かめてくる」
そうして黒曜は他の黒龍の元へと瞬間移動した。
「ねぇねぇ私、トラブルってどんなトラブルだったの?」
「うーん、色々あるけど、私が日本の救世主だって知った盗賊が私のお金目当てに続々とやってきたから、それの対応かな」
「いつもそんなに追われてるの?」
「いや、今回は色んな盗賊に私が旅をしてる情報を流したからね。しかも大金持ってるっておまけつきで」
「そう、じゃあ旅を終えたって情報も流さないとね」
「そうだねー。みさとに頼んでくるよ」
「みさと? なんでみさとなの?」
「みさとは情報屋もやってるからね。裏の情報屋との繋がりもあるんだよ」
「へー、そうなんだね。黒曜様はやっぱり強かった?」
「うん、凄かったよー。10人がいっぺんにかかってきても一瞬で皆の意識を奪ってた。ちゃんと涼しげな顔でね」
「そっかー、格好いいねぇ。晴明様が戦うお姿も見てみたかった気もするけど」
「あはは、確かにね〜」
「戻ったぞ。皆無口になっていた」
「あ、お帰りなさい。それは良かった。ではこれから黒龍は頑張らないとですね」
「腕には自信がある奴らばかりだから大丈夫だ。千尋……ありがとうな」
「いえいえ。黒曜様、これで龍王様になる野望は諦めましたか?」
「ああ……まぁ、俺には政治は向いてないからな。それはあいつに任せることにする」
「そうですか。それは良かった」
「じゃあ、俺は帰って寝る。お前も未来でゆっくり休めよ」
「はい、ありがとうございます」
今回の件により、霊界での黒龍のイメージは段々払拭されていく事になる──