サクトとにゃんじろう
とある日。
「ねぇ、愛香。そろそろ母様に彼氏紹介しても良いんじゃないの?」
「え……サクトを?」
「うん。いっつも恥ずかしいーって言って紹介してくんないけど、霊体の私とはもう会ってるんでしょ?」
「ええ、まぁ……。でも……」
「? 何か会っちゃいけない理由でもあるの?」
「ええと……その……。サクトってちょっと気が強いっていうかなんていうか……」
「気が強い? そんなの気にしないよ〜。閻魔大王様なんでしょう? 気が強くないとやってられないだろうし」
「……。どうしても会いたい?」
「えぇ? うん、まぁ……どんな人かは知っておきたいかな」
「……わかったわ。今度の土曜日連れてくるわ」
「やったぁ、ありがとう愛香! 楽しみにしてるね〜」
「ええ」
(大丈夫かしら……)
土曜日。
「初めまして、千尋さん。サクトです」
「初めまして〜、愛香の母です。いつも愛香がお世話になっております」
「いえいえ、とんでもない。俺の方こそ愛香に世話になってますよ」
「あはは、そうなんですか?」
「ええ。この間なんかも手料理ふるまってくれて、洗濯までしてくれて……。本当に良い嫁になると思います」
「そうですか〜それは良かった! やるねぇ愛香」
「まぁ……ね」
(愛香は気が強いって言ってたけど、物腰柔らかいし優しそうな人だな〜)
千尋はニコニコと笑う。
「今日はサクト様のために沢山料理用意したんです、一杯食べていって下さいね」
「はい、ありがとうございます。あ、俺の事は呼び捨てでいいですよ。敬語もなしでいいです」
「そう? じゃあサクト、早速──」
モグモグ。
「──ん?」
モグモグ。
「これ美味しいねー、斗真」
「うん、美味しいねー拓真」
モグモグ
「あれ? もしかして食べられ──」
「……何やってんだてめぇらぁぁぁ!」
「「ひゃあああああ」」
「これはなぁっ、折角千尋さんが用意して下さったもんなんだぞ! それを俺達が手をつける前に食ってんじゃねーー‼︎ それとも何か⁉︎ 俺とやりあいてぇのか⁉︎ あ゛ぁ゛⁉︎」
「ひぇぇぇ、ごめんなさいー!」
「ごめんなさいー!」
「あらまぁ……」
(サクト、キレるとヤンキーっぽくなるんだなぁ。気が強いってこの事か)
「てめぇら表でろや……コテンパンにしてやらぁ……」
「も、もうしませんからー!」
「からー!」
「まぁまぁ、もうしないって言ってるし、今回は良いんじゃない? サクト」
「千尋さんがそう言うなら……。おらっ、てめぇら帰れ!」
「はーい!」
「はーい!」
そうしてつまみ食いしていた双子は逃げ帰ったのだった。
「ふぅ……お見苦しい所をお見せしました」
「良いよー! 料理出し直すねー」
「ありがとうございます。……千尋さん」
「なぁに?」
「俺、怖くないですか? キレるとあんな口調だし……」
「いや、怖くないよ! サクトは優しいと思うよ。ちゃんと私の意見聞いてあの子達見逃してくれたしね」
「そう……ですか。良かったー。愛香の彼氏には相応しくないって言われたらどうしようかと思いました」
「あはは、大丈夫だよ。サクト優しいでしょ? 愛香」
「ええ、とっても優しいわ」
「そうだよね。さぁ、食べて食べて! あ、サクトの趣味はなんなの?」
「俺の趣味は晴明様をからかう事ですかね。俺と晴明様は友人なんですよ」
「えっそうなの! てかからかう事って……何についてからかうの?」
「主に猥談ですね。千尋さんは聞かない方が良いですよ」
「そ、そう……。晴明様も猥談とかするのね。やっぱり男だね〜」
「あら母様、女だって猥談はするわよ。……ねぇ母様。キスってどんな感じ?」
「ぶっ」
「え、キス? ああ……霊界だと十八歳からじゃなきゃキス出来ないんだっけ?」
「そうなのよ。母様はよく父様としてるじゃない。どんな感じなの?」
「うーん、そうだなぁ……。私の場合実体と霊体だからあんまり感触とか分かんないけど、愛を確かめ合う行為って感じかなー。気持ちいいと感じる人もいるみたいだけど……。あ、愛香がキス出来るようになったら是非はむチューしてもらいたいなぁ」
「はむチュー? どうやるの?」
「こう……唇と唇を合わせて、はむっはむっって食べるようにキスするの。私も晴明様とよくやるよー。枕を使って」
「枕を使って? どうして枕を使うの?」
「晴明様が視えない人からしたら私一人ではむはむする訳じゃない? 恥ずかしいから、晴明様には枕に浸透して貰ってはむチューするの」
「そうなの。サクトと私だったら枕は使わなくて良いわね」
「そうだねー。そういえばサクト。サクトはいくつなの?」
「えっ。お、俺は……数百歳です」
「へぇ、そうなんだー! 愛香のどこを気に入って付き合い始めたの?」
「それは……。食堂で、食べ方綺麗な子がいるなって見てたら目があって……ニコッて微笑まれて、その笑顔が可愛くて……。一目惚れ、したんです」
「そうなのねー! 一目惚れかぁ、サクトから告白したんだよね?」
「そう……です。俺、一目惚れなんて初めてで……」
「あれ、でも晴明様の友人なんだよね? 愛香と会った事無かったの?」
「それは……晴明様が、俺がよく猥談をするから子供達の教育上良くないって会わせてくれなかったので……」
「へぇ! じゃあ愛香とは運命の出会いだったんだね〜」
「はい」
「良かったねー愛香。確か愛香も一目惚れだったんでしょ?」
「え、そうなの?」
「ええ。バレないように頑張って笑顔作ってたのよ」
「そうなのか……俺達、運命なんだな……」
「ええ、サクト……」
「愛香……」
(あらあら、二人の世界に入っちゃったよ……まぁいいか。戻ってくるまでBL小説読んでよー)
こうしてサクトと千尋の初対面は終わったのだった。
次の日。
「にゃあのぉ!」
「にゃんじろう、来たの? 膝の上おいでー」
「にゃあのぉ!」
にゃんじろうは千尋の膝の上に乗ると丸くなる。
(にゃんじろう……可愛いなぁ。前霊視したらもっふもふでぷくぷくしてて大きくて……。メインクーンって種類の猫と似てるよなぁ)
「にゃんじろう、今日はどうしたの? みさとは?」
「にゃあのぉ」
「え? みさとは仕事? そっかー、寂しいねにゃんじろう」
「にゃあのぉ」
「寂しいけど千尋ちゃんがいるから平気、かぁ。うふふ、可愛いね、にゃんじろう」
「……よく言ってる事分かりますね、千尋さん」
「わっ、サクト? どうしたの?」
「いえ、今新しい閻魔大王に相応しい人物を探してるんですけど……。晴明様に聞いたら千尋さんの部屋に行けば会えるって聞いたので」
「閻魔大王様に相応しい人物? 今この部屋にはにゃんじろうとサクトだけだと思うけど……」
「にゃんじろうって……その猫ですか?」
「うん……でも人体化出来る猫だよ。もしかしたらにゃんじろうの事なんじゃないかな? ……にゃんじろう、ちょっと人体化して貰える?」
「にゃあのぉ」
人体化!
「……俺は信治の用心棒をしてるんだ。閻魔大王なんて出来ないぞ」
「うーん……お前、剣の腕は立つか?」
「多少は出来るが……」
「良し、じゃあ俺と手合わせしろ。ほら、木刀……の前にこれはおれ」
サクトは藤次郎に一着の着物と木刀を渡す。
「なんで俺がお前と手合わせしなきゃなんねぇ」
「いいからいいから。ほら、着替えたか? 着替えたなら……いくぞ!」
ガンッ
「……くっ、何すんだ……よっ!」
ガンッガンッガンッ
藤次郎は仕返しとばかりに連続でサクトの木刀と打ち合う。
「なかなかやるが……よっ」
「!」
サクトは藤次郎の足を払い、鳩尾へと突きを放とうとする。
しかし藤次郎はすぐさま手をつき体勢を整えるとサクトの後ろに回り込んだ。
「ふっ!」
ガンッ
サクトは後ろを見ないまま木刀を背面へと回し、藤次郎からの攻撃を受け止める。そして木刀を弾くと、距離をとり正面から向かい合った。
「ふむ、反応も反射も良い。これなら奇襲にも対応出来るだろ。……合格だ、にゃんじろう。お前を閻魔大王として認定する」
「……だから、俺は信治の用心棒なんだ。閻魔大王なんて出来ない」
「大丈夫だ、お前は緊急要員だから。何かで人手が足りない時に閻魔大王になってくれれば良い」
「……信治を優先するからな」
「ああ、それで良い。ありがとな」
「ああ」
「……話が纏まった所で。次からは私の家で乱闘しないように」
「あっ、すみません千尋さん」
「にゃあのぉ」
こうして藤次郎は閻魔大王になったのだった。
数日後。
「じゃあにゃんじろう、今日は俺について回ってくれ。閻魔大王がどんな仕事をしているかよーく見てるんだぞ」
「にゃあのぉ!」
サクトは閻魔界でにゃんじろうに閻魔大王としての仕事を教えようとしていた。
「まずは書類整理からだ。誰がどんな罪を犯したかしっかり頭に叩き込むんだぞ」
「にゃあのぉ!」
──二時間後──
「よし、こんなもんか。にしても無銭飲食が多いな……一食五百円で良いんだから払えっての」
「にゃあのぉ」
「よし、次は霊界の見回りだ。まずは南からだな。行くぞ、にゃんじろう」
「にゃあのぉ!」
そうして二人は霊界へと繰り出した。
「お前がぶつかって来たのが悪いんだろ!」
「いーや、お前からぶつかって来たんだ!」
「ん? なんだ、喧嘩か? 行くぞ、にゃんじろう」
「にゃあのぉ!」
霊界へと来た一人と一匹はさっそく喧嘩に遭遇する。
「おい、何があったんだ?」
「あ? 誰だてめぇ」
「にゃあのぉ!」
「なんだ、猫? お前らには関係ねぇよ」
「いや、関係ある。俺達は閻魔大王だからな。これ証明書」
「俺達? どこにもう一人いるんだ?」
「にゃあのぉ!」
「俺だって? 猫なのに?」
「お前なんで猫の言葉分かんだよ」
「う、うるせぇ、なんとなくだ」
「で? 何を喧嘩してたんだ」
「こいつがぶつかってきたんですよ」
「いや、お前がぶつかってきたんだろ!」
「お前だ!」
「お前だろ!」
「あー、はいはい。じゃあ記憶見させてもらって良いか?」
「……はい」
サクトは片方の男の後頭部に額をくっつけると記憶を読み始める。
「……あー、お前じゃない方がぶつかってきてるな」
「ほらな!」
「なっ……。っ、悪かったよ」
「はいはい、これで解決。一応調書取らしてもらうから、一人ずつ名前言ってけ」
「……太郎」
「宗次郎」
「にゃあのぉ!」
「にゃんじろうは良いんだよ。じゃあ──」
そうして調書を取り終えたサクトとにゃんじろうは今度は西へと向かった。
「ここは何も無さそうだな。……ん? にゃんじろう、立ち止まってどうした?」
「にゃあのぉ」
「……血の匂いがする? その匂いの元、辿れるか?」
「にゃあのぉ」
にゃんじろうはくんくん匂いを嗅ぎながら歩きだす。暫くして一軒の家の前で立ち止まった。
「にゃあのぉ」
「ここからか。たのもー!」
ピンポーン
サクトは血の匂いの元の家のインターホンを押す。
「はーい……どちら様ですか?」
すると一人の女性が出てきた。
「閻魔大王です。ここから血の匂いがするのですが……家の中を確認させて頂いても?」
「えっ、血の匂い? 良いですけれど……あなたー、閻魔大王様よー!」
「え、閻魔大王様⁉︎ わわわ、ちょっと待ってー!」
「……ちょっと失礼しますよ」
旦那の焦りようが怪しいと感じたサクトは家の中に入り、声がした部屋の扉を開ける。
スパーン
「あわわ……み、見ないで下さいぃぃ〜!」
するとそこには開かれた春本と鼻血を出した男がーー
「……。事件性はない様なので失礼します」
「ちょ、ちょっとあなた何してるのよー!」
そうして家を後にするサクト達なのだった。
北と東も見て回ったサクト達は閻魔界へと戻ってきた。
「にゃんじろう、大体分かったか?」
「にゃあのぉ!」
「良し良し。今は良いが、閻魔大王の時は藤次郎の姿になるんだからな。じゃないといざという時戦えないから」
「にゃあのぉ!」
「良し。後は犯罪者を裁いて沙汰を言い渡すんだが……これ、沙汰の一覧表。どんな罪にどんな沙汰が良いか書いてあるから、読んで覚えろよ」
「にゃあのぉ……」
閻魔大王としてのにゃんじろうはまだ始まったばかり──




