過去編7
次の日。
千尋は熱が下がらず布団に横になっていた。
「千尋、何か食べなくて大丈夫なのか?」
「はい……食欲が無くて」
「そうか……。歩という者の件だがな、どうも霊視を阻害されてるようでなかなか見つからない。何かあればすぐに言えよ」
「はい、分かりました」
一息ついた千尋は歩について思考を巡らせる。
(歩さんって人が呪詛をかけたのは確定だとして……自分が救世主だ、君は救世主にはなれないって言ってたよね。だとしたら私が救世主になろうとしてると勘違いして嫉妬して呪詛をかけたって所かな? てか実体って言ってたよね幸太郎さん……。実体で呪詛かけれる人とか存在するんだ、怖いな……。私の事遠隔で操作してたし、よっぽど強い霊能力者なんだろうなぁ。もしかして私の事今も霊視してたりして──)
「千尋さん、りょうたろうです。少し大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫ですよ、何ですか?」
「今、もしかしたら歩とやらに霊視されてるかもって思ったでしょう? 大丈夫ですよ、この部屋に結界を張りましたからね。あちらからはこちらに干渉出来なくなりましたよ」
「えっなんで分かったんですか? それとりょうたろうさん結界張れるんですね」
「ふふふ、なんで分かったのかは秘密です。あと結界を張ったのは僕ではなくてとある陰陽師です」
「陰陽師⁉︎ わー、陰陽師とか今もいるんですね……。お礼をしなければいけませんね」
「ふふふ、とある陰陽師はシャイなので今はまだ姿を現さないそうです。お礼はまた今度」
「そうなんですか、分かりました。でも歩さんとの会話をしないと歩さんを見つけられないのではないですか?」
「そうだな……また呪詛をかけられても厄介だしな。会話だけは出来るようにして貰えるか? りょうたろう」
「そうですか、分かりました。ではとある陰陽師に頼んできますね」
「ああ。頼む。千尋……辛いと思うが少しだけ我慢してくれ」
「はい、大丈夫です。無理はしません」
「頼んできましたよ。……出来たようですね」
「では手が動いたら……あ、動いた」
『結界を張ったね。君がしたの?』
『違いますよ。私の事を守って下さる方がして下さいました』
『そう。君は張れないの?』
『張ったことがないので分かりません』
『そう。僕は張れるよ。君と違ってね』
『そうなんですか、すごいですね。あなたが日本の救世主というのは本当ですか? 邪気を一気に浄化出来るのですか?』
『本当だよ。やろうと思えばやれる。だけど一気に浄化したら僕の居場所がバレるでしょ? だからしない』
『しないのでは日本の救世主とはいえないのではないですか? 居場所を知られたくない理由は何ですか?』
『僕はまだ修業中なんだ。もっとかんぺきに術を使えるようになってから居場所を知らせる』
『術…とは?』
『術は術だよ。色んな術。君にかけたじゅそとかね』
『やはりじゅそをかけたのはあなたなのですね。何故私を殺そうと?』
『あたりまえじゃないか、日本のきゅうせいしゅは2人もいらない。僕一人で十分だ』
『ですから、私は日本の救世主になるつもりはありません』
『本当? でも邪気を浄化してるじゃないか』
『その方がこの世のためだと思うからです』
『ふーん。君には強力なバックがついてるようだし、あまり命をねらうのはしたくないんだけど。もし君が日本の救世主になるのなら僕はようしゃしないからね』
『日本の救世主が人の命を狙ってどうするんですか。そんなんじゃ日本どころか誰も救えませんよ』
『……。君には関係ないね。とにかく、余計な事はしないでね。じゃあ』
「……ふぅ。幸太郎さん、居場所は掴めそうですか?」
「ああ、あと少しだ。大体の場所は分かったが……何者かが捕らえられてるみたいだな」
「え、実体の方がですか?」
「いや、霊体だ。僅かだが結界とその中にいる人物が視えた。オレは今からーー」
「僕が行きますよ、千尋さん。その歩って人の所にね」
「えっりょうたろうさんが? 一人じゃ危ないですよ⁉︎」
「大丈夫、一人じゃありません。とある陰陽師を連れて行きますからね。幸太郎は千尋さんについていてあげて下さい」
「……分かった、気をつけろよ」
「では行ってきます。千尋さん、ゆっくり休んで下さいね」
「はい……宜しくお願い致します」
そうしてりょうたろうは歩の元へ行ったのだった。
その日の夜。
「只今戻りました、千尋さん」
「あっりょうたろうさん! 心配しました、どうでしたか?」
「ええ、歩君……と言っていいくらいの少年でしたよ。家の周りに結界を張っていましたがとある陰陽師がさくっと解除しました。なかなかの霊力でしたが……千尋さんの方が霊力は高いですね。ああ、あと捕らえられてる方ですが、助けてきました。今は霊界にいます。なんでも数百年眠っていたから霊力が落ちてて結界から抜け出せなかったとか……」
「そう…ですか、良かった。私のことはまだ狙ってるんでしょうか?」
「そうですね、一応霊力を大分奪ってはきたので暫くは何も出来ないでしょうが……用心するに越したことはありません。今暫くは幸太郎が側に居た方が良いでしょう」
「分かった。千尋……側にいるからな」
「幸太郎さん……ありがとうございます。りょうたろうさんも、ありがとうございました」
「とりあえずはひと段落です。千尋さん、熱を下げるようにしっかり食べて寝て下さいね」
「はい!」
そうして呪詛事件は幕を引いた──かのように見えたが。
三日後。
「千尋、熱はもう大丈夫か?」
「はい、幸太郎さん。今日は仕事休みなんですけど念のため家でゆっくりする事にします」
「ああ、それがいいな。……歩からは何もないか?」
「はい、何もありませんよ。……あの、幸太郎さん」
「なんだ?」
「自分が自分じゃないみたいになる事ってありますかね……? ここ数日、私……幸太郎さんに謎の罪悪感と、妙にりょうたろうさんが気になるんです……」
「オレに罪悪感? りょうたろうが気になるって……好き、って事か?」
「それが……おそらく好きっていう感情なんですけど、私の感情じゃないみたいで……」
(私が好きなのは幸太郎さんだし、なぁ……)
「お前の感情じゃない……? ……憑依、じゃないか? だがお前の後ろには誰も憑いてないぞ」
「そう、ですか……。うーん。ちょっと私を霊視して貰ってもいいですか?」
「霊視? いいが……。……! お前、魂が二つあるぞ⁉︎」
「え! 二つ⁉︎ ななななんででしょう⁉︎」
「ちょっと待て、今お前じゃない方の魂を出すからな」
「だ、出すってどうやって……?」
「腕を腹に突っ込んで魂を引っ張り出す。慎重にやるから動くなよ。間違ってお前の魂を出したら大変だ」
「は、はい……」
「いいか、まだ動くな……動くな……。…………よし、良いぞ」
「はい……! で、出ましたか⁉︎」
「ああ、オレが握ってる。……おいお前、どうして千尋に入ってた」
幸太郎が握る魂がビクッと動く。
しかしそのまま沈黙する。
「……幸太郎さん、魂状態でも会話って出来るんですか?」
「まぁ出来るが……こいつは霊体化させないと話さなそうだな。霊体化させるか」
「出来るんですか?」
「出来る。……霊体化‼︎」
幸太郎が力を込めると、握られていた魂が光を放ち段々と人の形をとりはじめた。
足から形作られ、最後に顔が形作られた時ーー
「……まい……?」
幸太郎の声が響いた。