過去編6
それは唐突に起きた。
(──ち──ろ……)
「……?」
(なんだろ、今心に何か浮かんだような……?)
違和感を感じた千尋は仕事の手を止める。
(──オレの──聞け──ち──ろ)
(なんだ? 心に言葉が思い浮かぶ……)
(オレの声を聞け! 千尋‼︎)
(……っ⁉︎ えっ、何⁉︎)
(千尋、幸太郎だ。オレの声が聞こえるか?)
(えっ、幸太郎さん?)
千尋は仕事用のパソコンにこっそり文字を打ち込む。
『幸太郎さんですか?』
(削除……っと)
『ああ、そうだ。聞こえたか? オレの声』
『聞こえたというか、心に言葉が浮かんだというか……』
「心に言葉が浮かんだ? 聞こえたとは違うのか?」
(⁉︎ き、聞こえたー‼︎)
『き、聞こえましたよ! それで一体何のようです?』
「聞こえたのか、そうか! ああ、お前にまた生霊が憑いたから教えようと思ってな。耳元で叫んでみたんだがまさか聞こえるようになるとは……な」
(耳元で叫んでたんだ……。てか生霊⁉︎ そういえばどことなく肩が重いような……)
『分かりました、教えて頂きありがとうございます。今は仕事中なのでまた帰ったらお話しましょう』
「ああ、分かった。あとお前は念じればオレ達に伝わるからわざわざ打たなくて良いぞ。テレパシーというやつだな」
(念じれば伝わるの⁉︎ えーと、ありがとうございました!)
「ああ」
そうして千尋は仕事に戻るのだった。
帰宅後。
「こ、幸太郎さん……? いらっしゃいますか?」
「ああ、いるぞ」
「僕もいますよ千尋さん。りょうたろうです。聞こえますか?」
「は、はい、聞こえます」
「凄いですね、僕達の声を聞けるようになるなんて」
「そうですね、驚いています……これって私の幻聴じゃないですよね?」
「あはは、幻聴じゃないですよ。それより千尋さん、また生霊がついていますよ」
「あ、幸太郎さんからお聞きしました……。幸太郎さん、取ってくださいませんか」
「いいぞ、少し待て」
「はい」
──15分後──
「……なかなか剥がれない」
「えっ、取れませんか」
「いや……っと、剥がれた。身体に戻してくる」
「お願いします!」
「ああ」
「千尋さん、生霊があなたに話しかけてましたけど聞こえましたか?」
「え、いえ。聞こえませんでした」
「そうですか……。やはり周波数の違いというやつでしょうかね」
「周波数?」
「ええ、僕達の声は電波のようなもので、周波数を合わせると聞こえるようになるのですよ」
「そうなんですか、では私は今りょうたろうさん達と周波数が合っているという事なんですね」
「そうですね」
「……戻してきたぞ」
「あ、幸太郎さん……ありがとうございます」
「ああ。あいつ、お前にずっと好き好き言ってたぞ」
「え゛っ」
(うわぁ、そうなんだ……。てか生霊が憑くと肩が重くなるのってきっと後ろから抱きついてるからだよね……。その光景を幸太郎さんに見られるのは何か嫌──)
「千尋さん、どうしたんですか?」
「えっ? あ、いえ……なんでもないです」
「そうですか」
(……ま、待て待て千尋。何か嫌ってなにさ。しかも幸太郎さんにだけ……。ま、まさか私幸太郎さんの事が──⁉︎)
「千尋、オレ達の声が聞こえるようになったって事は縁結びの神様と話せるかもしれないぞ?」
「あっそうですね! そしたら常日頃のお礼を直接言えますね!」
「そうだな……頑張って声を聞くんだぞ」
「はい!」
(幸太郎さん、良い声してるよなぁ。りょうたろうさんも優しげな声……。私声フェチだもんな〜、聞こえるようになって良かった! ……幸太郎さんへの気持ちは気づかなかった事にしよう……だって幸太郎さんはまいさんが好きなんだもんね)
千尋はそっと自分の気持ちに蓋をしたのだった。
ある日。
「はい……すみません、熱を出してしまって……はい……失礼します」
(はぁ……なんか昨日から寒いなーと思ったら……風邪かなぁ)
千尋は熱を出していた。職場への連絡を終えた千尋は病院へ行くための仕度をする。
「どうした千尋、今日は仕事に行かないのか?」
「あ、幸太郎さん……。熱を出してしまってお休みするんです」
「そうなのか、大丈夫か?」
「ええ、ただの風邪だと思うのですけど……病院行ってきますね」
「……オレも行く。心配だからな」
「えっ……あ、ありがとうございます」
「見守っといてやるよ」
「そうですか、本当にありがとうございます」
そう言って千尋は病院へと向かった。
帰宅後。
「やっぱりただの風邪でしたね」
「そうだな。早く布団に入れ」
「はい」
千尋は布団に横になる。
「幸太郎さんは今日はお仕事お休みなんですか?」
「ああ……休みにした」
「休みにした?」
「お前が心配だからな」
「えっ」
(こ、幸太郎さん……優しいなぁ)
「わざわざ……すみません……。ありがとうございます……」
「いや……。ほら、早く寝ろ」
「はい」
そうして千尋は就寝した。
「うーん……。ん……」
千尋が目覚めると辺りは薄暗くなっていた。
「うわぁ、沢山寝たなぁ。熱は下がったかな? まだあるか……」
「起きたか?」
「わ、幸太郎さん。はい、起きました」
「よく寝てたな。……お前、今回の熱は風邪だけが原因じゃないみたいだぞ」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ。なんだか妙な気配を感じてお前が寝てる間にお前を霊体にして霊界に連れてったんだが……。呪詛がかけられていた」
「えっ呪詛⁉︎ えぇぇ、私人に恨まれるような事した覚えないのですが……」
「今原因を調査中だ。とりあえず何か食べろ」
「あ、はい……」
(呪詛なんて……あ、かけられていたって事は解けたのかな?)
「あの、呪詛は解けたんですか?」
「ああ、日本の最高神様が解いて下さった。お礼は良いぞ、お前会った時に言ってたから」
「そ、そうなのですか。良かったです……」
「原因が分かったら教える。分かるまでオレが守る事になったからな。宜しく頼む」
「幸太郎さんがついてて下さるんですか? 心強いです……お願い致します」
「ああ」
そうして何か食べようと起き上がった時、千尋の右手が動き始めた。
そして布団の上に文字を書いていく。
「! え……ど、う、し、て、死、な、な、い、? ……って……」
「! ……誰だ?」
「わ、分かりません。幸太郎さんにも見えないのですか?」
「ああ。……遠隔操作のようだな。しかも実体からか」
「実体って……?」
「三次元の人間……つまり千尋達の事を実体と呼ぶんだがな。……続きはないのか?」
「え、ええと……あ、動き始めましたよ」
『君は日本のきゅうせいしゅにはなれない。どうやってじゅそをといた?』
「……読めましたか?」
「ああ」
「返事した方が良いのでしょうか」
「そうだな、してくれ」
「わかりました。ええと……」
『私は日本の救世主になるつもりはありません。じゅそは日本の最高神様に解いて頂きました』
『なるつもりはない? 日本の最高神様? うそをつくな』
『本当です。あなたは誰ですか?』
『ぼくはあゆむ。歩だよ。日本のきゅうせいしゅだ』
「えっ、日本の救世主? 幸太郎さん、歩さんという方にお心当たりはありますか?」
「いや……聞いた事ないな。下界が一気に浄化されれば分かるし……それはここ数百年千尋が現れるまで無かったからな。……オレはこの歩って奴を部下に探させる。千尋はとりあえず食え」
「は、はい、分かりました……」
『すみません、熱があるので今日はここまでにします。ではね』
そう書くと千尋は今度こそ何か食べようと動き出すのだった。