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序章

 時は、平成。


 二〇〇×年四月一日 

 ここ何週間か暖かい日が続き、この日もうららかな陽気で、ホッとする春の香りがあたりを包んでいた。


 休み明けから高等部へ上がる玲は、

学園の理事長へのあいさつと、新入生代表の宣誓や生徒会長との対面式の打ち合わせのために学校へと来ていた。


 しかし、思っていたよりも早く済んでしまった打ち合わせ。

 そのため玲お抱えの専属運転手がまだ迎えに来ていなかった。

 門前に立ちボーっとした様子で、佇んでいる玲。

 道行く者たちがそんな彼女に視線を寄せているが本人はまったく気付いていない様子で、優しい自然光を降り注ぐ空を眺めて何か考えに耽っている様子であった。

(いい天気……たまには、自分で帰ってみようかな?)

 ふと、そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 そして、一つ頷くと玲は歩き出した。


 緑の木立が映える洗練された閑静な街を、顔を綻ばせながら歩む。

 普段一人で出歩く機会の少ない彼女にしてみれば、これは小さな小さな冒険。

 早速可愛らしい雑貨屋を見つけると、吸寄せられる様にお店の中へと入って行った。


 その後も次々とブティック、書店、花屋といったお店に手当たり次第立ち寄り、気が付くと元々持っていた私物や購入した品々の紙袋で両手は塞がり結構な荷物となってしまっていた。


「ちょっと調子に乗って色々買い過ぎちゃったな。――流石に重いわね……時間も結構経ってるみたいだし、そろそろ帰ろうかな」

 空が黄昏れかかっている事に気付き、ようやく帰路に着く事にする。


 しばらく歩くと、小高い丘が見えてきた。


 茂る草木に隠れるように、古びた木製の立て札が建っている。

「?? お寺? こんな所に寺社が在ったなんていままで気が付かなかった……」


 そこには、大して広くもない幅の階段、周りには階段を守るかのように立ち並ぶ青々とした葉をつけた巨大な樹木、階段の先には鳥居が微かに見えている。


 鳥居の向こう側から、淡い桃色の花弁が風の間を縫うように舞い降りてくる。

 その花弁と木々に囲まれた階段の天井から垣間見える夕焼け色に染まりつつある西の空と、まだ少し残る染まりきらない青い空、うっすらと覗く白い月面。

「うわぁ……」

 自然が織り成す彩色の競演に思わず見惚れる。


 その光景に導かれるように玲の足が頂上へと目指して自然と階段を上っていく。


 すると、そこには満開の八重桜――――。


「す……すごい…………」


 樹齢何年くらいなのだろうか、それは立派な桜の木が立っていた。

 咲き誇る華やかな八重桜が微笑む――大地や空気までをも薄く桜色に染め春の訪れを知らせてくれている。


 玲は花の精気に魅了されたかのように視線が釘付けになる。

 その桜色に触れようと無意識に玲の腕が伸びた。すると、


「――っ!!」


 突然襲ってきた耳鳴りと眩暈。

 それと同時に強い風が玲を襲う。

 玲は頭を押さえ、倒れそうになるのを堪えて立ちすくむ。

 そんな玲の意思など知ってか知らずか悪戯に風は更に強くなる。



 舞い落ち積もった花弁をも巻き上げ、踊り狂うように花弁が舞う――。


 鮮やかな桜色が泳ぐ――。


 玲を何処かへいざなうかのように激しく。



 酷い眩暈に耐えながら玲は天を仰いだ。

 すると其処は、凄まじい風の渦の中だった。

 玲を中心に流動する風はひっきりなしに吹き、玲を閉じ込める。


「な にっ……!?」


 しかし事態を飲み込む前に、あまりに強い眩暈に視界が歪み意識が遠のいていく。

 玲は、ぐらりと世界が反転していくように力なく地面に崩れ落ちる。


 夢かうつつか幻か、薄れいく意識の中で、舞踊る花弁の向こう側に着物姿の女を見た――。


 女は桜の木を見上げていた。


「た…す……け……」

 玲が、最後の力を振り絞り小さくかすれた声で助けを請う。


 ―――しかし女は、気付かない。



 女の後方から男が歩いてくる。

 その男もまた着物を着用し、更には腰に刀を差していた。その姿は、さながら侍の格好である。


 男は女の姿を見つけると、愛しげに目を細め何とも温かな慈愛に満ちた表情で、女を呼んだ。









『  レイ  』





 


 自分と同じ名を紡ぐ、初めて聞く声なのに初めてではない様な、酷く懐かしく優しい音色の声――。

 なぜだか、泣きたくなるほどに切ない。



 男に呼ばわれた女が振り返った。

 その容姿は――――――。





(……わ……た…し!?…………)



 着用している衣服は違えど、その容姿は玲と瓜二つ。否、瓜二つなどでは無く、それは紛れも無く玲である。

 前世の玲なのか、それともただの夢か幻か――。



 うつつと意識が闇に沈む境界の狭間で、不思議な感覚に揺蕩たゆたいながら、


 玲は意識を手放した――――。













ご覧いただき、ありがとうございます。


作中にて、玲が寺社を発見する。という場面がありましたが……その件について一つ。

え〜と、作中で玲が発見した際「??お寺?」と言っております。ですので皆さんもお寺であると思ったかと存じます。

ですが、作中に鳥居も出てきます。

今では一般に、『お寺には鳥居は無い』が常識になっていますね。

混乱した方も居るかと思いますが、わざとこのような設定にしてあります。

誤解した方、混乱した方、申し訳ありません。ご了承ください。


(私の脳内設定ですのでそれほど気にしなくても良いのですが)、ちょっと、ご説明を……。

明治初期に「神仏分離」「神仏判然の令」が布告されるまでは、神仏は入り混じりあい習合していました。

また、全国各地で廃仏毀釈運動が起こった際に生き残りのために、鳥居をお寺に作った寺院などもありました。

鳥居があるのは神社、というイメージが強いですが、神仏習合時代の名残や生き残りのために建てた等で鳥居のあるお寺は今も存在しています。

今では、珍しく奇妙にも思われるかもしれませんが、そんな場所(お寺)が、今回玲がタイムスリップした舞台となっています。

過去へと導く場所として、神秘的であり、幻想的であり、また歴史的な意味でも相応しいと思い選びました。


それでは、拙い文章ですが、楽しんで頂けたら幸いです。胡竹

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