5話 俺の魔法
「『ジャジャン拳』」
空気が凍りついた。
体感的にも気温が4℃ほど下がっている気がする。
しかし俺はこれから起こる魔法の結果が楽しみで舞い上がってしまっていてその事に気付かない。
「おお!!素晴らしいや!ダイキ、君は天才だ!魔導学者の僕が保証するよ!」
しかし助手さんはやや不安げな顔つきだ。
褒められた俺は学者さんにカッコいい所を見せたい一心で魔法を続ける。
「さい……しょは……グー……!」
俺の右拳が光り始め、凍りついた空気が崩れると同時に俺に向かって風が吹く。
拳に体内からだけでなく周りからも魔力が集まってきているのがなんとなくわかる。
「先生…。ちょっと、ヤバいんじゃないんですか?」助手さんが訊ねる。
「いや、僕はこれを見たい」学者さんはキッパリと言う。きっと拒否は受け付けないのだろう。
「じゃん……けん………グー!!」
俺の拳は光を放ちながら虚空に向かって放たれた。
と同時に劇的な突風が吹き、気付いたら俺の前の丘があった場所が抉れていた。
気温はいつのまにか元通りになっていた。
「おぉ…!!素晴らしいなぁ!」と言って学者さんは丘に歩いていきその跡を見る。
「これは、凄いわ…。地形を変えれるパンチのイメージなんてまずできないわよ」と助手さんも息が漏れる。
そんな中、護衛さんが俺の元に来てくれた。
「よぉ、大丈夫か」
「いや、指一つ動きませんね」と俺は前のめりに倒れながら答える。
「だが大したもんじゃねぇか」
護衛さんが倒れかけた俺を支えてくれる。
「最初からあんなに強くやるつもりなかったんですよ。
最初は拳に集めてた魔力を外に出しながらパンチしようと思っただけなんですけどね」
「それがなんでこんなのになってんだ」
「そんなの学者先生に訊かなきゃわかんないですよ」
すると先生二人もこちらに気付き走ってきた。
「どうしたの?」学者さんが俺に訊ねる。
「なんか身体が動かないんですよ」
「魔力切れ…にしては若干症状ひどいな。
ただの魔力切れだと身体がかなり怠くなる程度なんだけど決して動けない程じゃないんだよね」
そこに助手さんが会話に加わる。
「あ、発動前に右手に魔力が集まってたけど、発動準備中に魔力が周りからも集まってきてる時に身体から更にドンドン魔力が生まれてた気がしましたよ」
「じゃあ強引に魔力を生産した訳か…。なるほど」と学者さんが推測する。
「え、どういうことですか?」俺が学者さんに訊く。
別に制約と誓約なんかした覚えないんだが。
「君の肉体的な体力が無理矢理魔力にされたんだよ。
普通は魔力がイメージ程の威力に足りなかったら失敗するだけなんだけどね。」と学者さんが答える。
「空を飛ぶのも異常なんですけどね」と助手さんが横槍を入れる。
ん?じゃあなんで俺はジャジャン拳が成功したんだ?
最初はそれっぽいのをしようとしただけなのに、あれは本物並みだろ。
これは今度研究しないと俺の今後の魔法生活に不安が残るな。
クソ、こういうのは本来は神様が説明してくれるんじゃないのか?
「えっと、じゃあ俺の魔法って毎回こうなるんですか?」
「いや、常識のある範囲のイメージをすれば魔法が暴走する事はないと思う。
今回の件は碌に魔法に慣れてないのに大技をさせるのを止めなかった僕が悪いんだ」と学者さんは言う。
「いえ、魔法が使えて調子に乗った僕が悪いんです。ありがとうございます…えっと、そういえばまだ名前聞いてなかったですね」
そうだ、まだ名前聞いてないんだった…気付かなかったな。
「あ、そういえば言ってなかったね。
なんだか今更な気もするけど僕はガエタナ、この国で学者をしてる。
彼女はティエラで、僕の助手。
あとガタイのいい彼は僕達の護衛兼ガイドのグオズさん。」と学者さんが説明してくれた。
「私はティエラ。よろしくね。
今は先生の下で勉強してるの」助手さんが挨拶をする。
「グオズだ。今は雇われて護衛をしてるが普段は冒険者をしてる」と護衛さんが続く。
「どうも、気付いたらここにいたダイキです。よろしくお願いしますね。あと、動けなくなっちゃったので治るまでここで暫く休憩しませんか?」俺が提案する。
「いや、今の魔力の乱れで近いうちにここに魔物が生まれる。早く移動しよう」と護衛さんが提案する。
「そうですね。じゃあとりあえずダイキ君をお願いします」と言って学者さんは護衛さんに俺を運ぶように指示する。
そうして俺は護衛さんのムキムキの背中に背負われながら町まで向かう。
フィボナッチ高原を抜け森へと入り俺達、正確には俺は背負われてるので俺以外のメンバーが休憩に入った。
「ダイキ君、調子はどうなの?」と助手さんが訊いてくる。
「歩けるくらいにはなりましたけどまだかなり怠いですね」
「町までは森を抜けたらすぐだからそれまでは大事をとってまだ休んでて」
「はい、わかりました。
参考までに訊きたいんですけど普通の魔力切れってどのくらいで治るものなんですか?」と助手さんに訊いてみる。
「うーん、個人差はぶっちゃけかなり激しいんだけど、
私は30分くらいで大体治るかな?
まぁ休憩してる間に全く魔力を使わない前提だけどね」
なるほど、時間経過で治るのか。
「それって長いんですかね?」
「学者なんかにとっては別に長くないけど戦闘を仕事にしてる人からしたら魔力切れ自体NGらしいわよ」
「なるほど。俺も後30分くらいで治りますかね?」
「なんとも言えないわねぇ」
と助手さんと話をしていると突然護衛さんが立ち上がる。
「どうしました?」学者さんが護衛さんに訊く。
「……オークだ。こっちに一直線に向かってきている」
オーク!?ヤダ、魔物のド定番じゃないですか!
「逃げた方がいいですかね?」学者さんが言う
「多分向こうは既に俺達に気付いている。
戦闘は避けられないだろう。隠れていてくれ」
「わかりました。任せます」
そう言って学者さんは俺と助手さんを連れ森の茂みに隠れ土魔法でカモフラージュした。
隠れてから僅か数十秒で2m程の薄緑の大男が走ってきた。
下顎からは牙が頬まで伸び、頭はハゲて薄緑の頭皮が見え、両手には斧を持っている。
なるほど、オークだ。
戦闘はすぐに始まった。
最初に護衛さんがマントの中からアニメなんかで見るようなメジャーな剣を抜き出しオークに駆け出した。
オークはそれにカウンターを仕掛けるように右手で斧を振りかぶった。
護衛さんはそれを走りながら少ない動きで避ける。
そしてオークの足に剣で斬りつけた。
斬りつけられたオークは今度は左手で斧を振る。
護衛さんは剣でそれをいなそうとするが勢いが殺しきれず後ろへ転がる。
そこにオークが右足から血を流しながら踏み込んで斧をふる。
それを護衛さんが余計に転がる事で避けた。
そしてオークと護衛さんの距離が少し開き護衛さんがマントの中から血抜き用のナイフをオークに投げた。
オークがそれを避け、少し体勢が崩れた所で護衛さんがオークの肩を斬る。
剣は深く入りオークは左の斧を落とす。
「すげぇ…。これが戦いなのか」
こんな、こんな一瞬の選択の連続が命の有無を決めていくのか。
「あの、護衛さんは勝てそうなんですか?」
「いや、まだわからない。オークはあの膂力と底なしの生命力が脅威なんだ。安心するにはまだ早いよ。彼が負けたら逃げるしかない」学者さんが答える。
そう話している間にも戦いは進む。
片腕の使えなくなったオークは右の斧で襲いかかる。
しかし護衛さんはそれを一歩下がって避け、踏み込みながら今度は右肩を斬りつける。またしてもその鋭い一閃はオークの右腕から斧を離させる。
両腕の使えなくなったオークは半狂乱で叫びながら護衛さんにタックルする。護衛さんはその勢いを利用してオークの首を落とす。
そしてオークは頭と身体が分かれ地面に倒れていく。
倒れた身体の首元からは噴水の如く血が噴き出ていた。
そして少しすると身体は燃え尽きた灰のようになり消えていった。
「おぉ」
「大丈夫ですか」学者さんが護衛さんにかけよる。
「大丈夫だ、問題ない」
「よかった。じゃあ結晶と素材を集めてもう一回休憩しますか?」
「いや、特に怪我はないからすぐにでも出発できる。素材を集めたら出発しよう」
「わかりました」
そして護衛さんがオークのいた場所に行き、そこから紫の石と灰にならなかったオークの牙をマントの中にしまい、さっき投げたナイフも拾う。
「あの、それってなんですか?」俺が訊ねる。
「あぁ、魔力結晶とオークの牙だ」
なんだかゲームみたいだな。
「魔力結晶というと?」
「その質問には僕が答えよう」と学者さんが答える。
「魔力結晶っていうのは魔物の核なんだ。
魔物はそれがエネルギー源になっていて、死ぬと身体はほとんどが灰になって一部の部位と魔力結晶だけが残るんだ」
なるほど、ソウルジェムか。
「その結晶って何か使い道があるんですか?」
「魔力結晶は魔力を溜め込めるんだ。
だから魔道具には必ず必要だし、人にとっても魔力が足りない時には補給もできるよ。
高値で売れるから冒険者の最大の収入源なんだ」
ようは普段生活では魔力の電池だけど冒険者にとっては宝石みたいなものなんだな。
「準備ができた。出発しよう」と護衛さんが言う。
そうして俺達は護衛さんを先頭にして森を抜け、
俺にとって最初の町である、「オイラーの町」へと到着した。
会話の部分ってなるべくカットした方がいいものなんですかね