69話 目覚め
うう、寒い。いつになったら暖かくなるのかなあ。
霞みがかった意識の中で、うつらうつらしていると何かが口に運ばれてくる。
咀嚼する気力もわかないのに。
イヤイヤをすると、その人はため息をついたようだ。
もうずっとこんな状態で、私、何かの病気なのかなって思えてきた。
ずっと寝ていたからか、私の腕もひび割れてきている。母様とおんなじだ。
私、死んじゃうの?
言いようのない不安がふつふつと湧いてくるのに、お世話をしてくれるこの人は、そんな私に気づかない。
ほら、こんなにひび割れててるんだよ。
ずっと魔力を使っていないからか、この部屋にどこからか集まってくる魔力のせいか、どちらのせいかはわからないけれど。
そしてこれだけ濃い魔力の中にいると、普段見えない物も見えてくる。
この人の身体、透けて隠れる魔方陣がある。
集まってきた魔力がキラキラと流れ、違う何かに形を変える。
いや、別にそんなことどうでもいいんだ。
だるい。辛い。眠い。
……けど、寝たくない。こんな弱い自分でいたくない。
胸の奥深くに、閉じ込められている反骨心。私をこんな風にしているのは、何?
朧げな世界の中で、微かな抵抗をしたからだろうか。一筋の細い細い光の糸が私に伸びてきた。
懐かしい、お母さんの泉?
手を伸ばして光る糸を捕まえる。
蜘蛛の糸みたいに切れてしまわないで。
目を閉じると、瞼の裏に水鏡が浮かび上がった。
クロマが呼んでる。
ユヌカスがあの大きな剣を振り切った。
止めて!ヤメて!
魔力が無くなったら、死んじゃうんだよ!
私が?私がこんなところでウジウジしてたから?
急にクリアになった頭で反省する。
いや、反省は後でする。
私が神様から貰った物は何だった?
何もかもを断ち切れる力でしょう?
それに、ぼ〜ッとしていた時は考えられなかったけど、この人、結構酷いこと言ってたよ!
もっと疑問に思えよ、私!
怒りが私を支配する。
この人は気がづかない。
壁や床だけでなく、空中にも張り巡らされている魔方陣。
そっと手を伸ばす。
いや、その前に、自分の周りを守護陣で包む。
もう、失敗できないからね。
消えなさい。全ての命を奪うもの。
頭の中に赤い記号が溢れたって構わない。
そんな気持ちで魔力を叩きつけた。
回路を破壊され、キラキラと行き場をなくした魔力の光。眩しくて目を閉じる。
しばらくして目をあけると、そこは真っ白な世界だった。
ベッドや家具はそのままに、白い床、白い壁。
……ここがあの世だとか、コワイことないよね?
内心の動揺で、顔が引きつってくる。と背後から声がした。
「ママ?」
「クロマ?」
タタタタと走ってくると、私の足にしがみつく、暖かいぬくもり。
生きてる。
「ふふふ、心配させちゃったかな」
「ん~ん」
ぐりぐりと頭をこすりつけられる。
顔を上げると、目を細めたユヌカスと視線が絡んだ。
裸足の私の足元で、クロマが転がっているブーツから剣を取り出し、構えた。
「クロマ、ママ、護る。クロマ、前も、護れた」
すると、一歩踏み出したクロマの前に立ち、王が背で彼女を隠した。
「次は私が護ろう。其方の護りたいものも全て」
クロマが目を見開いて王を見上げる。
続いて、ユヌカスが王とは反対側に立ち、私とクロマをザンダイから隠す。
……けれど私は、護られたいわけじゃない。
私も戦える。
私がこの世界に呼ばれたのは、このためだったと確信すらしているのに。
私も戦いたい!
私の心と共鳴したのか、姫君の剣が仄かな光を纏った。
ユヌカスの手の中から一層輝くと、フッと消えた。
「白南風」
頭に浮かんだ名を呼ぶと、姫君の剣が呼応する。
伸ばされた私の手の中に形を変えた剣が現れた。
細く刃のない、私のための剣。
じめじめと纏わりつく憂いを祓うための、私のための剣。
しっかりと握りしめると対峙する。
目の前には、すでに人ではない、何か。
透明の線が彼を覆っている、彼を創造している。
私はそれを、少しずつ削ぎ落とすように祓えばいい。
魔力を纏うと白南風は分離モードになった。
私に分解できないものなんてないんだよ。
覚悟、してよね!




