68話 解放
ママの場所がわかった。
けれど私は場所を特定することができるだけ。
パパの力がないと繋ぐことができない。
パパは意外とのんびりさんだから。
頭が悪いわけじゃないんだよ。ただ、周りを囲む者が優秀だから、パパの心や周りの環境が危機に陥る前に、必ず正しい助言があると信じている。
でもパパを護る人を、護ってくれる人はいるのかな。
イツクィンと手を繋ぎポテポテと歩きながら、武器のあるお部屋までやってきた。
以前のように警備が厳しくない。今はそんなことをしている余裕すらないからだ。
「中をあらためたい」
イツクィンが言うと、そこの番兵さんが扉を開けてくれる。
壁には大きな姫君の剣。
私もアレが得意だった。私の手にしていた物は、あんなに大きな剣ではなかったけれど。
護らなければならないものを護りきった、喜びの達成感だけは覚えている。
何を護りきったんだったかなあ。
上を見上げていたら急ぎ足の音が近づいてきた。
「クロマ」
やって来たのはパパだ。けれど、いつものパパじゃない。
のんびり屋さんのパパに、覚悟を教えたのは誰だろう。
「パパ、ママのとこ、行く?」
本当に、行っていいのかな?
パパの覚悟が決まったのなら、必要なのはアレだ。
「呑気に兄上の調査結果を待つのではなく、もっと早くラメルのところへ行かなければいけなかった」
すまない、と私に呟いた。
ジッと見つめ合い、パパの覚悟が緩まないことを知る。
「パパ、イツ、アレ取る」
私の指差したのは、姫君の剣。
壁から降ろすのも一苦労だ。
立ち番の兵士まで使って5人がかりで床に降ろす。
けれどママの魔力と混ざったパパは、その背よりも大きな剣を持ち上げた。決して軽々って感じではないけれど。
向かう場所はもちろん、昇殿の渡りがあった辺りだ。
パパとイツクィン、そして番兵のうちの1人が武器の管理のためという建前で、姫君の剣を運ぶ役目を手伝わされている。
鞘のない不思議な大きな剣を3人がかりで運んだ。
昇殿の渡りに辿り着くとクブダールやカイトウ、ガーディア達が待ち構えていた。
なぜか王様までいるけど。
イツクィンが剣から手を離し、私と手を繋ぐ。
歩いて王様のところまで行くと「父上」と声をかけた。
王様がイツクィンを見下ろす。
「父上はクロマについて、どのように感じているのでしょうか。大切にしていただけるのですか?」
自分よりも、と。
私は、突然そんなことを言い出したイツクィンを見上げる。
イツ、どうしちゃったのかな?
王様は私とイツクィンを交互に見やり、少し考えこんだ。
「私にとってのクロマは、愛しいと思っても愛せるわけではない、憎らしいと思っても恨むことはない。そんな存在だ。お前が心底慈しめるのならば、それでよかろう?」
言いながら、私を抱き上げた。
「似ていても、同じものを持っていても、やはり其方は別のものだからな。其方の母を助けるのであろう?」
私はコクンと頷く。
「じゃあ、おいで」
クブダールが手招きをする。
「クロマが見つけた道にユヌカスが魔力を通す。それができたらクロマはその道を隔絶して護るんだ」
パパが決心できるまで、ずっとクブダールと練習してきたことだ。
私は力強く首を振る。
私が見つけたママへ繋ぐ道。
ほら、薄っすらと光る細く白い道。
パパが手を置くと道が太く繋がれる。これで人が通れるようになったはずだ。
「クロマ、君のパパも護るんだ。ママのように連れて行かれないように」
うん。
パパと世界の間に髪の細さほどの狭間を作る。
もうこれで、パパを黒い紐は奪えない。
「ユヌカス、黒い魔方陣が浮き上がっているのが見えるか?」
クブダールが確認する。
「魔方陣なんてありますか?」
番兵達が目を凝らしている。他の人には見えないらしい。
私にはずっと前から見えているけれど。
「……見えます」
少し時間がかかったけれど、パパの目に魔方陣が映った。
いける。
「この中で、その剣を振るえるのはお前だけだ。ラメルを捕らえる鎖を引きちぎり、必ず連れ戻せ」
クブダールがパパにママを託す。
とても大きな意味があることに、パパは気がついただろうか?
パパは深く息を吐くと、重くて大きな剣を持ち上げる。
全身の全力の魔力を剣に纏わせ、重心を低く構えた。
美しく金色に光るパパ。
バチバチと細い稲妻が剣を覆う。
力強く振られた斬道から白い閃光が走った。私はママへの道を護るために全力で力を込める。
「くう、うぅぁ」
黒くて細い紐のような魔方陣が、ブチ、ブチッと音を立てて千切れ始める。
永くて永くて、そしてあっと言う間の時間が過ぎた。
……世界はこんなにも白かったかしら。




