67話 決起
「大変なことが分かりました」
数ある資料を元に、学者や有識者が缶詰で取り組んだ。
膨大な魔方陣の写し、古語の資料。
中でも異常な知識量のオクスィピトは、今や数え切れない信者を抱える教祖になりつつある。
……ランディンが面白くなさそうだ。
調査の結果を1つずつ聞けば、行き場のない怒りが込み上げる。
報告が真実ならば、先の遠征は偶然ではなかったことになるからだ。
干上がった海。溢れ出る魔物。燃え上がる地表。
……守れなかった、私の愛剣。
それらが全て、ザンダイの寿命に費やされていたことになる。
たかだか1人の、たかだか数十年。
ただそれだけのために?
「で?」
腹から抑え切れない怒りの声が、握りしめていなければ振り下ろしてしまいそうな拳が、部屋の空気を静まり返らせる。
「つまり、ザンダイは長い時間をかけ蘇りを繰り返し、有り得ない寿命を持つ肉体を探し続けていることになります」
オクスィピトの言葉がうるさい。
「ラメル様に理想の器を産ませ、その子の身体を自分の物にすることで、永遠に近い命を得るのが目的ではないかと推測されます」
学者の声が耳触りだ。
「なるほど」
そんなくだらないことのために、ツァリーは死んだのか?
私の唯一。
私を護り、なのに遺品の1つも見つける事ができなかった、真っ赤に喰いちぎられた私の愛剣。
「それだけではありません」
オクスィピトはただ1人、苛立ちを隠さない私の正面に立った。
その目は神に愛された真実を暴く目だ。穏やかでそして冷たい。
終ぞ愚かな私が持つことのなかったもの。
「初代ラミキシオン王の血筋を、徹底的に破棄すべく策略を巡らしていたようです。全ての傍系で、養子を除く血族が1人も残っていません」
は?全ての?
「平民に身を落とした者たちもか?」
オクスィピトの目が「是」と射抜く。
一体どれだけ枝分かれしていったか、どれだけいたのか、知っているのか?
では、母や父、兄や弟達が死んだのも?
残されていく自分の頭を撫で、慰めてくれていたツァリーの姿が瞼の裏に蘇る。
自分の過去の映像をぐっと彼方に押し出し、浅く息を吐いた。
そして、神殿の者たちが、オクスィピトが、クロマが、こうしてラメルを救うべく奔走している中、ただそこに佇んでいるもう一人の息子に目をやる。
この会議の間、壁に寄りかかり薄っすらと笑みを浮かべさえしているクブダール。
彼を見れば、ラメルが無事なことなどわかる。
だからの余裕なのか?
己の中の理解できない苛立ちは、最早止めることなどできない口撃となった。
「なあ、ユヌカス。お前はここにいて何か解決への道を見出せるのか?ザンダイが今の肉体に見切りをつけ、新しい身体を欲しているのならば、今この時最も危険なのはラメル嬢の貞操だろうに」
ユヌカスが目を見開いた。
己の幸運を疑わず、自信に満ち溢れたその姿。
いつかの自分を思い起こさせるその姿は、痛々しい記憶しか生まぬ。
お前自身は神に愛され、どんな災厄の中でも無事かもしれない。
だが、お前の愛している者まで、神に愛され無事とは限らないのだぞ。
「すでにその身が汚されていたならば、ユヌカス、其方は如何にするのだ」
私の問いかけを皆が黙して見届ける。
返答如何ではラメルはお前の手には戻るまい。
もうずっと以前から、覚悟の決まっている兄が静かに見ている。
クブダールもまた、違う覚悟で見届けている。
ユヌカスの握りしめられた震える拳から、赤い印が落ち始めた。
「例え何があろうとも、ラメルが生きてさえいてくれればいいのです。けれど自分が、これほどまでに考え及ばぬ愚か者だとは知りませんでした」
ぐもった声で宣言するとクブダールを一瞥し、部屋を急ぎ出た。
そうだ、それでいい。
皆、其々におさまる場所がある。
オクスィピトにはオクスィピトの、ユヌカスにはユヌカスの。
そして、私には私の。
20年にも30年にも渡る、ケジメを付けさせてもらうぞ、ザンダイ。




