62話 兄上の秘密
「いやいやいやいや、だからそれですよ。兄上、ちょっとあちらでお話しませんか」
俺は兄上を引きずって少し離れた場所にある空き部屋に入った。
珍しく誰もついて来ない。誰もついて来れないように威圧したからな。
俺はラメルと兄上が持つ不思議な関係にずっと妬いてきた。
「兄上、そろそろ教えてくださる気になりましたか?」
聞いたことのない言葉を当然のように理解し合い、物事を進めていく2人。
「はじめはナンテコッタのあまり浸透していない方言を、学問に精通した兄上にはわかり、俺にはわからないのだと思っていたのですよ」
が、それらの言葉はナンテコッタのものではなかった。
誰も知らない言語。それを使いこなす2人。
なぜ、兄上はラメルを理解できるのか。
1つずつ紐解いていけば、答えは薄っすらと見えてくる。
けれど、ただの推測ではなく兄上の口から聞きたい。
「それとも、俺は兄上に少しも信用していただけませんか?」
「いや、信用していないとかではなく」
黙考する兄上。
「予想はついているので驚いたりしません。けれど、兄上の口から聞きたいのです」
すると兄上は驚いたように俺の顔を見た。
「そうか。そりゃさすがに気がつくか」
言うと、決心したようにまっすぐ視線を向けられる。
「推測されているなら話は早い。そうだ。僕はラメルと同じ世界で生きていた記憶を持って生まれてきたんだ」
は?
兄上がラメルと同じ世界からきた?
え?
「えっと、なんでそんな豆鉄砲顔なの?」
……豆鉄砲顔ってどんなのだよ。
「俺とラメルが出会う前から兄上と親交があった、とかではなく?」
出会ったのが最近ではないならば、2人で言葉を作って暗号遊びとかをしてきたのかと思ってたよ。
兄上はそういうの好きそうだし。
「え?そっち?」
沈黙の中、兄上と見つめ合う。
「実は、ラメルがドウシタンタにやって来た頃から親交があるのだ」
兄上の目がにっこりと細められる。
「いやいやいやいや、騙されませんよ、さすがに!」
「チッ」
舌打ちした、舌打ちしたよ!
「兄上、ラメルと同じ世界で過ごした記憶というのを、詳しく、詳細に、事細かく、教えてください」
「……面倒くさ」
兄上はボソッと呟くと机に突っ伏してしまった。
おう、おう、おう、おう。いい態度だな、兄上。
襟元に手をかけると、上下左右に振り回す。
「まさか、向こうでも知り合いだったとか、ないですよね」
「じ、り、あいでじだげど?」
知り合いだった!?
「どういった知り合いで?まさか向こうで男女の仲などには?」
最悪の想定が浮かび、後半は声も凄んだ。致し方あるまい。
「ぞ、うなら、今ごろづぎあっでるわ」
それもそうか?
感情に任せてぐるんぐるんと回し過ぎたせいか、兄上の目が虚ろで顔が真っ青だ。
バタンッ!
この憤りをどう処理したらいいか、考えあぐねていたらいきなり部屋の扉が開いた。
誰だよ!邪魔すんなよ!の気持ちを込めて振り向く。
「ち、父上?」
え?なんでこんなとこまで来てるの?
ここ、神殿だよ?
「パパ!」
んでもって、なんでクロマを肩に乗せてるの?
俺ら、父上にそんなことやってもらった記憶なんてないけども。
「パパ!」
クロマに再び呼ばれて視線を向ける。
「どうした、クロマ」
「ママ、消えた。ママ、いないの」
クロマを預かろうと父上の肩に伸ばした手が止まる。
「は?」
訳がわかからない。
が、わざわざ父上を連れて来てまで、クロマが伝えようとしているということは、何か重大なことが起きていることだと理解した。
ドッ!ドガダダン!
と、大きな轟音と共に神殿が揺れに揺れた。
窓の外が赤く揺らめいている。
父上がクロマを抱え込み、床に手をついた。
どんな戦場であっても敵に背を向けない父上が、クロマを庇っている。
ありえない。
何が起きてるんだ?
窓の外と目の前の光景に、思考が止まっている。
ドタドタと廊下を走る音が聞こえ、兵が駆け込んできた。
「申し上げます!昇殿の渡りにクブダール様の攻撃を受けました!先の遠征を思わせる天災レベルで、襲撃を受けたあたりの陥没が激しく、底が見えません!マグマの波が立ち、非常に危険です。退避指示を!」
はあ?
俺も兄上も頭を抱えこんだ。
父上は俺にクロマを預けると城に走り出す。
我に返って俺も父上を追いかけた。
あ・い・つ・は何やっとんじゃ〜!
「クロマ、ママがどうしたって?」
走りながら、腕の中のクロマに尋ねる。
まずはそこが一番大事だよな?
少なくともクブダールの攻撃に関しては、ラメルが関係してるとしか思えない。
ってか、どれから突っ込んだらいい?




