55話 天使
クロマはどこまでもついてくる。
白い繭の中のクロマは、私の行くとこ行くとこにプカプカとついてくる。
さすがに小さな生き物が近くにいるのに剣の練習とかできない。意図することなく、妊婦さん生活に突入しているのだ、私。
そして、あれ以来甲斐甲斐しくクロマを見にやってくるユヌカス。
「俺が腹を痛めて産んだ子だからな」
って。私もクロマを生み出す時、無っ茶んこ痛かったんですけどね!
そして、2人でクロマを囲む時は、中のクロマが動くのが分かるの。
だからか、最近はユヌカスの足の間に座らされてクロマを抱っこすることが多くなった。
ユヌカスが終始ご機嫌だからいいんだけど、今日は風間君も弟君達も来てるから、ちと恥ずかしいのですよ。
クロマの繭を見に、毎日いろんな人が来るから、賑やかだ。
「最近、ラメルは何をやってるの?」
私の手元を見ながら、ユヌカスが耳元に口をくっつけて喋ってくる。
「し、刺繍を勉強してるのです」
右手でデザインを起こしていたけど、羞恥から思わずぎゅっとクロマを抱きしめてしまった。
羞恥に魔力もブワッと湧いた。
と、クロマが割れた。
ぎゃ〜!
「ど、ど、ど、どうしよう!私がぎゅっとしたから!」
パニックで視界が歪んで、前が見えない。
「ラメル大丈夫だから、落ち着け」
ユヌカスがクロマごと抱え直して膝の上にあげる。
「ラメル、繭から孵化するのではないか?」
風間君の一言もあって、少し冷静になった。
孵化、とな?
繭の破れ目から小さな手が出てきた。
おお、中には真っ黒な固まりがいるもんだとばかり思っていたけど、人の子どもっぽい手が出てきたよ。
小さな女の子が目をこすりながら出てきたよ。
「ママ?」
私の膝くらいまでの大きさで、黒髪黒目。額に青い宝石みたいな竜の目が付いている。
そして、極め付けは背中の小さな黒い羽。きちんと2枚。
か〜わ〜い〜い!
「ママ?」
クロマが首を傾げて見上げてくる。
かわいい!
抱き寄せてスリスリしていたら、ユヌカスに布でぐるぐる巻きされた。
ちょっと苦しくて、布の間からクロマと顔を覗かせる。
「兄上、兄上はお帰りください」
風間君の顔がおかしい。赤く上気している。
ユヌカスが私達の前に仁王立ちだ。
「ぼ、僕の嫁」
「兄上にはあげませんよ!」
般若顔のユヌカス、怖!
「オクスィピト様?」
般若顔のランディン、怖!!
「そうですよ!オクスィピト兄様は年を取りすぎてますから、どちらかと言ったら僕のお嫁さんです」
あ、あれ?なんで、イツクィン?
「あ〜と、ランディン?イツクィン君?オクスィピトの嫁の意味とイツクィン君のお嫁さんの意味は多分違うから、そんなに怒らないでも大丈夫じゃないかな」
危険度で言えば、風間君の方が危険なんだけどさ、多分。
「前から思っていたのですが」
ゆらりと黒い気配と共に振り向いたユヌカスが、布の固まりの中から私を引き抜き上げる。と、布でぐるぐる巻きになったクロマをガーディアに預けた。
器用だな〜。
じゃなくって。
なんでそんなに怖い顔してるの?
そのまま私を荷物のように抱えると、隣の部屋に放り込む。
「ラメル?嘘偽りなく、真実を述べてください」
「は、はひ」
こめかみに浮かんでいる血管が今にもはち切れそうですよ。
「兄上と何がありました?」
風間君と?
「言ってる意味がわからないですよ」
落ち着いて、ね?
ソファに押し付けられ伸し掛かられる。
「兄上とラメルの間には、俺が入れない空気が流れることがあるの、気づいてる?」
ユヌカスが入れない空気?
わからなくて首を振る。
「2人の言葉が、時々わからないことがある。でも、ラメルと兄上には通じてるから」
無いとわかっていても妬ける。
最後は小さな呟きだった。
私は一瞬、途方に暮れた。
風間君も前世の記憶があるって言えば、簡単に誤解は解ける。同じ世界で生きた記憶があるって言えばいい。
けど、私が勝手に言えないよ。
風間君は風間君で、この世界で苦労した。
ただでさえ、異質な物を見られるイヤな思いをしてきたのを、私は知っている。
でも、ユヌカスを不安にするつもりも、ない。
「ねえ、ユヌカス。同じ質問をオクスィピトにしてほしい。私からオクスィピトの秘密は喋れないもの」
顔を歪ませたユヌカスの首に、手を回して引き寄せる。
「でも、私がユヌカスを好きなことが変わることはないよ。信じて?」
顔を覗き込んでそっと重ねる。
ひとしきり私からの密着を堪能したのか、背中にユヌカスの腕が回された。
「うん」
私はユヌカスの肩口に顔を埋めて、ユヌカスが落ち着くまでそうしていた。
「兄上に話してもらえなくても、ラメルを信じてる」
私はにっこり笑って手を出した。
「じゃあ、私たちの天使を迎えに行きましょう」
部屋に戻ると再びユヌカスが怒ることになったのだけど。
ガーディアに蹴られてのされる風間君。カイトウならすぐ大人しくなるのに、風間君はめげない。
クロマに触ろうと追いかける。
「ランディン、俺が許可をする。兄上には教育が必要だ。兄上が理解できるまで閉じ込めておけ」
ユヌカスがこれほど冷たい声を出せるなんてはじめて知ったよ。
風間君がさっきの私みたいに担がれていく。
なんとなく牛さんが売られていく曲が、さっきから流れてる気がするね。ドナ、ドないやねん!




