45話 異変
「最近、いつもの門番さんがいらっしゃらないのです」
私は、リズの言葉から神殿の異変を知った。
こっちには旅行に行くなんていう習慣がないから、3日も家を留守にすると捜索対象になる。仕事も交代勤務で、決まった休日なんてないし。
そんな中、話題の門番さんは10日も姿を見せていないらしい。
「巡回の兵士も何人かいなくなっているらしいですよ」
ガーディアも知っていたらしい。
「巡回の兵士ということは海で遭難でもしたのかしら」
竜の使いのような海獣が出たのなら、出動要請があってもいいと思うんだけど。
今のところはない。少なくても私は知らないな。
「まあ、それではご家族の方は心配しているでしょうね」
「それが、家族も消えているのですって」
家族ごと?
それ、もっと大きく取り扱っていい事件じゃないのかな。
「いなくなった人は、まだ子どものいない若い夫婦が多いらしいですよ」
う〜む。と首を傾げると、奥で作業していたクブダールがやってきた。
「その中の何人かは俺が消しておいたぞ」
ってな。
思わず3人で抱き合ってプルプル震える。クブダールなんかに勝てるわけがない。
「なんだ?その目は。俺が意味もなく手を出すわけがないだろう」
ガシっと頭を掴まれ、クブダールの方に向けられる。
クブダールが意味もなく手を出しても、疑問に思わないです。
「え、と、それでしたらなぜ?とお聞きしても?」
ガーディアがリズを後ろにするように前に出る。
私は掴まれたままだ。
「死んだ方が幸せなこともあるだろう?ほら、ああなってしまえば、もう人間ではないからな」
クブダールの視線を追って窓の外を見ると、遠くに、目が虚ろで明らかに正気ではない男性がいる。
動きがゾンビっぽい。
え、何?クブダールが何人か消したってことは、外にあんなのがいっぱいいるの?
もっと噂になっててもよくない?この国の情報網に心配有りだ。
クブダールが剣を担ぐと窓から外に出た。
私も慌てて追いかける。
クブダールは殺る気満々だ。
でも少し待って。彼からあの時の気配がする。
あの時のクブダールと同じ気配だ。
サッとクブダールの前に出ると、ためらいもなく斬り伏せようとするクブダールの剣を双剣で受け止めた。
「ラメル!危ないだろう!」
うん、ごめん。
でも、この程度の者を処分する時に、本気を出すわけがないと分かっていて間に入ったから大丈夫だよ。
クブダールに少し笑いかけると、後ろを振り返る。
男性は私を見ると、地面に伏せた。何か伝えようとしている。
声が出ないんだね。
剣で服を引き裂くと、やっぱりあった。
黒い魔法陣。
魔力を搾り取る、あの時のクブダールの魔法陣とは違う。
コレは何の意味があるのか。しっかり覚えておいて風間君に聞かなくちゃ。
魔法陣の一部を消しながら、形を目に焼き付ける。
後ろでクブダールが歯軋りをしたのがわかった。
「あの野郎、帰ってきてるのか?」
走り出そうとしたクブダールを慌てて引き止める。
「クブダール、おんなじような人を見つけたら、殺さないで連れてきて」
助けられるのならば、助けてあげたい。
私は張りぼてでも巫女様なのだ。
クブダールのことだって、何も救わない神ではない、と信じている。
クブダールは頷いて踵を返した。
男性は一部消された魔法陣が効力を無くしたからか、口を開いて声を出した。
「奥様が行方知らずなのですね?心配して探し回っているうちに身体の自由がきかなくなった、と?」
リズが耳を近づけて聞き取った。
「づ、まを、だずけて、く、ださ」
男性は涙を流して言葉を紡ぐ。
思えば、クブダールだってあの魔法陣に囚われた時はお母さんを探していたのだ。
魔法陣を起動するきっかけはソレだろうか?
でも目的は?
クブダールは魔力を搾り取るためだった。
でも彼らは搾り取れるほどの魔力を持っていない。
考えることが得意でない私はすぐ思考を放棄した。
そういうのは、そういうことが得意な人がやればいい。
私は私ができることをする。
まずはこの人の身体から魔法陣を消してしまおう。
それにしても、奥さん達はどこに消えてちゃったんだろう。
海に出る道は管理する門番が必ずいるし、山に続く道も1本道で監視されている。
気づかれずに外になんて出られないと思うんだよね。
1人や2人ならともかく、それよりも多くの人が消えてしまうなんて騒ぎにならないわけがないのに。
本当に彼が帰ってきてやっているとしたら、あまりにも雑じゃない?
「ラメル、ガーディアに呼ばれたんだが何かあったか?」
魔法陣を消していたら、ユヌカスが水路から顔を出した。
いつも思うんだけど、この登場の仕方ってカバっぽい。水面から顔だけ出して、うん、和む。
ユヌカスが金髪だからだろうか。
金の斧と銀の斧が似合いそうだな〜。




