39話 sideオクスィピト
広原が帰ると、場の空気が一気に重くなった。
ユヌカスがこちらを睨みつけている。
「どういうつもりですか」
広原と意気投合しているのが気に召さなかったらしい。
そんなに広原を好きなら、もう一つの価値観の方を捨てるしかないだろうに。
僕とたった2カ月しか違わない弟は、この国の王になることを望んでいる。周囲の多くもそれを望んでいる。
正直、僕は権力には興味がないからそれでいい。
母親は病弱で寝たきり状態だから後ろ盾にはならないし、そもそもの身分が低い。
僕が転生者でなかったら、充分に腐ってたかもしれない状況だ。
なのに父上は、どちらかというと僕寄りなんだよな。
「お前のその目は、この国の者が見えないものを見ることのできる目だ」って言うんだ。
広原に会うまで、僕は父上のためになるよう知識を使いたいと望んでいた。
僕の力は『一度見たものを忘れない』という能力だ。
あの、爺さんみたいな神様からお詫びにもらった力がそれだ。
だから、戦いに向いてない。人を動かすのも面倒くさい。
3歳になったころ、この国の文字を読めるようになった僕が図書館に通い、端から順に読み込んでいく姿は他の人達には異様に映っていたと思う。
けれど、だから僕は知っている。
「ユヌカスにそんなことを言われる意味がわからないんだが。お前にとってラメルは、別にそこまで大切な存在ではないのだろう?」
このままでは広原がかわいそうだしな。
まあ、ユヌカスのことも、仕方ない弟くらいには思っているし。
「そんなわけないでしょう!」
ユヌカスの顔が真っ赤になった。
「だが、お前は王になることを望むのだろう?王になるものは姫君の剣にはなれない、と知らないわけではないだろうに」
知らなかったのか、ユヌカスが目を見開いた。
「まあ、絶対になれないわけではない、がラメルとでは無理だ」
言葉も出なくなったらしい。
「ラメルから秘密を打ち明けられているにもかかわらず本気にしていなかった、か姫君なんてただのお伽話だと思っていたってところかな」
これでは広原が孤独を感じても仕方ない。
唯一の秘密の共有者が頼りにならないのだから。
「で、カイトウは知っていながら教えなかったんだろうな」
カイトウに目をやると口を引き、こちらを射殺さんばかりに見ていた。
ユヌカスは信じられないようにカイトウを眺めている。
「カイトウはお前が王冠を抱く姿が見たいのさ。信者に等しい忠臣だからな。でも、お前はそれでいいのか?」
やり取りを無視して作業をしていた俺の側近まで、ユヌカスに注目しはじめた。
作業は続けながら、チラチラ見ている。
「王が下から情報を制限され、お前がカイトウの思うままにこの国を動かすようになったとしたら」
それでもいいのか。
「なあ、別に僕やお前が父上の後を継がなくても、まだ弟達がいるじゃないか。お前が二兎を追うなら、ラメルは死ぬぞ」
「兄上はラメルが本当に姫君だと思っているのですか?」
「思ってるよ」
じゃなきゃ世界を渡って、呼ばれたりしない。
広原がベストだった、何か理由があるはずだと思っている。
でも、ユヌカスにそれを理解しろっていうのは無理か。
「お前が信じてないなら、王になって好きなようにハーレムでもなんでも作ればいいんじゃないか?いろいろな種類の女の子侍らせて、僕も男だから否定しないよ」
口調を軽くして冗談っぽくする。
「兄上も複数の妻を娶るのですか?今まで兄上は王族の義務を果たさないのかと思ってました」
アホか、なぜそんな感想になるんだ〜。
そもそもハーレムが王族の義務とかってなんだ。
ガッカリだ。お前にはガッカリだよ。
「気持ちがわかるだけだ。僕にそんな体力あると思う?1人でも面倒くさいわ」
途端、カイトウがかわいそうな子を見る目で見てきた。
いや、お前は反省してろよ!
「それにしてもオクスィピト様は本当に王位に興味がないのですね」
僕の側近の一人、ランディンが作業を中断して近づいてきた。
「僕は他に使命がある。国を構ってる暇がない」
ランディンが満足気な顔になった。
「その通りですね。オクスィピト様は神に遣わされたお方です。そんな小さなことに煩わされることなく、御自分の望むことをなされるのがよいでしょう」
チラリとユヌカスに視線を送り、また僕に向き合う。
「そのために姫様が必要でしたら、そのように命じてください。ガーディアと共に場を整えましょう」
「そうだな。ユヌカスが決められない時は、僕がラメルを守るからいいよ」
ユヌカスが衝撃を受けた顔をした。
ランディンはユヌカスの甘えにトドメを刺したかったらしい。
僕がラメルをそういう風に見られないことを知っているからね。
一応向こうの価値観を持っているからか、ラメルがいくらかわいくても10歳はあかんやろ、ってなる。
それに中身広原だし。……かわいいけど。
まあ、後5年したらわからない。
「じゃあ僕は行く。まだやることが残っているからな」
後はよく考えろ、自分でな。
言い置いて行こうと思ったらカイトウが変なことを言った。
「オクスィピト様のお考えは理解しました。が、御自身も身辺には気をつけた方がよろしいですよ。食べられてしまいますからね」
「は?」
何?やっぱり僕らって魚系なの?
思わずランディンを振り返る。
……ランディンが無茶苦茶笑顔で怒ってて怖いんだけど。
「オクスィピト様、気になさることはありません。カイトウは私がユヌカス様にかけた言葉の意味を正確に把握したに過ぎません。単なる嫌がらせです」
やっぱり意味はわからない。
けどまあ
「ランディンとカイトウが仲がいいことはわかった」
隠語が理解できるくらいだもんな。
「「冗談でもやめてください!」」
ね、仲いいだろ?




