36話 図書館
相変わらず午後にしか通えないけれど、図書館通いも様になってきた。
私が来たのがわかると、扉が自動で開く。係の人が中で待機していてくれてるらしい。
私には少し扉が重いからね。
いつも通り部屋に入ると、この国には珍しい華奢な青年が作業をしていた。
真剣に書き物をしている姿は、窓から差した光を含んで幻想的に浮かび上がらせて美しい。
筋肉質じゃない人もいるんだねえ。
なんとなく邪魔をしてはいけない気になって、少し離れたところに腰をかけると工場からお願いされた案件に目を通す。
ふむふむ、この構図の配線を引くと効率のいい魔力が流せるようになるんじゃないかってことね。
省エネは大事だ。同じ量の魔力をより多くのことに使えるようになれば、生活は随分楽になるだろうから。
どの国も主要なエネルギーは魔力で、魔力持ちは基本的に優遇される。
奴隷のように拘束されて搾り取られるような、お父さんみたいな人もゼロではないはずだけど。
石油は聞いたことがないなあ。
鉱石によるエネルギーも少しはあるらしい。魔力のないこの国には必要不可欠だしね。
そう言えば太陽光や水力風力の自然エネルギーは聞いたことがない。
思いつく限りの地球エネルギーを思い浮かべたけど、私が開発できるものは何1つない。
図書館通いしていても、さっぱりわかんない。
そしたら、魔力の効率のいい使い方を考えるしかないじゃない?
それが今私が必死になって勉強しているものだ。
まず、渡された課題をひとまず作る。そこからだ。
ちまちまと集中して作業をしていたから気がつかなかったよ。
「え~と、何か御用でしょうか」
金髪美青年が横に立っていた。まあ、この国の人は全員金髪なんだけども。
けど、珍しい瞳の色をしている。薄いグレーだ。青色じゃない人を初めて見た。
「いや、すごいなと思って」
薄いグレーがキラキラしている。
ちなみに作っているのは魔法陣を組み込んだ半導体みたいなもの、だと思う。
大きさは随分と大きいけど、今のところあんなに小さく作る必要はないし、大きい方がみんなで見ながら試行錯誤、開発できて便利なのだ。
「君の指先は神の指先だね。僕にその技術があれば科学を生み出せるのに」
青年が少し切なそうにため息をつく。
「科学、ですか?」
科学、なんて言葉この星にあったんだ。
「そうだよ。魔力がなくても光を生み出せる力だ」
「そんなのがあるのですか?それならそのうちテレビとか観れそう」
最後の方は小さな独り言になった。テレビなんてわからないだろうからさ。
この国は娯楽が少なすぎるんだもん。正直言えば漫画とかも読みたい。
下を見ながら作業をしている私は気がつかなかった。
金髪青年の目が怪しく光ったことに。
「……テレビねえ。君はなぜそれを知っているの?」
肩に乗せられた手が力強く身体を抑える。
「え、と。」
「君は車や暖房を開発した人を知っているのかな」
この人も疑問に思ったんだ。
「そうですよね。この世界って、車があって暖房設備もしっかりしているのに、電車が箱車って」
私はナンテコッタ国を思い浮かべて、正直な感想を述べてしまった。
「……やっぱり、君は、転生者だね。地球からの」
ってことは
「あなたも?」
はああああ、と大きく息を吐き出すと抱きしめられた。
「僕はオクスィピト。君はラメルでいいのかな?」
「どうして私のことを知っているの?」
私はオクスィピトのことを知らないけど、向こうは私のことを知っていたらしい。
「君の髪色は有名だからね。銀髪ストレートに碧眼、10歳の美少女って萌え要素しかないだろ?」
ぎゃ〜!変態だ。変態がいる!
威張って言うことじゃないからね!
抱きしめられたままの体勢に危機感つのる。
「地球時代はなんて呼ばれてたの?」
「変態に答える名前なんてありませんよ」
「僕はねえ、アリトだよ。風間有人。アリト カザマの方がいいのかな」
めげねえな、って、え?
「風間君?本当に風間君?いつも難しい本ばっかり読んでて、先生をけちょんけちょんに論破する、あの風間君?」
どんな評価だよと眉を下げて、そうだけど、とこっちを見た。
「私、隣の席に座ってた広原海だよ。多分」
覚えてるかな?
すると風間君が納得顔になって頭を抱えた。
「やっとわかった。あの時広原が光ったんだよな。広原はその前から意識がなさそうだったから、びっくりして起こそうとしたら、こっちに一緒に移動させられちゃったんだ」
なるほどって、原因私か!
妄想にふけって寝てただけとは口が裂けても言えない。
「ねえ、責任とってくれないかな。僕がこっちに来たの、絶対広原さんが原因だよね」
獲物を見つけた目で見られて、何故か身体が動かない。
「なななな何をしたら気がすむんでしょうか」
「僕、こっちに来る時、今まで目にしたことのある知識を全部頭にインストールしてもらってきたんだよ」
私がリサイクル能力をもらってきたのと同じことっぽいね。
「僕の描いた図面を作品にしてほしい。設計図はいくらでも作れるのに、それを現物にする力と技術がこの国にはないから途方に暮れてたんだ」
思いの外真剣な眼差しにおかしな緊張が身体をつつんだ。
首だけ振って同意する。
「ああ、よかった。今日から君は僕の大切なパートナーだよ、広原さん」
よろしく、と蕩けるような笑みと共に手を握りあった。
風間君がめっちゃイケメンになりました。




