32話 ワガママ
兵士の巡回速度で海まで出られるようになったら、回避法を学ぶらしい。
漁師を目指したり、兵士を目指す子はこの後もう1段階あるんだけど、私はどちらも目指してないから、逃げ方や隠れ方、救援要請の仕方を覚えたら終了だ。
けれど、これがなかなか難しい。
急に方向を変えたり、安全な岩場を見つけることが意外と難しいのだ。巨大な三角タコとかむっちゃキバのあるウナギとか岩場に隠れているんだよ。
こっちの海コワイ。
何ヶ月も同じ訓練をしているから、最近ではユヌカスも一緒についてきてはいなかった。ユヌカスはユヌカスで忙しいもんね。
今日は時間があるとかで、ユヌカスもクブダールも久しぶりについてきたの。
ちょうどいろいろできるようになったことだし、いいところを見せて認定もらいたいな!
「今日海に出るのは8人だな」
担当の先生は最初のころの先生より筋肉質だ。実戦向きの先生なんだと思う。
んでもって、8人という数の中にユヌカスや先生達は入っていない。
私以外の7人は前の年にこのクラスに上がってきた人で、海には慣れっこになっている人達らしい。
毎日グループになる人がかわるから、知らない人がいるのはいつものことなんだけど、全員はじめてっていうのは久しぶりだ。
平民の子は毎日学校にくるわけではないしね。
「僕は漁師希望だから、今日は特別に火属性の魔石を借りてきたんだ」
ニコニコ顔の少年が、足のところにアンクレットというにはしっかりしている、捕縛具のような金具をはめる。中央に開いている穴のところに魔石をセットするらしい。
物珍しそうにしている私に、わざわざ外して見せてくれた。
「よかったな、スルメイ。親父さんも今年は認めてくれたんだな」
「ジュニアのスピード競技で優勝できたから、もう大丈夫だろうって。1回分の魔力が残ってるんだ」
ジュニアのスピード競技というのは、12歳以下の兵士や漁師希望の子が参加する大会だ。
春になったら行われる、身体測定を兼ねたお祭りなのだ。
一年中暖かな気候ではあるけど、気候の変化は一応あるんだよね。
もちろんお祭りには大人の部もあるよ。
スルメイ君はそこで競争して1番速かったらしい。
あんまりにも嬉しそうだから、見せてもらったお礼に私の魔力をたっぷり注いじゃう。
「わたくし、貴方には負けなくてよ」
スルメイ君に気をとられていたら、3人の女の子がやってきた。
私よりも少し大きいかな?
このクラスにいるということは海まで出られる貴族令嬢ということだろう。
「分家に落ちてドウシタンタの色すら持たない貴方よりも、わたくしの方が優れていると証明してみせますから!」
啖呵を切ったふわふわ金髪少女は、次いでユヌカスと向き合う。
「わたくしの方がラメルさんよりも優れていると証明できたら、ラメルさんではなくてわたくしを選んでください。わたくしが本家の娘なのですよ」
おお、今日も安定してユヌカスがモテている。
して、本家とな?
目で説明求むと念波を送ると、ユヌカスは正確に受け止めてくれた。
「彼女はバーグの弟、アラビッキーの娘だ。リードルース家の本家になるから、ラメルの従姉妹だな」
「父様が何も言わなかったから、親戚がいることも知りませんでした。なんとお呼びしたらいいのかしら」
ユヌカスを見上げると、にっこり笑って答えない。
私ももう一度首を反対に傾ける。
「……リードルース嬢でいいのではないか?」
ユヌカスの目が泳いでいるところを見ると、もしや覚えてないのではと勘繰りたくなるが。
いや、まさかな。国の重要なポジションの家の娘だよ。
ふわふわ少女は信じられないとでもいうように、ぷるぷると震えると走って行ってしまった。
「お待ちください!ルルウ様!」
残りの2人も追いかけてった。
うん、覚えた。ルルウちゃん、ね、ユヌカス。
ユヌカスは嘘臭い笑顔を浮かべてる。
「俺はラメル以外に興味がないからな。ラメルと仲良くできない者を選ぶことはないから安心してほしい」
こういう時に思う。
「私は、私としか結婚する気がない人と一緒になりたいから、ユヌカスとはないんですけどね」
ユヌカス自体はいい物件だと思うけど、誰かと旦那さんを共有、できないなあ私。
でも、何回言ってもうまく伝わらないんだよね。
「これが、この国を背負う王族の考え方なのだから仕方ない。人口が減少の一途を辿っているから、優れた者が複数の妻を迎えて、後世のために質のいい子どもをたくさん残さないといけないのだ」
理解してほしい、と毎回言われる。
なんか父様とかいなくて、満足な教育を受けられなかったと思われているらしいのだ。
別に夫婦2人で子沢山でもいいと思うんだけど。
よっていつまで経っても、ユヌカスは憧れのお兄さんポジションから変わらないのだ。
ユヌカスは格好いいし、これだけ好き好きアピールしてくれるから、嬉しいのは嬉しいんだけど。
私が空を仰ぐと、冷たい笑顔になっているクブダールがちらりとユヌカスを見た。
クブダールはこの数ヶ月でまた背が伸びて、もう少しでユヌカスに追いつく。
「俺を倒してからしか、ラメルに近づくことを許可しない」
ああ、うん。私とユヌカスの間に大きな壁があるから安心だ。
お父さんはお母さんを誰かと共有なんて絶対できないし、他の人を好きになったりする姿も想像できない。
私の理解者、こんな近くにいたよ。
盛大に顔を引きつらせたユヌカスを見て、ちょっとだけ溜飲を下げた。
この国のあり方を、受け入れられなくても理解はできる。
だから、私だけを選んでくれたらいいのにな、とか思っているのは内緒なのだ。




