28話 病み神
私の動揺なんて気にしないのが彼だ。
「お母さんがシルヴィア、ねえ」
立ち上がって首を鳴らすと、ふんっと肩を振る。
「なら、父親は俺しかいないよな」
俺以外と?アイツ死にたいのかな?フフフと虚ろな笑みを浮かべる。
ユヌカスがそっと私を背中に庇おうとした。
けれど、そんなイカレタ顔なんて気にならない。
だって、だって!
クブダールの腕、生えてきた!
えっ?何?お父さん、ピッコ◯様なの?
「え?なんでラメル、そんなに嬉しそうなの?」
ちょっと引き気味のユヌカス。
「あれ、もう人間ではないぞ」
私とクブダールを交互に見る。
「そうなの。クブダールは人間ではないのよ」
説明する手間が省けちゃったんじゃないかな、と思ってちょっと気分が浮上した私だったが、浮上はここまでだった。
「俺のことが嫌いで、会いたくない?で、ラメルがシルヴィアと他の男との子なら、もうこの星滅ぼしていいよな」
虚ろな顔から歪な顔になったクブダールが、破滅用語を連発しはじめた。
んでもって殺気を向けないで!
なんて言うか、クブダールが病みはじめた。
これはヤバイ。
病み神になったら本当にヤバイ。
「わ、私のお父さんはクブダールで間違ってないよ。向こうにいる時は、お母さんの作ったクブダール人形がお父さんがわりだったんだから」
虚ろだったクブダールの視点が私に固定される。
「俺の人形?」
ふむ、と考え込むとすごい勢いで行ってしまった。
ぽか〜ん、だよ。
私とユヌカス、ぽか〜んだよ。
「ひとまず、危機を脱したってことでいいのかな?」
ユヌカスが言葉を発することで、私達の時間も動き出した。
んで、説明求む、と。
私はない頭をフルに使って、なるべくわかりやすいように説明する。
前世のこととか、シルヴィアとクブダールのことを。まあ、理解なんてしてもらえないだろうけど。
「なるほど、理解した。神紀説の系譜にある話と繋がるな」
へ?理解したの?神紀説って何?
「罪を犯した元の王族が廃されて、今の王族が立ったのは知っているかい?」
知らないよ。
「昔、神の力を騙して手に入れ、神に成り代わろうとした者がいたんだよ。怒った神によりこの国の魔力は封じられ、他国のように魔力を使える者がいなくなった、と言われている。それ以来、洗礼石もこの国のものだけが特殊になったらしい」
なるほど。私はドウシタンタの色が強く出てしまったから、向こうで洗礼してもらえなかったんだもんね。
「その時代のように、神々が下界に降りて来ているってことだと理解した。この場所も神の降りる場所って言われてるんだ」
この白くて澄んだところのことを言うらしい。
「そのせいかはわからないが、だいたいの人はここに入ることができないんだ。王族の半数くらいかな、入れるのは」
ゆっくりと泳ぎながら、ユヌカスに案内されて出口を目指す。
ほら、私、ここがどこだかわからないし。
「だから、覚悟しておいた方がいいと思うよ」
「何が?」
「ラメルが騒ぎながらクブダールから逃げてただろう?」
まあ、そうだね。
「俺が間に合ったのも、使用人達が呼びに来たからなんだ」
なるほど。
「心配して集まってると思うよ」
白域を抜けたらお腹にドシンと衝撃がきた。
吐く、吐くから、お腹に衝撃は!
「姫様!ご無事でしたか!?」
衝撃犯はガーディアだった。
そして神殿の子やお姉さん達がぎゅうぎゅうに集まっている。
「姫様、逃げる時は私達がいる場所に逃げてください。でないと身代わりにもなれません」
心配させてしまったらしい。
「ふふ、そうね。次はそうしようかしら。頼りにしてるわ」
でも、私は無駄なことはしない主義だ。
ここにいる全員、クブダールになんて勝てっこない。瞬殺してすぐに私のところにたどり着くだろう。
それなら、何度でも私はここに逃げ込むよ。
「そうですよね。私が強くならないと、姫様のシンガリすら任せてもらえませんよね」
いやいや、話聞いてる?頼りにしてるって。
「ガーディアは私が心置きなく戦えるように、きっとみんなを守ってくれるでしょう」
それが大事なのよ、と言うとガーディアが不服そうな顔になった。
「では、ラメルは俺が守ろう」
横から出てきたユヌカスが、ガーディアに剣を立てて誓う。
「いっ、あ、はい」
ガーディアが困惑したように私を見た。
どうした、ガーディア。
「なぜ、その誓いを姫様に向かってできないのでしょうねえ」
こちらに向かってきたのは、いつもユヌカスの近くにいる側近だ。薄っすらと笑みを浮かべている。
「な、なにを言うんだカイトウ」
ちらりとユヌカスに視線を送ると私の前で立ち止まった。
「ディニテ様からお預かりしてきました」
大きめな封書を手渡される。
「母上から?なんだ?」
へ?ディニテってユヌカスのお母さんなの?
「入学の招待状だそうですよ」
許可証ではなく、招待状?
「姫様は魔力を操れるのですね」
そう言ったカイトウの目は笑っていなかった。




