26話 帰ってこない
「父様が帰ってこない」
こんなに長い間、父様が帰ってこないのは初めてだ。
父様が一番母様が大好きなのはわかってる。けれど、私も大事にされているんだよ。
ほぼほぼ仲働きさんにお任せだったけれど、きちんと気にかけてもらえていたのだ。
なのにもう3カ月も連絡がない。
向こうに渡って半年も経ってるのに、帰ってこない。
「何かあったのかなあ」
ドラゴン電話、買ってこればよかったな。
この国にドラゴン電話を使える人がいないから、必要ないと思って買ってこなかったんだよね。
私、もうすぐ8歳になっちゃうよ。
学校が始まっちゃうよ。
「お手紙を書いてみてはいかがでしょう」
ガーディアが文書セットを用意してくれた。
「もう3通くらい出して、返事が帰ってこないのよ」
けど、手紙は書く。
父様がいなくても、生活面で困ることはない。お金も毎月入るし、こうして住むところもあるから。
けれど、心に隙間ができるのだ。毎日少しずつ大きくなる隙間が。
私、2度目の人生なのになあ。向こうの世界で16歳まで生活していて、結構大人になった気分だったのになあ。
父様がいないとさみしいとか、子どもかよ!てな。
こんな時はお母さんに会いたいな。
お手紙を書いて封筒に入れると父様の紋様を判子でペタン。
と、光の矢になって飛んでいった。
無茶苦茶便利なマジックアイテムだよね。結構なお値段なんだけど、やりとりをしたい人に自分の印がついた判子を渡しておくんだ。私の印の判子は父様が持っている。
あんまり重いと届かないらしいけど。
父様のいない寂しさをお母さんで埋めるべく、泉用の服に着替えて、いざ出陣!
「やっぱり私はここまでの様ですね。ここでお待ちしています」
ついてきてくれていたガーディアが止まった。
何度かいろいろな人と泉に潜ってわかったことがある。
ガーディアが入れるのは泉が白く変わるところまで。
ユヌカスが入れるのは虹のような色合いに変わるところまで。
キラキラした虹色の場所は私とクブダールしか今のところ入れないのだ。理由がわかっていないけど。
あれ?お母さんいないなあ。
なんだか今日は人恋しいから、もし会えなかったら大打撃だよ。
「お母さ〜ん!」
視線の横で何かが動いた気がしてバッと振り向いた。
「ラ、ラメルだったのね」
お母さんが岩場の影からビクビク出てきた。
「どうしたの?」
キョロキョロしているお母さん。
「最近、クブダールが頻繁にくるのよ。ボロが出ないか心配で」
なるほど〜。姿は違っていても、感じるものはあるってことかな。
なにそれ。クブダール、コワイ。
「で、今日はどうしたの?」
「父様がもう半年も帰ってこないの」
はじめのうちは隔週くらいで行き来していたのに。無事でいてくれるならいいかなと思っているけど、確認のしようもないのだ。
「う〜ん、なるほど。見るだけなら見られると思うけど」
お母さんに連れられて岩場の奥のもっと奥にやってきた。
何かゼリーみたいなので覆われている。
「ここにラメルが入れるかよね」
お母さんがぶつぶつ言いながら入っていった。私もゼリーの中にググッと押し入る。
ギュギュ〜。
ッポ〜ン。
と・ば・さ・れ・た!
まさかの入室拒否ですよ。私が入れなかったことに、お母さん気がついてないっぽい。
「ラメル~、もうあんたの父様帰ってこられないわ。人間じゃなくなっちゃてるもん。ほら、あ、あれ?」
「は?」
私の意識ドコ~状態になりましたけど。
お母さんが何を見てそう言ってるのかわからないけど、父様が人間じゃなくなるってどういう状況でしょうか。
ゼリーから顔だけ出したお母さんが細い紐みたいなのをグイグイ引っ張っている。
「ラメル、手を出して」
手?ほい。
ブスッとな。
って、痛ああああくない?あ、あれ?
「よし、登録完了。ラメル入っておいで」
む、ムギュ〜。
今度は入れた。
水の中なのに水鏡がある。不思議。
ふよふよと動く水面に父様と母様が映し出されている。
確かに真っ白な姿になってしまった父様がいるけど、人間ぽいよ。
「それよりも、アレスティーナちゃんこのままだと危ないわねえ」
「え、な、な、な、何が危ないの?」
私のかわいいアレスが危機ですと!
「人の子が食べないで生きていける時間なんて限られてるでしょう?」
父様も母様も外に出られない状況で、必要な食料はいずれなくなるから、死んでしまうのだと。
「話には聞いていたけど、本当に心を通わせた添い連れは共に神格化しちゃうのね」
お母さんが変なところに感心している。それどころじゃないよ!
「アレスだけでもこっちに連れて来ないと!」
「ラメルは白木に入れないでしょうね。アレスちゃんを助ける方法はあるんだけど」
あるの!?
「しばらくお母さん、ラメルに会えなくなっちゃうのよね」
いいよ。我慢する。さみしいの、我慢する。
「アレスを助けて」
唇を噛み締めてお母さんを見つめる私に、お母さんが微笑んだ。
「わかった。頼まれてあげる。ラメルにはお父さんがいるもんね」
言うとお母さんは水鏡の下にある魔法陣に吸い込まれて行った。
え?お父さんって、もしかしてクブダールのこと?
泉から上がってガーディアと部屋に帰ると不機嫌なクブダールが「どこに行ってた」と待っていた。
「お母さんのとこ」
思わずポロッと出た言葉に、血の気が引いた。
片方の眉だけ器用に上げたクブダールが立ち上がり寄ってきた。
「母様ではなく、お母さん?ねぇ」
ひょええええ。
ジリジリ下がって後ろは壁だ。
皆さん、壁ドンですわよ。壁ドン。
女子の憧れ、壁ドンですわよ。おほほほ……。
「ラメル、お前、何を隠してる?あの人魚とお前で、何を隠してる?」
ってええええ。
お母さん、託していくはずのお父さんに私殺されそうですよ!
ピンチです!




