なずな奪還と戦力外のあかね
怒りに包まれた俺の本能は、その怒りを一刻も早く吐き出さずにいられなかった。吐き出す怒りを形にした俺の雄たけびに男たちが振り返った。
俺がその手に振りかざした茜色の光を放つ光の剣、あかねソード。男たちの顔に恐怖が浮かんだ。こんな剣を持っているのは俺とあかねしかいない。これまで幾多の悪者たちをこの刃で葬って来た「レーザー兄妹」の兄と言う事に気づいたに違いない。
戦いにおいて、恐怖した者は負けである。
俺としてはあとは油断せず、全力で狩るだけだ。そんな意思のオーラを放ちながら、男たちに迫って行く。
男たちは少女を突き飛ばし、慌てて背を向けて逃げ始めた。
突き飛ばされた少女が地面に転がり、俺の進路を邪魔する。
少女の状態は心配だが、今は男たちの処分が優先だ。
少女の体を飛び越えて、男たちを追い続ける。
こんな奴らは絶対に許さない。ここで一度逃がせば、またどこかで同じ事をするに決まっている。
二度と悪さをできないようにしてやる! そのためには、こいつらの息の根を止めるのが確実だ。
手にも、足にも力を込める。
縮まる男たちとの距離。
もう、あかねソードが届く距離だ。
逃げる男たちの最後尾の男に背後から一太刀浴びせる。
切り口で体が二分され、上部が地上に落下する。
男の下部も足が数歩動いたところで、地面に崩れ落ちた。
地面に転がるさっきまでは男だった肉塊を飛び越え、次の男の背中を突き刺す。
手ごたえは無いが、一瞬にして男の体を貫通した。
その隙にと思ったのか、一人の男が突如反転し、俺の横をすり抜けて逃げようとした。このあかねソードは刀身を引き抜く必要はない。あかねソードを突き刺したまま横に滑らせ、男の体を切断しながら、現した光の刃で横を抜け去ろうとする男を切り裂こうとしたが、その刃は少し届かなかった。
「ちっ」
俺の前を逃げる男と、後ろに向かって行った男。どちらを追うか。
後ろに逃げたところで、あかねがいる。
俺は前の男を追う事にした。
再び加速して、前の男を追う。
俺の前を走る男は、俺との距離を確かめようと一瞬振り返ったのが災いし、足をもつれさせてバランスを崩した。男は勢いよく走っていた分、地面に倒れ込んだ体を手で支える事もできず、見事なまでに地面に倒れ込んだ。
うつぶせに倒れ込んだ体勢から向き直ったものの男には、もはや戦う意思など持ってやいない。がくがくと震える体がそれを物語っている。だからと言って、これで反省して、今後は犯罪を行わないなんて保証はない。
ここで退治しておくに限る。
右手のあかねソードを振り下ろすと、男はただの肉塊となって、このコロニーの地面を飾り付ける建造物の残骸と同じオブジェの一つとなった。
俺の後ろに逃げた最後の男は?
そう思って振り返った時、なずなの喉元にナイフを突きつける男の姿が目に入った。
「なずな!」
なずなの名を呼びながら、全力で駆け寄る。
「動くな! 動いたら、こいつを殺すぞ」
「颯太くん。すまない。この子に気を向けている内に」
大久保が襲われていた女の子を抱きかかえながら言った。襲われていた子に気を取られている内に、少し離れた場所にいたなずなが人質になった。そう言うことだろう。
また、俺は大切な者を守れないのか?
いや、まだそうと決まった訳じゃない。
諦めた時が終わりだ。
俺はなずなを救う。
そう言えば、あかねは何をしている?
俺は大久保のすぐ横に立っているあかねに目を向けた。あかねソードを構えてもいやしない。全くか弱い、かわいい系をこんな時も演じる気か? と、思った俺の耳にあかねの意味不明の言葉が届いた。
「お、お、お父さん」
ぽそりとそう言ったあかねの目は泳いでいる。なずなの喉元にナイフを突きつける男は20代っぽい男で顔立ちだって、髪型だって、父親とは全く違う。全く意味が不明だが、今はそれどころじゃない。
なずなは恐怖を通り越してしまっているのか、固まったままで、視線もあかねに向けられたまま、ピクリとも動かない。きっと、「あかねちゃん、助けて!」と言う気持ちで、視線を向けているのかも知れない。
「あかね!」
力いっぱいの声でその名を呼ぶと、正気を取り戻したのか、はっ! 的に目を見開いて、俺を見た。
「お兄ちゃん?」
そう言った後、あかねソードを構えたあかねだったが、戸惑いがあかねの切っ先に宿っている。よくは分からないが、今もまだあかねは当てにできそうにない。あかねは戦力外。なら、俺一人でやるしかない。
なずなを人質にしている男に視線を戻した。男の表情は強張っていて、ナイフを持つ手も小刻みに震えている。
「その子を離さなければ、命の保証はない」
「う、う、嘘つけ。離しても殺す気だろ」
襲われる側の本能と言うやつか? よく分かっている。
「みんな、今から悲惨な光景が繰り広げられる。
目を閉じて。
大久保さんは、その子の目を塞いで」
俺の言葉に、ずっとあかねを見ていたなずなも目を閉じた。
なずなを人質にしている男は、何が起きるのかと、ナイフを持つ手を振るわせながら、体を固くし、逆に俺を瞬きも堪えて見つめている。
あかねソードを上段に構えなおし、視線を落とし、固く目を閉じると、柄についているスイッチを横にスライドさせた瞬間、まばゆい光が辺りを包み込んだ。
集束させている光を発散させる事で、強烈な光を辺りにまき散らすことができる。
たとえ、晴天の屋外であっても、かすむこともない強烈さ。
近くで見てしまった者はしばらく視力は回復しない。
しかも、普通の相手ならその動揺で思考も混乱し、動きまで一瞬止まってしまう。
なずなを捕まえていた男も、動きが止まっている。
素早く近づき、ナイフを持つ男の右腕を肘の部分から切り落とす。
なずなの体を引っ張ると、左腕だけではそれを邪魔する事もできず、あっさりとなずなを奪還できた。
あとは、この男を始末するだけ。
一刀両断で全ては終わった。
「大丈夫か?」
襲われていた少女もまだ小さく震えながらも、頷き返してくれたし、なずなは俺の胸に飛び込んできてくれた。
「ありがとう。颯太くん。
怖かったよぅ」
俺の胸になずなの胸の膨らみの柔らかさがムニュッと伝わってくる。代わって、固くなりそうな俺の股間に意識が向かった。まずい! そんな俺の股間事情がばれて、あかねに何か言われるのではないかと、あかねに視線を向けたが、あかねはまだ動揺しているらしく、視線がどこに向いているのかも分からず、不安定な動きをしている。
「うん。無事でなにより」
なずなの両肩に手を置いて、そう言うとなずなから離れて、あかねの前に向い、視線が定まらないあかねの前に立つと、あかねはようやく俺に気づいたようで、視線を俺に向けた。
「あかね、何があった?」
「お、お、お父さんが」
「その話は後で教えてくれ。
今は大丈夫。お前は俺が守るから」
そう言って、あかねの頭を撫でると、あかねは小さく頷いた。それはいつもとは違い、弱さを感じさせるものだった。