やって来た偽物 凛
あの時の凛の事を語る俺の父親。
その話で、俺は初めて知った。
爆心地の実験室。
あそこで見た干からびた二本の腕が凛のものだっただなんて。
「うぉぉぉぉぉ」
俺は叫ばずにいられなかった。
凛が味わった恐怖、痛みを考えると、自分の無力さを呪ってしまう。
止めようとしても止まらない涙。
俺があの時、凛を守れていたら……。
「気持ちは分かるけど、落ち着きなさい」
そう言ったのは矢野だった。
「とにかく、その子、つまりオリジナルは生きているんでしょ」
矢野の言葉に、俺の父親は頷いてみせた。
そうだ。
まずは凛が生きている事を喜ばなければならない。
「凛は、凛は今どこにいるんだ?」
「あの時は知らなかったが、お前の幼馴染らしいな」
「ああ。そうだ」
「この建物の中にいる」
「会わせてくれ」
「だが、あの子はお前に会いたくないだろうな。
いつだったかもこのコロニーで出会った事があるそうじゃないか」
「なんで、凛は俺から逃げているんだ」
「私もうかつだった。
あの時は、あの子を死なせない事だけを考えていたんだ。
その事で問題が起きるとは思ってもいなかった」
「問題?」
「ああ。
あの子の腕を再生した話はしただろ。
それに使われたのは、あの子のコピーに使われたiPS細胞なんだが、それは遺伝子操作がされていた訳で、オリジナルのあの子にとってみたら、その腕にある細胞は異物だったんだ。
だから、拒絶反応が出ていてな。
お前と会った頃には、すでに腕はむくみはじめ、一部では変色が起きていた。
そんな姿を見られたくないんだろう」
「じゃあ、どうするんだよ」
「早くあの子の普通の細胞で、腕を再生しなおさなければならない。
私たちがここにいるのは教会の手にあるセル3Dコピーシステムを奪還するためなんだが、その目的は教会の力を削ぐためだけじゃない。あの子の腕を再生するためのでもあるんだ」
「それはどこにあるんだ」
「お前たちが入ろうとしたビルの地下だ。
あそこにはスーパーコンピュータ#極__ごく__#と共に、セル3Dプリンタシステムのバックアップが設置されている。
教会はそれを使って、神の使いたちを作り出しているだけじゃない。
信者たちの頭脳に、特別な知識や教会への忠誠を植え付けている」
戦車の操作方法も、地対空ミサイルの操作方法もすべて、そこで信者たちに植え付けていたんだ。
すべての謎が解けた。
あとは教会から、そのシステムを奪還して、凛を元に戻せばいい。
「今すぐ、行こう」
俺はそう言って立ちあがると、あかねソードをポケットから取り出した。
「今、あそこに入れば生きて戻って来れない。
あそこのセキュリティシステムは完璧だ。
建物のいたる所に固定的に設置されたセキュリティシステムと常に建物内を移動する警備ロボ。
どれも侵入者の生命よりも、侵入者排除を最大の目的としている。
それを何とかしなければ、どうにもならない」
「実力行使だ!」
あかねソードを起動して、気合を見せた。
「それだけでは何ともならないから言っているんだ」
「じゃあ、どうするって言うんだよ」
「あそこのセキュリティは元の世界の時から、全てネットで制御できるようになっている。
だから、ネットからハッキングして、セキュリティシステムをダウンさせる」
「そのためにハッカーを集めていたのか。
で、状況はどうなんだ?」
「固定システムはすでにセキュリティを破っているので、いざと言う時には、システムをダウンさせる事が可能だ。
残っているのは、警備ロボットなんだが、まだセキュリティを突破できていない」
「分かったけど、早くしないと」
そう俺が言った時だった。
一人の男がノックもなしに、ドアを開けて飛び込んできた。
「犬塚さん、木原さん、大変です」
「どうした?」
そう言ったのは俺の父親だった。そう言えば、マスクの男の苗字は「木原」だった。偽名だったと言う事か。
入って来た男が言葉を続けている。
「怪しげな女がビルの前で様子をうかがっています。
ひなたちゃんたちの話では、鷲尾彩と言う教会の人間だそうです」
ひなたの幻術を使い、まいたはずの鷲尾がここにやって来た。
どうやって、ここにたどり着いたのか?
俺的にはちょっと驚きだ。
「鷲尾が?」
「颯太。お前も知っているのか?」
「ああ。教会側の俺たちの監視役で、別のコロニーでまいて来たはずなんだが。
鷲尾が来ているって事は、もしかしたら、他の教会の人間が来ているかも知れない」
「とにかく、行ってみよう」
このビルには周囲の監視カメラを制御するシステムがあるらしい。
そこに俺たちは案内された。
ここも、当然のように窓には黒いカーテンが引かれていて、外の世界とは隔絶されている。そんな圧迫感すら感じる部屋に、いくつものディスプレイが並べられていて、外の光景を映し出している。
「颯太くん」
一台のディスプレイの前に立っていたひなたが言った。そして、その横にはあかねが立っていた。
「鷲尾さんにつけられたのかなぁ?」
ディスプレイを見ながら、ひなたが言った。
「そんなはずは無いと思うんだが」
そう言いながら、ひなたたちが見ているディスプレイを見に行こうとした時、部屋の中で別のディスプレイを見ていた男が言った。
「教会の大物だ」
その言葉に吸い寄せられ、ひなたたちの所にたどり着く前に、その男の前で立ち止まった。
「凛!」
そこにはこのビルから少し離れた場所に立つフードを目深に被った女性が映っていた。神の意思を取次ぐ者 偽物 凛に違いない。
「なに?」
俺の父親も俺のところにやって来て、ディスプレイに目を向けた。
「ここはばれてしまったらしいな」
「つけられたのかも知れない」
ひなたに否定はしたが、この状況ではそうとしか考えられない。
「これは神の使いかな?」
偽物 凛の近くに立っている若い女の子と男の子を指さして、誰とはなしに聞いてみた。
「でしょうね」
俺のところにやって来ていたあかねが言った。
「やっちゃう?」
あかねがあかねソードの柄を握りしめて言った。
「それ、違うだろと言いたいところだが、そうなるだろうな」
偽物 凛が従えている者たちが神の使いだとしたら、勝てるかどうかも分からないところだが、俺的には退路は断たれた気分だ。
覚悟を決める時。そして、あかねらしいその言葉を聞くと、今回は気力がわいて来た気がしてしまう。
「確かに、このまま見逃してはくれないだろうな。
異能者が6人に、凛のコピーか」
「いや、それだけじゃなく、保護色の神の使いがどこかに潜んでいるかも知れない」
ひなたの父親が付け加えた。俺の父親の言葉だけでも、この戦いが難しい事をにおわせているのに、保護色の神の使いもとなると、さらに不利だ。
全力でぶつかっても勝利を得られる確証はないと言うのに、俺の父親は意外な言葉を続けた。
「だが、あかね。お前は最後の最後まで手を出してはならない」
大事な娘だけに、怪我をさせたくないと言う思いかも知れないが、あかねはこれまでに幾多の神の使いを容赦なく抹殺して来た#強者__つわもの__#だ。
あかねを戦力から外すと言うのは、とんでもない事だ。
「しかし、あかねは戦力だぞ」
「分かっている。
凛のコピーの強さは異常だ。
そのコピーに勝てるとしたら、あかねだけだが、そのあかねだって、勝てると言う保証はない」
意外な事を俺の父親は言った。
あかねはあかねソードを持っていて、強いのは確かだが、その言い方はあかね自身が強いと言う意味が込められているように感じるじゃないか。
俺の心の奥底にずっと押し込めていた仮説が沸き起こって来るのを、おなかに力を込めて、もう一度奥底に封印した。




