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凛を失ったあの日

 コロニーの中の建物にも半壊、全壊の建物が散在するが、コロニーの外も同じである。ただ違うのは、人の手入れが行われていないので、廃墟っぽくなっていて、全てがグレーの世界に感じてしまう。

 そんな世界をうろつくあの人の形をした生き物たち。彼らは死んではいないし、その生命力はゾンビのように不死ではなく、普通の生き物と同じくか弱い。頭の中に知性とか、理性があれば人間であって、ほぼ脳の中からそう言ったものが抜け落ちた人間と言ったところか。だから、食欲や性欲はあり、理性が無い分、凶暴でもある。


 普通の無防備な人間が歩いていると、襲い掛かって来て、食べようとしたり、女の子にあんな事やこんな事をしようと襲いに来たりする。当然、俺たちにも襲い掛かって来る。

 かわいいあかね目当てだけじゃなく、今はなずなも増えた。危険さは以前より増している。


 とは言え、あの人の形をした生き物たちはあしらいやすい。知性が無いからか、策も何もない。マジで突進して、襲ってくるだけなのだから、迎撃は簡単だ。

 そして、今もそんな奴らが数体、俺たちに向かってきた。


「あかね。まずは俺が行く」


 そう言って、あかねソードを抜き放ち、立ち向かっていく。

 刀のように刀身が物理的に相手を切り裂く訳じゃないあかねソードが、ズバッ! って、手ごたえもないままに、相手を一刀両断する。


 数体を斬殺すれば、十分。

 こいつらには食欲や性欲もあるように、生存本能もある。勝てない相手を見極める事はできるらしいく、自分たちより強いと感じると、猛ダッシュで逃げていく。

 逃げていく人の形をした生き物たちの後ろ姿を見つめながら、あかねソードのスイッチを切った。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「ありがとう、颯太くん」


 あかねとなずながやって来て、二人して両手を胸の辺りで結び、うるうるした瞳で俺を見上げる。そんな二人を見ていると、うんうんと頷きながら頭をなでなでして、もっとスキンシップを深めていきたい衝動が起きるが、まだなずなに触れるのは早すぎる気がして、ぐっと耐える。

 しかし、このかわいさ。なずなは納得だが、戦えるあかねには違和感がある。


「て言うか、あかねは戦えるだろ。

 二人、キャラかぶってんだけど」

「だって、お兄ちゃんはこんな感じの方が好きなのかなって。

 こんな私じゃ嫌?」

「いえいえ。全然OKです」


 俺の好みに合わせた態度をとる。しかも、こんなかわいい風な。サイコーなあかねを受け入れない理由はない。


「ありがとう。お兄ちゃん」


 さっき以上に瞳をキラキラさせている。小悪魔だってなんだって、こんなかわいい妹はいない。あかねの全てを受け入れる。そんな気持ちになってしまっていた。完全に俺はあかねの手のひらの上で弄ばれているのかも知れない。


 しばらく歩くと、人の形をした生き物たちが襲って来るので退治する。退治すると、二人が俺にかわいく感謝を述べにやってくる。その二人のかわいさが見たくて、あの生き物が襲ってくるのを心待ちにしてしまうと、期待通り、あの生き物が襲ってくる。そんな繰り返しで進むうちに、新たなコロニーにたどり着いた。



 中くらいの規模に見えるコロニーのバリケードを乗り越えて、中に足を踏み入れる。コロニーの中の様子は様々だ。一見して賑やかなコロニー、暴力が蔓延しているコロニー、荒み廃れたコロニー、色々俺は見て来た。


 そして、このコロニーは見たところ行き交う人が少なく、行き交っている人もそそくさとしていて、余裕が感じられない。パッと見渡したところ、商店の類も見当たらない。

 こう言うところは、よく言えば絶対的な支配者がおらず自由し放題、悪く言えば社会秩序が確立されていないコロニーだ。支配者がいない分、父親や凛たちの情報を得ようにも、話す相手を絞れないとも言えるし、治安が悪い分、気を抜くこともできない。

 あんまり長居したくないコロニーかも知れない。そんな事を思いながら、人が多くいそうな場所を探して、コロニーの中を進んでいると、背後で女の人の悲鳴した。


「キャー。助けてぇ」


 振り返ると、数人の男が若い女の子を拉致ろうとしていた。


 拉致。

 凛が拉致られたあの時と同じだ。

 そう思うと、おれはあかねソードを抜いて、駆けだしていた。




 凛と最後に会ったあの日。

 剣道の全国選抜大会を控えた日、夕暮れの空の下、いつもの学校からの帰り道。俺の横を歩くのはいつも通り幼馴染の葉山凛。

 肩までのストレートの黒い髪。

 すらりとした体型で、身長も女子では高い方だけあって、俺との身長差もほとんどない。

 凛の事はずっと前から好きだが、まだ告ってはいない間柄なので、手をつなぐ訳でもない。でも、お互い距離を取るよそよそしい関係でもなく、二人の距離は時々手の甲が触れ合うていど。時々、触れる凛の手の甲が俺をうれしくさせる。


 駅からすでに遠く離れた凛と俺の家に向かう途中の住宅街の通りに、二人以外の人影は無く、何と言う事は無い会話を続けて歩く二人だけの世界。


「颯太。今度の試合はどうなのかな?」

「問題無しだな」


 そう答えた。俺は努力もしたし、自信もあった。俺にとって、剣道は自身の肉体、精神を鍛えるものであるだけでなく、いざと言う時には大切なものを守るためのものでもあった。

 もちろん、そんないざって事なんか、平和なこの国で起きる事なんてほとんどないとも思っていたが。


「颯太が構える姿を見ると、ぞくぞくってしちゃうんだな」


 凛はそう言った。

 なんだかそう言われて、俺はうれしかった。


「なら、またぞくぞくってさせちゃうよ」


 俺が「ぞくぞく」って、言葉をよく使うのは凛の言葉の影響かも知れない。


「楽しみにしとくね」

「おう」


 何気ない会話。

 いつもの別れ道。

 どちらがと言う訳でもなく、立ち止まった。


 そのまま「じゃあ、また」と言ってしまえば、二人の時間は終わってしまう。俺はそれを避けたくて、立ち止まった。凛もそう思って立ち止まったのかも知れない。 


 一瞬の見つめ合う沈黙。

 そして、凛が口を開いた。


「そう言えば、あかねちゃん、もう大丈夫なの?」


 話すネタ何て、なんでもいい。一緒にいる時間を少しでも長く、ただそれだけであって、あかねの話を出してきたのも、特に意味は無いはず。いや、2か月ほど前に病気で緊急入院し、退院して来たばかりのあかねの事を心配してくれているのは確かだろう。


「ああ。入院する以前と全く変わりなく、元気だよ」

「そっか。それはよかった。

 入院したのって、突然だったよね」

「ああ。手術も大変だったらしい。

 結局、入院している間、面会にも行かせてもらっていないけどな」

「あら、それはシスコンのお兄ちゃんとしては、寂しかったんじゃないの?」

「俺はシスコンじゃねぇよ」


 そして、二人は微笑み合った。

 一緒にいる事が大切な二人。


 それでも、別れの時は必ずやって来る。と言っても、ほんの半日ほどの別れ。


「じゃあ、また明日」

「うん。また明日」


 また明日は凛と過ごせる。

 そんないつもの繰り返し。


 漠然とそんな事を感じながら、凛と別れて自分の家を目指す。凛とまた会える明日が早く来るようにと思いながら。


「キャー。助けてぇ」


 そんな俺の耳に届いた凛の悲鳴。

 さっき凛と別れた場所まで慌てて引き返し、凛の姿を探すが見当たらなかった。そして、その日以来、凛は行方不明になった。


 凛は何者かに拉致られた。

 俺は凛のすぐ近くにいたはずだと言うのに、凛を守る事が出来なかった。

 大切な人を守れなかった無力感。

 大切な人を失った喪失感。


 俺の心は大きく傷ついた。


 時間が傷を癒してはくれたが、決して消え去ったりはしない傷跡として、それは残った。俺は二度とそんな思いをしたくないし、他の誰かにも同じ思いをさせたくはない。




 目の前の光景に、ふつふつとした怒りが沸き起こる。


 それは凛を拉致った相手に向けられた怒り。

 凛を助けられなかった自分への怒り。

 そして、今また、少女を拉致ろうとしている男たちへの怒りが、一体化したもの。


 怒りの衝動を抑える事はできない。


「うぉぉぉ」


 雄たけびを上げて、男たちに向かって行った。

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