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あの時(颯太の父編1)/プロジェクト・ゴッド・ドリー

 あの日、あの時のコントロールルーム。


 隣の実験室とコントロールルームを仕切っている大きなガラスの手前には、ここの装置を制御する操作盤が置かれている。そして、ガラスと天井の間には実験室内だけでなく、首都圏各地に配置した監視カメラの映像を映し出すいくつもの液晶ディスプレイが並んでいて、そこにはごく普通の日常が映し出されてた。

 緊急招集をかけられた私が、その部屋に入った時、そこには私が開発中のシステムのスポンサーでもある防衛相の金山副大臣と、私の開発のサブリーダーでもある高山がいた。

 システムを起動するには、もっと多くの担当者たちが集められるべきだと言うのに、トップメンバーだけを集めているところから言って、いかにも秘密裏のシステム起動だ。


「水野君、素材はすでに準備ずみだ」


 私を見た金山副大臣の第一声はそれだった。

 意味は分かっていた。

 ガラスの向こうにある人体3Dスキャナーシステムの中に、全裸の少女がセットされつつあった。


「しかし、まだこの技術は」



 私の開発しているシステムは、人間を人体3Dスキャナーを使って得た人体の3D構成データを基に、セル3Dプリンターを使って、人間を丸ごとコピーするもの。これに合わせて、人間の記憶を読みだし、それをコピーすると言う技術も並行して開発されていた。


 が、まだ完成していると公言するのは、私の良心が許さないレベルだ。

 突然、人間を使ってと言うのは、何かがあった場合どうするのかと思わざるを得ない。


「水野君、私が知らないとでも思っているのかね」


 金山が意味深な表情で言った。

 私にはその言葉の意味が分かった。

 が、あれは私が一人で密かにやった事。証拠まで握られているはずはない。


「何の事でしょうか?」

「一人分のiPS細胞を培養していましたよね」


 高山が言った。

 誰の手も借りず、一人でやったとは言え、そのためにはここの装置を使わなければならない。培養している間に、知られたとしてもおかしくはない。


「あれはただの培養の検証を私自身がしていただけだ」

「すでに一人作られた事、知っていますよ」

「だそうだ。

 が、その事は目を瞑ろうじゃないか。

 事が事だけに、私も親としてのその気持ち、分からない訳じゃない。

 君たちがこの技術を開発しておいてくれたおかげで、今、これが役立つんだしな」


 高山の言葉を金山が受けて、私に圧力をかけた。

 私が密かに行った人の3Dコピーの作成。それを不問にすると言うことだ。逆に言えば、逆らえばその罪を問うと言う事だろう。

 私自身が罪に問われるのは構わないが、この事実はコピーの本人には知られたくはない。いや、あの能力。いずれは本人自身が気づくことになるだろうが。


「分かりました。

 ですが、彼女のコピーまでで、今日は終わりにしましょう」

「何を言っている!

 あの子のコピーを作ったところで、何の役にも立たないじゃないか。

 今こそ、プロジェクト・ゴッド・ドリーの全てをやってもらわねば」

「しかし、隠さずに申し上げますが、私がやったのは3Dコピーと一人分の記憶の転送です」

「遺伝子は操作された状態で、ですよね?」


 高山が言った。

 iPS培養システムのデフォルト設定が遺伝子書き換えになっているとは知らなかったんだが、結果としては、高山の言うとおりだ。


「そこまでできているんだ。

 できるだろ」


 黙り込んでいる私に金山が言った。


「しかし、レベルが違いますよ。

 今までは、そこの実験室の中での話です」


 ガラスの向こうを指さして言ったあと、言葉を続けた。


「今、金山さんが言っているのは、この首都圏を巨大な実験室にしてしまうんですよ。

 試験も検証もまだしていないのに」

「それなら、今、試験をすればいいだろ」

「その試験で何かあったら、取り返しのつかないことになります」

「水野さん。

 佐々木君が連れ去られたんですよ。

 佐々木君はこのシステムの全容を知っているんです。

 先に使われたら、国家的危機になります。

 それこそ、取り返しのつかない事でしょう。

 今は、このシステムにかけるべきです。

 私たちがこのシステムを使って、佐々木君の居場所や佐々木君を拉致った者たちを先に把握すべきでしょう」


 プロジェクト・ゴッド・ドリー。

 プロジェクト名にゴッドを冠している理由。

 それは目指すものが、神のごとき、全てを知る者を作り出す事だからだ。


 宇宙空間の人工衛星と、首都圏を円状に取り巻くアンテナシステム、そして首都圏内の至る場所に密かに設置されたカメラと人間の脳のシナプス結合をスキャンする補助トランシーバーシステム。これらを使って、首都圏内の人間の脳内の情報を読み出す。


 何かを思い出す時、関連するイメージが浮かぶように、人の記憶はイメージと密接に関係している。読み出された記憶と関連するイメージを一度展開した後、VQ(Vector Quantization)圧縮をベースとした新たな高圧縮技術を使い、読み出したすべての情報を一人の人間、いやその人間の3Dコピーの中に形成させる。このデータ処理はスーパーコンピュータ#極__ごく__#がこなす事になっていて、一度この方法で書き込んだ記憶はそのシナプスの結合が普通の人間のものとは異なるため、このシステムでは読み出せない事になっている。


 そもそものこの目的は、一人の人間がすべての知識を得る事で、その人間の創造力を飛躍的に向上させようと言うものだが、当然、情報を抜き出すと言う事にも使える訳だ。この記憶処理を開発していた中心人物が佐々木であって、彼が、彼の技術を手にした者たちが、この技術を使えば、我が国の高度な技術はすべて盗み取られるだけでなく、首都で使われれば国家機密さえ丸裸にされてしまう。

 この技術を佐々木を拉致した者たちより先に使い、今佐々木が拘束されている場所を特定するとともに、彼を拉致った人物の情報を把握し、佐々木奪還を図ると言うのは、分からないではない。


 だが、問題はこのシステムはまだ試験をしていないと言う事だ。


「何度も言うが、検証はおろか試運転すらしていないシステムを使って、何かあったら、どうするんだ!」

「実験体のiPS細胞も培養を終えていたなんて、偶然にしてはうますぎるだろ。

 これは運命と言うものだ。

 今こそ、使うべきだろ」

「そうですよ。水野さん、やりましょう」

「これはスポンサーとして、国家としての命令だ」


 金山がそう言い終えたとき、隣の実験室との間の金属製のスライドドアが開いた。実験体の少女をセットし終えた男たちが戻って来たのだ。


「準備も終えた。

 さあ、早く」


 金山の督促に、もはや抗う事はできなかった。


「分かりました」


 私は操作装置の前に座ると、システムを起動するための物理的キーを鍵穴に差し込み、鍵を回した。

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