騙された幸せか、作られた幸せ
凛の下から立ち去ろうとした俺の前に、凛が一人の少女を呼び寄せた。鷲尾と名乗った少女は俺を見た後、なぜだか目を大きく見開いて、一瞬固まったようだった。
その反応に、記憶をまさぐり、知っている子か? と全データと照合してみたが、顔だち、氏名とも過去に接点は見当たらない。全くの初対面のはずだ。
「何かあったら、彼女を使ってくれないかな」
「よろしくお願いします!」
かわいい笑顔で、そう言った。この子もなかなかかわいい。俺的にはハッピーな気分だ。
だが、凛! こんなかわいい若い女の子を俺につけて、それで、凛は構わないのか?
ひなたが俺に気があると言う話をしたばかりだと言うのに、妬いたりはしないのか?
それとも、俺を信用してくれているのか?
そんな戸惑いの表情を作って、凛と目を合わせる。
「颯太の事は信じているからね」
信じている。色んな意味にとれる。
凛のコピーの見つけ出してくれる。
他の女の子には見向きもしない。
「でもね、鷲尾さん。
お兄ちゃんには気を付けてね。
ついこの前も、知らない女の子の胸を突然揉んだんだから」
あかねが揉むようないやしらい手つきをしながら、そう言った。
「ほ、ほ、本当なんですか」
嫌悪と困惑が混じったような表情で鷲尾が言った。
「ち、ち、違うよ。
あれは知らない人じゃない。あれは同級生だ」
「じゃあ、胸を揉んだのは事実なんですね?」
両手で胸の辺りをかばいながら、鷲尾が一歩後ずさりした。
「いや、あれは偶然触れただけで」
「偶然なんですか?」
「でもね、後でこうやって、感触を思い出していたんだから」
あかねが軽くもむような仕草をしている自分の両手を見つめながら、言った。
「さ、さ、最低」
あかねはなんか恨みでもあるのか? と言いたい。これから行動を共にしようと言う初対面の女の子に、そんな話をするなんて!
「彩っ!」
鷲尾の言葉を凛がたしなめた。
「す、す、すみませんでした」
鷲尾がそう言って、頭を下げた。が、俺的には鷲尾がどうと言う事はどうでもいい。凛の事が気になって、視線を向けた。
そこにはにこにこと微笑む凛の姿あった。凛は全く気にしていないと言う事だ。
それはある意味、やきもちも妬いてくれていないとも言える。
いやいや、信用してくれているんだ。と、俺的には受け入れやすい解を用意してみる。
実際のところはどっちなんだ?
と、本当の答えが欲しくて、凛を見つめている俺の手をあかねがつかんで引っ張った。
「行くよ、お兄ちゃん」
そのまま俺はあかねに引っ張られて、加藤たちがいる部屋に向かって行った。
加藤たちの部屋に戻った俺たちに向けられた高垣の冷たい視線。俺たちがいた部屋には、食事が運ばれてきたりしていたが、ここにはそのようなものは無く、出て行った時と全く同じ殺風景な部屋。
あえて挙げるなら、ひなたの存在が花を添えているのだが、ひなたと目を合わせてしまうと、照れてしまいそうで、ひなたには視線を向ける事を避けている。
「何の話だったんだ?」
「葉山が会ってるって聞いたけど?」
詰問口調の高垣と服部が同時に質問して来た。俺的にはツンツンしていても服部の方が高垣より好きだ。当然、服部を優先する。
「ああ。そうだ」
「で、ど、ど、どうするのよ?
葉山と一緒に行く気なの?」
「いや、あいつはここにいる。
俺たちとは一緒にはいかない」
「そ、そ、そうなの。
それは残念ねっ。
で、その子は何なのよ。
結構、かわいい子じゃない」
「凛様から連絡役を仰せつかりました、鷲尾彩と言います。
よろしくお願いします」
鷲尾が自ら名乗って、頭を下げた。
「あ、鷲尾さん。
あの子が胸を揉まれた子よ」
「な、な、なんの話よ」
あかねの言葉に、服部が胸を両手でかばいながらも体を俺から背けるような素振りをした。
「突然、揉まれたって本当なんですか?」
「そ、そ、そうね。突然ね。
葉山にも、こいつはそう言う奴だって言っておいてよ」
「分かりました」
「おい」
完全に騙されている鷲尾に、これは嘘だと言おうとした時、あかねの囁き声が聞こえた。
「この子はもうお兄ちゃんに気はないよ。
私じゃ、い・や・な・の?」
耳元でそう囁き終えると、一歩離れたところで、小首を傾げて俺を見上げている。
「いえ、そんな事ありません」
耳の奥に残るあかねのささやき声と、俺を見つめる瞳にぞくぞくして、拒否れる訳もない。
「あかねちゃん、颯太君を返してもらえないか?」
「はぁぁい」
またまた邪魔をしてきた大久保に、明るい返事をあかねは返すと、俺から少し離れた。高垣が俺に、にらむような視線を向けながら、同じ言葉を繰り返して来た。
「何の話だったんだ」
「ちょっとした頼まれ事だよ」
「何を頼まれたんだ?」
「あ?
俺の父親とかを見つけたら、教えてくれって、だよ」
そこまで言ってから、あかねと鷲尾に視線を向けて、同意を求めた。
「なぁ?」
二人が頷いてくれた。
「そんなもの、頼まれなくても、元々探していたじゃないか?
何か別の事を頼まれているんじゃないのか?
そもそも、なんで教会の子が一緒にいるんだ?
加藤大佐、この者たちは信用しない方がよろしいかと。
完全に教会側と思ってよろしいのでは」
「水野君、あまりの扱いに彼は苛立っているんだ」
「あまりの扱い?」
「停戦交渉とか言って、呼び出しておきながら、ここにやって来たのは若い男の子が一人。
本当に教会を代表できる人物なのかもよく分からないまま、書面による合意もなく、停戦することに異存はないですよね? の一言で終わらせて、ずっとほったらかしなの。
大事な話はあなたたちにしてるからって」
ひなたが事情を説明してくれた。
「まあ、そう言う事だ。
君たちに重要な話をした。
それが教会からの君たちへの依頼だと言うのなら、きっと重要な内容であって、元々君たちがやろうとしていた、父親捜しなんて訳がない。
私たちに話せない何かを頼まれたんだろ?」
「いえ。本当に、水野さんご兄妹のお父さんを探すだけです」
鷲尾が言った言葉に、高垣が顔をしかめた。
完全に疑っている感じだ。高垣の横に座る加藤に目を向けると、ちょっと口角が上がったようにも見えるその表情は、笑いをこらえているようでもあり、苦虫をかみ潰しているにも見えて、その心が読み取れない。
「用件は済んだと言われている。
もう私たちは引き上げるよ。
君たちとはもうかかわるつもりはないから」
そう言って立ち上がる高垣に続いて、加藤と大久保も立ち上がった。
「彼女たちの事は頼んだよ」
加藤がそう言いながら、俺の横にやって来た。
「バックアップも考えていたと言う事さ」
「はい?」
意味が分からず、加藤に目を向けると、加藤はにんまりとた笑顔で、俺の肩をポンポンと二回叩いた。
「君の正義感に期待しているよ」
俺の正義感?
どう言う意味なんだ?
正義感から、教会を見放し、軍に協力すると?
小首を傾げて、加藤たちの後ろ姿を見送る俺のところに、ひなたがやって来た。
「私を送ってくれるかな?
まあ、だめなら、私一人で戻るけど」
「ひなたが強い事は知っているが、人数は多い方がいいだろ。
送っていくよ」
そう言ったのはマジで、ひなたの身の安全を思ったからだ。
俺に気のある女の子だけに、一緒にいる間にあんな事やこんな事をするチャンスが巡って来るかもと言う下心なんかじゃない。
そう思いながら、一人うんうんと頷く。
「ありがとう」
「私だっているんだからねっ!
忘れないでよねっ」
「服部はどうするんだ?
元々一人だったんだし、この辺で別れる?」
「みずぅのぅぅぅ」
服部が呪いの言葉かと思うような低く震える声で俺の名を言った。
「冗談だよ。冗談」
「ちょっと、このコロニーの中、見て行かない?
私的には敵情視察かな?」
「 敵なんですか?」
ひなたの言葉に鷲尾が露骨に嫌そうな顔で言った。まあ、教会の人間で、しかも神の意思を取次ぐ者の近くにいる者なら、当然だろうが。
「敵になるも、味方になるも教会しだいなんじゃないかな?
鷲尾さんが教会のいいところを教えてあげたらいいんじゃない」
「分かりました」
あかねの言葉に鷲尾が言った。
それから俺たちは教会のコロニーの中を見て歩いた。以前に来た時に感じたのと同じで、ここはすごく平穏な時が流れ、人々の表情には幸せが浮かんでいるようにも思えてしまう。
「どう思う?」
ひなたに少しだけ顔を近づけて聞いてみた。
いくら俺に気がある女の子とは言え、自分から近づくには限度と言うものがある。あとは向こうから、もっと近づいてくれるのを心の奥で、ちょっと期待する俺。
「これが教会の支配なの?
って、感じかな」
ひなたは俺を避けもしなかったが、近づきもしなかった。そこはちょっと残念だが、ひなたも俺に近づくのは照れるのかも知れない。そんな事を思いながら、会話を続けていく。
「それって、肯定的? 否定的?」
「大勢の人を殺害した過去を持っているのは事実。
だと言うのに、それを全く感じさせない。
この世界だけを見ていたら、教会って素晴らしいと思ったに違いないわ」
「と言う事は、否定的か」
ひなたが頷いた。
「一代で従業員数100万人の大企業を作り上げた人がいたとしましょう。
紳士な人が、一代でそこまでの事業を興せると思う?」
「それは無いだろ。
教会だって、あくどい事をして、ここまで勢力を拡大した」
「そうよ。
そして、その人が大企業を率いるようになってからは紳士になったと思う?」
「言いたいことは分かったよ。
それだけの事をした人物だ。今も紳士な訳ない。
それは変わらないって事だろ。
つまり、教会の本質も変わってなんかいないはず」
「そう。
これは騙された幸せか、作られた幸せ」
「ひなたは面白い事言うな」
これはマジで俺の感想だ。
ひなたが俺たちといる事で、俺は新たな作戦を思いついた。




