偽りの全知全能
「そこで何があったんだ?」
凛の話に割り込んだ。
この世界を作り出してしまった実験の当事者たちは何を語ったのか?
と言うか、そもそも凛自身が神の意思を取次ぐのだから、知らない訳がない。
「颯太は写真、持っているんでしょ?」
それだけで何のことか分かった。俺が持ち歩いていることをどこかからか聞いたか、なずなから聞いたのか、それとも全知全能の神がいるからか、いずれにしても知っているんだろう。
ポケットから取り出して、爆心地で撮られた俺の父親と凛の写真を見せた。
疲れ切った感があるようにも見える俺の父親と、悲壮感漂わせているようにも見える凛が身を寄せるようにしている写真。
今更だが、凛の服の汚れのシミのようなものは、血痕のようにも見える。
「ガラスの向こうにいた一人はこの男の人なんだよね。
颯太のお父さんなんでしょ。あの時はお互い、そんな事全然知らなかったんだけど。
そして、ここに写っている女の子は、私の偽物。
さっき言った部屋にいたもう一人の少女がこの子なんだ」
「正確には3Dコピーなんだろ?」
凛が頷いた。
「あの時、私の横で私の3Dコピーが作られていたの。
颯太のお父さんはこの子に騙されて、高山さんや金山さんを裏切って、あの実験室から出て行ったの」
「なんでそうなったんだ?」
「実験が失敗して、その責任をめぐって、もめ事が起きたからだよ。
その少女は自分が実験室から逃げ出すため、君のお父さんにその場から逃げる事を提案したんだ。
そして、二人で実験室からさっさと逃げ出した。
そう言う事だ」
凛ではなく、高山が答えた。
「実験の失敗はとんでもないものだったらしいの。
コロニーの外にいるあの生き物たち。
あれは実験が失敗した影響だって」
「さっきの話じゃ、検証前のシステムだったんだろ?
実験って、何だったんだ?
佐々木と言う人とどう言う関係があるんだ?
それと、神を作るってどう言う意味なんだよ?」
「あれは例えだよ。
その方が教会の言葉として、重みがあるだろ。
今はすべて本当の事を言おうと決めている」
「で、何だったんだ?」
「佐々木と言うのも、私と同じく、君のお父さんの部下だった。
彼は何者かに拉致られ、国外に連れ去られようとしていた」
加藤から聞かされていた話とつながった。
前日に警察が身柄を確保しようとしていたのはその佐々木だったのだ。
あかねを拉致り、俺の父親から研究の成果を奪取しようとしていた勢力。
そいつらが、標的を佐々木に変えたと言う事なんだろう。
「その佐々木君を奪還するため、最初の計画には無い実験を君のお父さんが、俺たちに黙ってやったんだ」
「それは何なんだ?」
「何度も言うが、何をしたのかは、本当に私たちにも分からない」
「張本人は金山だって、言ったじゃないか」
「そう。金山さんと君のお父さんが仕組んでやった事なんだ」
「凛が実験室に入った時、金山とあんたが残っていたんだろ?
それに俺の父親が裏切ったと言う電話もあったそうじゃないか。
なんで、俺の父親と金山が組んでいるんだよ」
「金山は防衛副大臣であって、あの実験のリーダーは君のお父さんだ。
佐々木君の奪還に向け、二人が協力していた。
が、トラブルが発生し、君の父親は実験室から逃げ出した。
そう言う事だ」
「金山と言うのはどうなったんだ?
死んだと聞いているが」
「残念だが、彼は自責の念にとらわれて、自ら命を絶った。
だから、私たちは佐々木君に関係する実験の事は何も知らないんだよ」
なんだか、嘘っぽく聞こえる。
本当は知っているのに隠している。
いや、そこら中に嘘が散りばめられている。そんな感じだが、問い詰める証拠もない。
とりあえず、凛に視線で「その話は本当なのか?」と、問うてみる。
凛は俺の気持ちを感じ取った凛が頷き返してきた。
凛もそうだと言っているとは言え、信じきれない。
俺たちが行った爆心地の実験室。そこは破壊され、干からびた二本の腕が落ちていた。凛の話ではそんな話は出てきていない。
「俺たちはその実験室に行ってきた。
そこにはへし折られ、もぎ取られたかのような干からびた二本の腕が落ちていた。
あれはその金山のものなのか?
自ら命を絶ったにしては違和感があるんだが」
「腕の事は知らない。
そんなものがあったとしたら、私たちが去った後に、誰かが忍び込み、何かがあったのだろうな」
「教会には全知全能の神がいるんじゃないのかよ?」
挑発的な俺の発言にも、高山は答えようとしない。まるで、質問が耳に届いていないかのように、無視している。しらを切りとおす。俺的には、そう感じてしまう。
いくらかの真実といくらかの嘘を散りばめた話。
信用しきった関係でない者同士の話し合いなら、それも仕方ない。
俺は凛の言葉を聞きたくて、視線を凛に移したが、ただにこにこと微笑んでいるだけで、有意な反応は得られそうにない。
「じゃあ、神を作ると言う実験の内容は分からないとして、全知全能の神って、何なんだ?
凛がその意思を取次いでいるのだろ?」
「何があの時起きたのかは分からない。
だが、結果だけは分かっている。
全知全能の神、それは私だよ」
「いや、待て、あんた3Dコピーなんだろ?」
「正確には私のオリジナルがだ。
凛はその私の意思を取次いでもらっている」
「つまり、この教会のトップと言える全知全能の神は高山本人であって、その意思を凛が取次ぎ、教祖である高山のコピーに伝えていると言う事か?」
高山が頷いた。
「そんな事をする意味が分からんのだが」
「何を言う、君も見ただろ。
私が軍の高垣の手によって、殺されるところを。
そうならないために、しているんだよ」
「筋が通っているようにも思えるが、そこには分からないところがある。
一つはオリジナルの高山はそれでいいとして、コピーの君はそんな役でもいいのか?
そもそも全知全能の神とは何なんだ?
そして、そのオリジナルの高山は教会と言う組織を使って、何をしようとしているんだ?
最後の一つは凛がどうしてそんな役をしなければならないんだと言う事だ?」
「最初の質問をコピーが答えるのは無理と思うんだよね」
そう前置きしてから、凛が言葉を続けた。
「颯太も知ってる記憶を書き換える装置なんだけど、実は記憶を書き換えれるだけじゃないんだよ。
性格や判断だって変えれるの。彼の場合はオリジナルの高山には絶対的な忠誠を誓うようになっているの。だから、オリジナルの高山の言葉には絶対逆らわないの。
ついでに、最後の質問なんだけど、あの首都が崩壊した時、私は最後には高山に助けられて、ここまで生き延びた。
だから、その恩もあるし、高山が目指す社会に共感もあるから、協力している。そんなところかな」
凛の表情から、その言葉が嘘だとは読み取れない。
つまり、凛は自らの意思で教会に加わっていると言う事なる。
「全知全能の神。それはその言葉のとおりだよ」
今度は高山が言葉をつないだ。
「私のオリジナルは全知全能になった。そう言う事だ」
「全く分からないんだが」
「それは私たちも同じだ。
あの実験の内容が分からないのだからね」
「全知全能なのに知らないのか」
「その言葉の意味は、本当は知っているのに言わないのかよ! って、事だよね?」
凛が言ったとおり、本音はそう言う事だ。
だが、ここで肯定してしまえば、凛に向かって信用できないと言うようなものだ。
俺としてはただ黙っているだけだ。
「颯太、今はまだ言えない事もあると言う事だよ。
でも、私は颯太の事だけじゃない。
全知全能の力に関してなら、示してあげる事ができる。
例えばだけど、別室にいる人たちの事も全て知っているから、披露してみてもいいんだよ」
俺たちにすべてを語る事はできない。
そう言う事情も理解できないことは無い。
ただ、それはお互い信用しきれていないと言う事でもある。
「あの部屋の人たちの事はいい。
それより、教会は何を目指しているんだ?
突然の停戦って、なんでなんだ?」
「颯太」
凛が言った。
「私が颯太の試合にぞくぞくしたのは、試合だったからなんだよ。
本当に命を懸けた戦いなんて、無い方がいいに決まっているじゃない。
今がそれを止める時。そう思ったんだけど、間違っている?
このまま戦い続けて、まだ多くの人の命を失わせた方がいい?」
「それはそうだが」
凛のぞくぞくと言う口癖に押し負かされた訳じゃないが、反論する材料は無い。
黙り込んでしまったところに、高山が続きを受けて言った。
「この国の人たちは色々な負の感情にさらされている。
たとえば、仕事のストレス、人間関係のストレス、自分が受ける評価への不満、支配階級への不満、増えていく犯罪への不安とかだ。
我々が目指すのはそれらを解消できる理想の社会。
神の力の前に、人々が信頼で結ばれ、格差も不公平も無い世の中だよ。
神による人々の真の解放だ!」
「ようやく宗教っぽい話になったよね」
あかねがとげのある口調で言った。
「まあ、待て、あかね」
あかねにそう言ってから、高山と凛に視線を戻した。
言いたがらない話を聞き出すのは容易じゃない。
力か、信頼か、あるいは利とか言ったものが必要だが、今の俺たちにそれは無く、これ以上話しても無駄だ。そう思って、話題を変えた。
「教会に従わない者たちを殺した事があるって聞いたんだけど、誰がやらせてたの?
高山さん?」
「颯太君、平時はね、大も小も生かさなければならないが、非常時は大を生かすためには小を犠牲にしなければならない場合もあるんだ」
「つまり、そんな指示を出したのは高山さん、あんたって事だな?」
「正確にはオリジナルのね」
「大体の事は分かった。
で、俺たちをここに呼んだのには、何か理由があるんだろ?」
「颯太はお父さんと私を探していたんだよね?」
凛の言葉に頷き返す。
「そのままお父さんと私のコピーを探して見つけたら、私に教えて欲しいんだ」
凛の願いは俺が俺の父親と凛のコピーを探し出す事だったらしい。
なずなも正体を隠して、俺たちが二人を探し当てるのを待っていたのだから、予想はしていた事だが、理由が分からない。
あの時の事は知っていて隠しているとして、二人の事はマジで探しているらしい。とすれば、教会は全知全能の神とは言っているが、実はその神は知らない事があると言う事だ。
つまり、教会の神は、偽りの全知全能。
知っている事と知らない事。その境目にこの力の謎を解く鍵がありそうだ。




