教会の敵になってしまった兄妹
信者たちが逃げ出し、辺りに誰もいなくなり、開けっ放しにされたドア。あかねがそのドアを抜けて、部屋を出て行こうとしている。
俺がイメージする「妹」と言うものは、かわいく、兄に頼ってくるものである。この世界に来る前、俺に守ってくれるよね! とも、確かに言ったか弱さがあった。ところがだ、今のあかねはちょっと乱暴が過ぎるし、無茶が過ぎる。
元の世界では、こんな濃厚な兄妹の時間を持っていなかったから、あかねがこんなタイプだとは知らなかった。ここは一つ、兄として意見しなければならない。
「あかね。待ちなさい」
あかねは立ち止まると、何? 的な表情で、俺を見つめた。
「ちょっと、乱暴すぎる。
人を脅すような態度はどうかと思うぞ。
それに、無茶し過ぎだ。
危ない事は俺に任せるんだ」
父兄として、きつめの口調で叱ってみた。これも、あかねを思っての事。
「てへっ。ごめんなさぁい、お兄ちゃん」
自分の頭を軽くこつんと叩きながら、ちろりと舌を出した。
今度はかわいい系か??
「危ない事はしません。
だから、あかねを守ってね」
そう言って、小首を傾げながら、にこりとした笑顔を向けた。
ああ、やっぱ、妹は悪女だ。悪女になっちまった。これから先、何人の男があかねの手のひらの上で、弄ばれるんだろう。でも、俺だったら、自分があかねの手のひらの上で弄ばれても、許す! って、妹の手のひらで弄ばれてちゃあいかんだろ!
待て。そもそも、自分の妹が悪女ではいかんだろう。
いやいや、同じワルでも、悪ではなく、悪女なら許せそう。
そうだ。これからは小悪魔と呼ぼう。うんうん。
小悪魔なあかねの魅力に、俺の思考が迷走している内に、ドアの向こうにあかねは姿を消してしまっていた。慌てて後を追って、俺も出て行こうとした時、服の裾を引っ張られて、立ち止まった。振り返ると、さっきの少女が俺の服の背中の裾をつまんでいた。
「なに?」
「お願い、私も助けて。
一緒に連れて行って」
両手を胸の辺りで結び、涙目っぽい瞳で、懇願気味に言われると、ぐらっときてしまう。ドアを開けて入って来た時の第一印象はどこか凄みを感じたはずだったが、今はきっぱり言ってかわいい系である。
無視する事なんてできやしない。
「でも、君、教会の人なんだろ?」
「なずなって呼んで。
脅されて、教会で働いていたの。
お願いです」
なずなと言う少女は頭を深々と下げると、そのまま微動だにしない。俺が「いいよ」と言うまで、そうしている気かもしれない。
「颯太くん」
大久保が俺の決断を急かした。
「分かった。一緒に行こう」
「ありがとうございます」
なずなは俺の右手を両手で握りしめ、ぶんぶんと振って感謝を嬉しそうな表情と態度で表した。
先に部屋を出たあかねに追いついた時、あかねは元々はちょっと広めの片側二車線だったらしい道路の前で立ち止まっていた。ちょっと離れた位置から見えるあかねの表情は「あんたたち、言っても分からないのね」的なちょっとうんざり気味に見える。
その理由を推測するのは簡単だ。さっきは逃げ出した信者たちだったが、数を増して、その数を頼みにあかねの前に人間の壁を作っていた。
「あっ。お兄ちゃん。
よかったぁ。あかね、困っちゃってたんだ」
あかねに向かって近づいてきていた俺に気づいたあかねがそう言いながら、俺の横に駆け寄って来た。あかねのその態度に、目の前の教会信者たちがちょっと引いたのを感じた。きっと、俺が来るまではさっきまでの調子で恫喝していたに違いない。
だと言うのに、俺がさっき注意したから、俺の前ではか弱く……。
なんと言う事だ。裏と表があるなんて。でも、こんな裏表なら、あっても俺は受け入れる! だって、かわいいじゃないか。
俺はこいつを守るためなら、死ねる!
はっ! 危ない。
完全に俺は小悪魔な妹の手のひらの上で弄ばれているんじゃないのか?
まあ、だとしても、やっぱ俺はこいつを守る。
そんな決意で、信者たちに目を向けた。
俺たちに敵対的な態度を取っている信者たちとは言え、具体的に武器も持ってきていなければ、襲ってきている訳でもない相手。単に俺たちの前に壁を作っているだけだ。殺めるのはあまり気が進まない。あかねソードを構えてはみたものの、斬り込む気にはなれない。どうやって、ここを突破しようかと迷っている俺の横で、大久保が叫んだ。
「お前たち、俺たちがレーザー兄妹だと言う事くらい分かっているだろう」
いつから、お前まで兄妹になったんだよ! 的な視線を大久保に向けてみる。いや、そもそもここでは他人に怪しまれないため、父親役と言う話だった。
「お前たちでは勝てない。
神の力を宿す司祭も我々の手で葬った」
いや、それ違うだろ。的な視線に変えて、大久保を睨んでみる。
「司祭様が殺されたのか?」
「ああ。首をもぎ取られていた」
「あいつらが司祭様を」
大久保の言葉に信者たちの反応は凄まじく、一瞬怯んだ後、怒りの顔つきで一歩踏み出してきた。教会の司祭を殺したなんて事になれば、完全に俺たちは教会の敵になってしまい、教会の力を頼って父親や凛を探すこともできやしない。
あかねの作戦全否定じゃないか!
なにしてくれるんだよ! 的な怒りの視線を大久保に向けてみる。が、大久保は俺の視線を無視して、信者たちに声を張り上げた。
「これより、教会信者たちはこのコロニーから出て行ってもらう。
残る者には容赦しない。
この光る剣で、一刀両断だ」
そう言い終えると、大久保は俺たちに視線を向けた。
まじかよ。なんで、そんな事を突然言って、俺たちに話を振って来る。戸惑う俺の耳元で、あかねが囁いた。
「お願い、お兄ちゃん。
あんな怖い人たちは追い払って」
「お、お、おう」
そう言うと、俺はあかねソードを構えて、一歩踏み出した。完全に妹の手のひらの上。そう分かっていつつ、声を張り上げる。
「刃向うやつは容赦しない。
うりゃあ!」
恫喝しながら、さらに一歩を踏み出すと、蜘蛛の子を散らすように信者たち逃げ出し始めた。
「いいか。残っていたら、容赦はしない。
とっとと、このコロニーから立ち去れ」
大久保が大声で付け加えた。辺りに信者たちがいなくなった頃、なずなが駆け寄って来た。
「ありがとう。私も守ってくれて」
特に守ったつもりはないが、うるうるの涙目っぽい上目づかいで見つめられると、抱きしめたくなってしまう。
どうやら、俺の周りにかわいい系の女の子が二人現れたようだ。
いや、訂正。妹のかわいい系は偽りのかわいい系。その正体は小悪魔だった。
「いやいや」
なずなの本物のかわいさ。心が癒される気もするが、今はなずなのかわいさを鑑賞している場合じゃない。なずなにそれだけ言って、大久保に近寄って行った。
「なんであんな事、言ったんだよ」
そう。この問題を解決しなければならない。俺的には不満目いっぱいだ。
「教会の信者たちをここから追い出したかったからだよ」
「なんで、そんな事する必要があるんだよ。
おかげで、教会の敵になっちまったじゃないか」
「司祭の手下を殺した段階で、完全に敵対したようなものだろ?
教会の力も必要だったかも知れないが、重要なのはあの装置の方だ。
あの装置。あんな奴らの手の中においたままでいいのか?
そんな事、水野さんは望んでいないはずだ。
あいつらの手から取り戻したかったんだ」
「しかし」
そう。他にも手が無かったのかよ! そう言いたい。が、済んでしまった事を言っても仕方ない。人生を一日リセットする装置でもあれば別だが。
「分かったよ」
結局、俺は大久保が作り上げた現状を受け入れる事にした。