これまでのこと1
軍側の初勝利。
このままの勢いで、さらに攻めていきたい加藤たちではあるが、教会側もすんなりとは勝たせてはくれないはず。このまま勢いだけで進んで行けば、さらに強力な反撃が待っているに違いない。
なんて考えていた俺たちに届けられた予想外の教会側の反応は、停戦交渉だった。
教会の使者は俺たち兄妹と高垣、そして、この軍の責任者を交渉の相手として、指名してきた。交渉場所はあの爆心地を取り巻く巨大コロニーの中にある教会本部。
今、俺たちはその対応をどうするかを相談している。
俺の横にはあかねとひなたに服部。
テーブルを挟んだ向かい側は加藤、高垣、大久保だ。
「突然、停戦とは何を企んでいると思う?」
加藤のこの言葉で始まった。
「もう戦力が無いんじゃないかな?」
「それはないな」
そう言う思いと願望で言った俺の言葉を即否定したのは高垣だ。
「私は捕らえられている間、色んなことを知った。
やつらはもっと多くの神の使いたちを持っている」
「だとしたら、どうして小出しにしてくるんだ?
戦術として失敗だろ?」
「そんな事は私に言われても分かる訳もない。
ただ、まだ教会に戦力はある訳で、この勝利を好機だととらえて、戦火を拡大すべきではない」
「では、どうしたらいいと思うのかね?」
戦いに消極的な高垣に加藤がたずねた。
「停戦に応じる事です。
そして、その間に情報を集めればよいでしょう」
「一度、これまでの情報を整理しませんか?
俺たちには知らされていない、軍しか知らない情報も含めてですけど」
そう言った俺に、加藤は快く頷き返してくれた。
「まずは事の起こりは軍が行った実験ですよね。
それは3Dプリンターシステムを使って、人間をコピーする実験」
俺が話の始まりを設定した。
「その実験のリーダーは君の父親である水野利夫さんだ」
「ですが、本当はその実験は教会が言うところの神を作ろうとした実験で、張本人は金山と言う人物だ」
高垣の言葉に、ムッとしながら反論した。
「防衛副大臣の金山さんか?」
加藤がたずねてきた。新たな情報だが、俺には分からない。
「大久保さんは知っているんですよね?」
「そうだ。金山さんとは副大臣だ」
この場で嘘を言っても仕方ないと考えたのか、大久保が金山の正体を認めた。
「張本人が副大臣なら、これは国家が、軍がしでかしたことでしょう!」
「張本人かどうかは分からないだろ。教会が言っているだけだ」
「じゃあ、それはまだいいです。
で、神を作るとは何なんですか?」
加藤も大久保も、高垣も答えない。
おそらく、加藤は本当に知らないに違いない。
人柄的に言って、知っていれば答えてくれそうだと俺は思っている。
「それは答えは無い。
だが、実験のサブリーダーであった高山さんからは、水野さんがとんでもない事をしでかした。救出に来てくれと言う電話があった」
「その高山こそ、教会の教祖になっていたけどね」
高垣の言葉に俺は付け足した。
「私も話していいかな?」
ひなたの言葉に、みんなが頷いた。
「その実験があったのが、あの日なんだよね?
あの日、突然電気が切れて、建物もあちこちで壊れると言う事が起きたのよ。
そして、地上にはちゃんとした人間だったはずの人たちの多くがあんな生き物の姿になっちゃったんだよね」
「どこで、それ見たの?」
ひなたの言葉に服部が割って入った。
「地下鉄の駅を出たら、そうなってたんだけど」
「地下鉄の中はどうもなかったの?」
「ええ。
地下鉄の駅を出て、驚いたわ」
「そうなんだ。
地下鉄の中では何も起きていなかったんだ。
私はさ。よく無い事だと分かってはいたんだけど、学校さぼってコンサートを見るためにこっちに来てたのよね」
服部が語り始めた。
「あの時、私はコンサート会場の近くにいたんだけどさ、突然、おかしな人が現れたのよね。
そんな人って、ここのところ時々いるからさ、またかと思っていたら、さっきまでまともだった人もおかしくなり始めて、どんどん増えて行ったんだよね。
だから、何かの病気とかそう言う伝染するものなんじゃないかって言いだす人も現れて、パニックになったの。
変になった人の中には、私を襲ってくる人も出てくるし」
服部を襲う。襲った訳じゃないが、さっきの感触を思い出して、自分の親指に目を向けた。
「で、大丈夫だったの?」
ひなたの声だ。
「ところで、水野。人の話、聞かないで、なに自分の手見てんのよ。
さっき、私の胸触ったよね。その感触思い出してる訳じゃないよね!」
「本当なの? お兄ちゃん」
「えっ? いや、触りたくて触った訳じゃないぞ。
偶然?」
疑問形で、小首を傾げてかわいい風で答えてみる。
「お兄ちゃん」
俺のかわいい風も全く通じず、そう言ったあかねの目には、何か怒りの炎が燃え盛っているような気がしてしまう。なだめる言葉が見つからず、言葉を失っている俺の耳元にあかねが近づいて来た。
「ほかのおんなの胸を触った手で、私にふれないで」
あかねが耳元で囁いた言葉に、慌てて俺は自分の手をズボンで拭ってしまった。
「ちょっと、水野。あんた、今、その手を拭ってなかった?」
「え? は、は、ははは。
だって、あかねが……」
「あかねちゃん。颯太君で遊ぶのはちょっと後にしてくれないか」
「はぁぁい。ごめんなさい」
あかねはそう言い終えると、ちろりと舌を出して、こつんと自分の頭を右の拳で叩いた。かわいい風全開で、さっきの嫉妬に燃えた風のあかねは消え去っている。大久保に俺のあかねの世界を邪魔された訳だが、またまた今回は救われた訳で感謝だ。
「水野。私の胸、初めて触ったのはあんたなんだからねっ!
それなのに、あとで覚えてなさいよね!」
「でも、その元気さなら、大丈夫っぽいね」
ひなたが自分の問いに答えを自分で出した。
「あ、ごめんね、ひなたちゃん。
で、まあ、襲って来たって、返り討ちにしてあげるんだから、別にいいんだけどね」
「そう言えば、俺たちと出会った時も、あの生き物たちが逃げていたよな?」
「性懲りもなく、私の可愛さにつられて襲ってきたから、お仕置きしてあげたのよ。
いい! 水野」
服部が俺を指さして、ちょっと威張り気味でもあり、お怒り気味でもある。
「私の胸、今度触ったら、ただじゃおかないんだからね!
お仕置きしてあげるんだから!」
ツンツンした女の子が、お仕置き。女王様だ!
怪しい仮面と鞭を持った服部を想像してしまう。
「どうやって?」
「鞭だろ?」
「はい? 何の話?」
ひなたの言葉に、ついつい妄想の中の姿を口走ってしまい、服部に睨み付けられてしまった。
「まあ、護身術?」
付け加えられた服部の答えは、なぜだか疑問形だ。こんな場合は嘘か、言いたくないかどちらかのような気がする。
「そんな事より、建物が壊れたのはいつなんだ?」
俺たちの本題から逸れたの会話にムッとした口調で、大久保が言った。
「どんどん増えて行くあの生き物が、これまた突然増えなくなったのよね。
そして、しばらくしたら、そこら中で小規模な爆発のようなものが起きて、今みたいな状況になったって訳」
「建物が破壊したのが、後だとは聞いていたが、増えなくなってからだと言うのは、初めての情報だ」
加藤が言った。
「そこからは、私と一緒だと思うんだけど、最初はあの生き物も人間だと思っていたから、みんなそれなりに手加減していたんだけど、あまりの多さに結局はそんな余裕も失って、私たち人間と、敵対する生物としての戦いが始まったわ。
もちろん、こんな世界から逃げ出すために、みんな逃げ場を探しながらだけど」
ひなたが言った。
「その頃、調査のために崩壊した首都圏に入った軍の偵察機が爆心地で撮った写真の中に、俺の父親と、なぜだか俺の幼馴染の凛が写っていた」
そう言いながら、凛と俺の父親が写っている写真を加藤に差し出した。
「凛? 葉山 凛?」
服部が声を上げた。
「知っているのか?」
「当たり前じゃない。
同じ学校の生徒なんだから」
それかよ。何かを知っているのかと思っていただけに、がっくりだ。
「水野って、葉山を探すために、こんな危ない世界にやって来たなんて言うんじゃないよね?」
なぜだか、さっき胸を触ったと言って怒っていた時以上に怒っている風に見えるのは、気のせいか?
「えぇーっと。それもあるが、俺の父親も探しているんだ」
腕組みをして、ふくれっ面でぷいっと横を向いている服部から視線を戻して、加藤に言った。
「この子の事、知りませんか?
私たちと一緒にいたなずなが言ってましたけど、教会もこの二人を探しているらしいです」
加藤は差し出した写真を手に取り、数秒眺めた後、俺に返してきた。
「悪いが、知らないな。
ただ、この二人がこの場にいた可能性に関しては、いくらか考えられる可能性はある。
この二人は元々知り合いだったとして、偶然、その少女が近くに居合わせて、君のお父さんと出会った」
俺の父親が凛を識別できると言う可能性も無いとは言えないが、それ以上に拉致られた凛がどうしてあそこに? と言う疑問が残る。
「この少女が実験に関わっていたとか」
「いや、ただの女子高生だから、それは無いと思うんだよね」
「関わるとは、実験する側だけじゃない。される側と言うのもあるんだが」
即否定の俺に加藤が言った。
「される側? つまり、凛のコピーが作られたと言っているのか?
はっきり言えよ。3Dコピーの実験って、誰をコピーしようとしたんだ?」
大久保と高垣に向かって、怒鳴り気味に言ってみた。




