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ツンツン未果

 ひなたの話を聞きながらも、あの生き物たちに警戒は怠れない。

 辺りに視線を配りながらも歩く俺の視線の先にある路地から、数人のあの生き物たちが飛び出して来た。


「ぎゃああああ」


 雄たけびとも悲鳴とも分からない奇声を上げている彼らの視線は俺たちに向けられておらず、俺たちを見つけて襲ってきたと言うより、路地から一目散に走って逃げだしてきている風でもある。とは言え、どんな行動に出るか不明の生き物だけに、あかねソードの柄を握りしめ、警戒は解かないでいる内に、俺の視界を駆けぬけて消え去ってしまった。

 マジで何かに怯えて逃げ出して来たらしい。

 彼らが逃げ出してきた路地に駆け寄り、そこに目を向ける。

 荒廃感のある通りに放置された車。

 道に横たわるあの生き物はぴくりとも動かないが、目立つ外傷もなく、生きているのか死んでいるのか分からない。

 その他には何もないと思った時だった。


「み、み、み、水野颯太」


 その声に目を向けると、どこかに身を潜めていたのか、さっきまでは気づかなかった一人の少女がビルの壁に沿って立っていた。

 その少女のブラウンの髪に揺れるかんざしには記憶があった。

 この少女、服部未果はなぜだかは知らないが、かんざしらしきものをいつも頭に差している。そして、俺にいつも冷たい態度を取るので、俺は心の中で、ツンツン未果と名付けている同級生だ。


 俺に向けた服部の右手人差し指はちょっと震え気味で、どもり気味。

 こんな世界で知り合いにあったからなのか、ちょっと頬が赤っぽい気がする。


「やあ、服部」

「なんで、あんたがここにいるのよ!」


 さすがはツンツン未果だけあって、こんな時もツンツン口調だ。


「いや、それ聞きたいのは俺の方だし。

 こんな危ないところで、一人なのか?」

「水野に心配されたって、うれしかないんだから」


 なぜだか服部がふくれっ面で、ぷいっと横を向いた。


「誰?」


 背後にまでやって来ていたあかねが言った。


「俺の同級生の服部未果」

「そう言うあなたこそ誰なのよ?

 水野のカノジョさん?」


 服部が眉間にしわを寄せながら聞いて来た。カノジョに思われるほどの俺とあかねの仲に、ちょっとうれしくなる。


「妹なんだけどさっ」


 なぜだか、あかねも威張り気味だ。


「なぁーんだ。妹さんかぁ。

 よろしくね」


 今度は明るい笑顔で服部があかねに答えた。


「うん。こちらこそ」と言うかと思っていたあかねは、俺の腕に抱きついて来た。

 なんで、こんな時に? そんな思いで、あかねに目を向けた。


「こちらこそ。

 でも、お兄ちゃんは渡さないんだからね」


 意外な言葉を返したあかねの服部に向けた視線はちょっときつい。


「えぇーっと、水野の妹さんって、超絶ブラコン?」

「あかねちゃん、颯太君で遊ぶのはそのへんにして。

 で、颯太君、その子をどうするんだ」


 お約束かのように俺たちの世界に大久保が入って来て、あかねは俺の腕から離れた。

 いつものようにケロッとした表情なんだろうなと思いながら、あかねに視線を向けようとした時、俺の耳にささやき声が聞こえてきた。


「あの子、お兄ちゃんに気があるんじゃないかな」

「え?」


 あかねの言葉に思わず固まってしまった。

 服部は同じクラスだが、そんなに話をしたことはない。と言うか、俺が口をきくといつもツンツンしていて、話をする気が失せてしまうほどで、気のある素振りなんて見せたことがない。


「それはない、ない」


 手のひらを振ると言うジェスチャー付きで、あかねの言葉を否定する。


「そっかなぁ。

 本人に聞いてみよっか?」

「いや、それいらないから」

「服部さんだったっけ?

 あの生き物たちはなんだったの?

 それにそこに転がっているのは?」


 俺とあかねの話を無視して、ひなたが服部に話しかけた。


「えっ?

 あっ、なんだろうね?」

「なんだろうねって、お前、ここにいたんじゃないのか?」


 ひなたへの答えがそれは無いだろ的な答えだったので、ちょっとムッとした口調で言った。


「水野には関係ないんだから、どうだっていいでしょ」


 やっぱツンツンしていて、俺に気があるなんてありえなさすぎ。


「どうだっていいけど、そもそもなんでここにいるんだよ?

 あの日、こっちにいたのか?」


 そうなのだ。俺たちの学校は首都圏じゃない。平日にあの事件は起きた訳で、学校にいたなら、ここにいる訳はない。もちろん、俺たちのように何か裏の手を使って、こちらにやって来たと言うのなら別だが。


「同じクラスだって言うのに、覚えていないって事ね。

 私、学校休んでいたじゃない!

 なんで、気づいていないのよっ!」


 威張り気味に服部が言ったが、そもそも威張る事じゃない。


「学校を休んでいた者が、どうしてここにいるんだ?」

「えっ? そ、そ、それは……」

「さぼりって事なんじゃないの?」

「ち、ち、違う……」


 なずなの突っ込みにたじたじな状況を見ると当たりらしい。


「なるほど。学校さぼって、こっちのどこかで遊んでたって訳だ」

「べ、べ、別に遊んでたんじゃないわよ!

 あの日は私の大好きなアイドルグループ”雷”のコンサートがあってさ……」

「なるほど、学校さぼってコンサートを見るために、こっちに来ていたって事だ」

「やっと手に入れたチケットだったんだからいいじゃない」

「で、一人なのか?」

「そうよ、悪い?」

「悪くはないけど、よくこんな危ないところをふらふらしていて、無事でいられたもんだ。

 どこか行きたかったのか?」

「外に出たかっただけよ。

 軍が来てるって聞いたから、出してもらおうって」

「服部さんだったっけ?

 おそらく、外には出られないと思う」


 大久保が服部の願いをばっさりと斬り捨てた時だった。

 風に乗ってノイズが耳に届いている事に気づいた。

 なんだ?

 耳を澄ましてみる。


 ゴ、ゴ、ゴ、ゴゴ。

 地鳴り?


 当たりを見渡してみる。

 左右に立ち並ぶ中層のビル。

 左側のビルの向こうの方から聞こえてきている?


「どうかしたの颯太くん?」

「何か聞こえないか?」


 ひなたが辺りを見渡しながら、俺が言う音を聞き取ろうとした。


「エンジン音?」


 ひなたではなく、大久保が言った。


「こっちだ」


 大久保が駆け出し、左側に通じる道を曲がって姿を消した。


「行こう」

「私もついて行ってあげるわよ!」


 なぜ威張り気味にその口調と言うのはあるが、服部も俺たちについてくるらしい。もちろん、こんな世界に女の子を一人置いておく訳にはいかないので、それはそれでいいのだが。


 襲ってくるあの生き物を時にはかわし、時には銃殺しながら、大久保が駆けて行く。しばらく駆け続けると、中層のビルばかりが目についていた光景に変化があった。通りを抜けた先に広がるのは緑の芝生と低い植栽が設けられた市民公園。

 公園の入り口まで駆けて行った大久保が立ち止まって、右をじっと見つめている。

 大久保がエンジン音と言った地鳴りのような音は、ますます大きくなってきていた。

 大久保に追いついて、大久保の視線の先に目を向けた。


 土埃と排気ガス。その先頭にいるのは軍の戦車部隊だった。

 次々に姿を現し、整列していく戦車。

 教会と決戦を挑む態勢か?

 そんな思いで眺めている俺に大久保が言った。


「とりあえず、話を聞いてくる」


 こんな時は役に立つ。同じ軍の人間なんだから。

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