妖刀 村雨を持つ少女
犬塚ひなた。有名な女子高生剣士。
友達と言うほどのつながりは無いが、剣道の大会とかで顔を見たことは何度だってある。
「えぇーっと」
犬塚が立てた人差し指を唇に当てて、ちょっと首をかしげている。
残念なことに、俺の名前がさくっと出てこないらしい。
名乗ろうかとした時、犬塚の口から俺の名前が出てきた。
「確か水野くんだったかな?」
が、疑問形だ。
俺の印象はその程度らしい。がっくし感に少し顔を引きつらせながら、うんうんと頷いて返す。
「レーザー兄妹が来てるって聞いたけど、じゃあ、それが水野くんだったんだ」
「ひなたちゃん、知っているのか?」
すでに席についている男の一人が犬塚にたずねた。
「うん。
有名な高校生剣士だよ。
水野……」
「水野颯太です」
「そうそう。知ってたよ。水野そうた君」
そう言って微笑む犬塚。
知っていたなんて嘘だ。あれは決して騙されてはならない嘘を隠す女の微笑みだ。
そんな事を思っている俺の腕をあかねが、人差し指でつんつんした。
なに? 的に振り向くと、にこりとした笑みで俺を見ていた。
これも、騙されてはいけない女の微笑みなのか?
いや、あかねは女の子だ。どうも、そこを引きずってしまう。
ちょっと戸惑う俺の耳元にあかねが顔を近づけてきて、小さな声で囁くように言った。
「お兄ちゃん、残念だけど、あの子はお兄ちゃんに気は無いみたいだよ。
私的にはよかったかな。お兄ちゃんは私だけのものなんだからね」
俺の耳元から顔を離して、再びにこりと微笑むあかね。
こ、こ、これも決して騙されてはならない嘘を隠す女の微笑みなのか?
大久保のこれまでの言葉に俺は影響されてしまったらしい。
あかねを信じられなくてどうする。
「ねぇ、ねぇったら、水野くん」
ちょっと、あかねの事で思考がいっぱいだった俺に犬塚の声が届いた。ちょっといらだち気味な感じから言って、少し前から俺に呼びかけていたのかも知れない。
「なに?」
「レーザー兄妹って呼ばれてるけど、妹さんも剣道やってたの?」
「やった事無かったんだけど、それなりには強いかな?」
あかねが疑問形で答えると、犬塚は微笑んでそれを受けた。やった事が無いと言う事実に、犬塚はきっと素人レベルの腕に、強力な武器を持ったキャラを想像したに違いない。
が、それは大きな間違いだ。
あかねの強さは俺から言っても、異常なレベルだ。
「でもね、私は誰にも、一突きされた事無いんだよ」
そう言って、意味ありげな笑みで俺を見た。
それ、本当なんだよな?
ちょっとの不安と、大きな安心であかねを見つめる。
「犬塚さんは一突きされた事あるのかな?」
げげっ!
なんて事を言うんだ?
「そんな事あるわよ。
何回も突かれた事あるよ」
犬塚はあかねが言っている言葉に実は裏があるなんて知らないから、真っ当な答えをマジな顔で答えている。
が、その意味を知っている俺はその意味の犬塚のシーンを想像してしまう。
かわいい女の子がいれば、そんな事を妄想してしまうのは、男としては仕方ない自然な事だ。
そう一人納得し、股間が熱く固くなりそうな自分も変態ではなく、普通なんだと頷く。
「颯太くん、こんな世界で知っている人に会えたのでうれしいのは分かるが、本題に入らないか?」
大久保が言った。こいつは俺と犬塚の世界にも割って入ってくるらしい。
「あ、関係ない話で邪魔しちゃって、ごめんなさい」
犬塚がそう言って、空いていた席についた。
一度、ちょっと悪化しかけた雰囲気だったが、犬塚の登場で再び場が和んだ。
それから、お互いのこれまでの話を語り合った。
だが、俺が一番知りたかった事、この光のバリアーシステムを作り上げた人物の事はこの場では得られなかった。
マスクとサングラスで、その正体をいつも隠していたらしい。
ただ、ここのリーダー 犬塚ひなたの父親なら知っているはずだと言う事だったが、今、犬塚の父親はマスクの男の所を経由して、軍のところに向かっているとの事だった。犬塚の父親がマスクの男の所に寄る理由、それはかねてより、マスクの男からハッカー技術を持つ者を見つけたら、連れてきて欲しいと言われていたため、見つけたハッカーを一人連れて行っているのだそうだ。
犬塚の父親に会うと言う理由ができてしまった俺は、一旦直接父親と凛を探す事をやめて、渋るなずなを説得し、軍の所に向かう事にした。新たな仲間 犬塚ひなたを連れて。
軍のいる場所に向かうため、反教会勢力のコロニーを出る俺たちと共に外の世界に出た犬塚ひなたは有名な女子高生剣士にふさわしく?、その腰に家宝の村雨と言う日本刀を差していた。
犬塚の剣の腕は確かだし、銃器と違い、弾の数を気にする必要はない。あの生き物との戦いにおいて、完全な戦力だ。
コロニーの外の世界をうろつくあの生き物たち。
あの生き物たちの中の経験値を上げた者たちは、決して勝てない俺たちに近寄っては来ない。学習能力と顔を識別する能力は持っているし、それなりの思考力も持っていそうだ。
だが、惜しい事に、あの生き物たちには、自分が保有する情報を仲間に伝達する能力は持っていないらしい。
つまり、彼らの間には言葉が無いのだ。
いつだったか、教会の司祭が言っていた。
「現代のバベルの塔」と。
彼らの虚しい犠牲を見ていると、言葉と言うものが、どれだけ重要なものなのか分かる気がする。
そして、今も俺たちの恐ろしさを知らないあの生き物たちが、俺たちを襲おうと向かってきている。
その数、三体。
俺だけで十分。
俺はあかねソードを構えた。
「俺が行く。
みんなは下がっていてくれ」
そう言って、あかねたちの前に出て、俺の大きな背中で「お前たちは俺が守る」的なオーラを放ってみる。
「ありがとう。お兄ちゃん。
私を守って!」
今のあかねは可愛くて、か弱い系らしい。
そんなあかねの言葉に、俺は全身に力がみなぎってきた気がする。
接近してくるあの生き物たちを迎え討ちに、一歩を踏み出そうとした時、背後で犬塚の声がした。
「待って。
私なら殺さないで、済ませられるから」
「えっ? まじで?」
振り返って見た犬塚は家宝の村雨と言う日本刀を抜き放ち、あの生き物に向かって駆けだした。
一体目とのすれ違いざまに、犬塚が村雨で一体目のあの生き物を薙ぎ払った。
犬塚が持つ村雨の切っ先があの生き物をかすめた。
そう、かすめた。
腕を狙ったのだろうが、大きなダメージを与えられていない。
このままでは、犬塚は背後を襲われ、前面の敵二体と挟み撃ちにあってしまう。
犬塚が討ち漏らした一体を処分しようと、あかねソードを手に駆け出した俺は信じられない光景を目にした。
ほとんどかすり傷程度しかダメージを受けていないあの生き物が、しゃがみ込み、頭を抱えて震え始めたのだ。
まるで、何かに怯えているかのように。
なにが起きたんだ?
そんな思いで、犬塚に視線を移した時、二体目のあの生き物もすれ違いざまに刀で薙ぎ払っていた。
そして、そのまま三体目にも。
この二体も、大きなダメージを与えられていない。
一体目と同じく、かすり傷程度。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
二体目はそんな絶叫を上げ、全速力で逃げ出していった。三体目はしりもちをついた状態で、目を見開き、体を大きく震わせている。こいつも、何かに怯えているようだ。
犬塚が村雨を鞘に納め、ゆっくりと戻ってき始めた。
何が何だか分からない。
「水野君、どうだった?」
にこりとした笑顔で犬塚が言った。
「て言うか、何が起きたんだ?」
「言ってなかったわね。
この刀、妖刀なの。斬られた者は幻術におちいるの。
彼らはしばらくは恐怖で身動きが取れないわ」
「じゃあ、何か?
ばっさり斬らなくてもいいと言う事なのか?
で、あのかすり傷は狙ってやったと言うのか?」
「もちろんじゃない。
私の剣の腕、知らない訳じゃないでしょ」
それは知っているが、あのかすり傷程度で済ませるなんて、想像以上にすごい腕だ。
俺に向けられた犬塚の明るい笑顔。
その笑顔は可愛いだけではない。そのバックには強さと自信があふれている。
ぞくぞくしてしまう。
「あー、お兄ちゃん。
浮気心抱いてなんかいないよね?」
あかねが俺の顔を見上げるように覗き込んできた。
「あ、あ、当たり前だろ」
「よかったぁ。
今回は犬塚さんの活躍だったけど、お兄ちゃんの背中もかっこよかったよ!
そんなお兄ちゃんは私だけのものなんだからね」
あかねが俺の耳元で囁いた。
ぞくぞくしてしまう。って、妹にぞくぞくしてどうする!
一歩引きさがって、俺に見せるあかねの笑顔。
そのバックには嘘がある? そんな気がしてしまったのは、やっぱ大久保がいつもあかねの態度を芝居だと言っているからだ。
頭を横に数回振って、そんな思いを振り落とす。
「とにかくだ。
犬塚は大きな戦力だ。
それに、俺たちならあの生き物を殺してしまう事になるが、犬塚なら殺さずにその場を脱することができることが分かった。
余裕があるときは、戦いは犬塚に任せよう。
いいよな?」
「もちろんよ」
犬塚の言葉と表情に迷いも戸惑いもないのは、実績に裏付けされた自信があるからだろう。あの生き物たちは、ちょっと雑魚キャラすぎて殺めるのがかわいそうに思えてきていただけに、犬塚に対応してもらうのが一番だ。
「ところで、犬塚のお父さんはどうして、反教会のリーダーになったんだ?」
「あ。ひなたでいいよ。
私も颯太くんって、呼ぶから」
「そ、そっか。
じゃあ、ひなた、どうしてなんだ?」
下の名前で呼び合う。ひなたとも距離がぐっと縮まった感じだ。
あかねともなずなとも違う、どちらかと言うとしっかりタイプだが、かわいいと言うところは共通だ。
そんなひなたが、これまでの経緯を語ってくれた。




