最大公約数
あの日、確かに実験に使われたであろう爆心地にある人をコピーする装置。その力は単に人をコピーするだけじゃない。遺伝子操作を加える事で、異能の者たちを生み出すことができる。
それこそが、教会の神の使いたち。
神の使いたちは爆心地にある人をコピーする装置で作られている。そう思っていたが、ここの装置はかなり以前に破壊された感じだ。
破壊されたのはおそらく、あの崩壊した日。だが、崩壊と言う事象がこの装置を破壊したと言う風ではなさげで、人為的な力による破壊行為により破壊された感じだ。
もしかすると、軍が行ったと言う神を作る行為。
それに怒り降臨した神が、この装置を破壊した?
いつだったか聞いた、現代のバベルの塔なのかもしれない。
そんな事を思いながら、この建物の中を調べまわった。
他に同じような装置が無いのか?
ここに潜む人がいないのか?
そして、俺の父親や凛の手掛かりはないのか?
だが、俺と大久保のチームも、あかねとなずなのチームも何の手掛かりも見つける事はできなかった。
爆心地。ここに来れば、何かが分かる。
そう思っていた、いやそう信じたかったと言うのに、あの日、人間のコピーを作る、いや神を作ろうとした場所はただの廃墟でしかなかった。
「じゃあ、ここに来る人たちを妨げるかのように、ぐるりと周囲を取り囲んでいる教会のコロニーは何のためなんだ?」
「颯太くん。さっき教祖さんが言ってたよね?
食べ物も、飲み物も無いから、用が済んだらすぐに戻って来るようにって」
俺の問いになずながいいヒントをくれた。
「つまり、この中のどこか別の場所にある。
だから、それを見つけ出されないためにも、俺たちをここからすぐに追い出したいと?」
俺の確認に、なずなが頷いた。
「ありえる話だな。
神の使いはこの区域にある別の場所で作られている」
大久保も賛同した。
教会のコロニーに囲まれた広大な領域にはあの生き物いないのだから、あの生き物の存在はこの広い区域を封鎖する理由にはならない。
爆心地を隠す。あそこには何も無いと言うのはおいておいたとしても、爆心地に人を踏み入れさせないためだけなら、これほどの広い区域を封鎖すると言うのは不自然である。
虱潰しに怪しげな建物を調査していくと、何週間はかかると思われるほどの広さ。
大切なものを広大な場所に隠した。簡単に見つけ出されないために。
そう考えるのが一番よさそうだ。
何の収穫もなく引き上げる俺たちは、途中、目についた元コンビニの店舗と言う店舗の中に入ってみた。そこに食べ物や飲み物があれば、それを糧にして、ここに居残る事だって可能だ。しかし、教祖が言ったとおり、保存食の類はやはり全て持ち出されていて、そこには生きていくために役立ちそうなものは何も無かった。
全てはこの区域に人が居残るのを妨げるために。なずなが言ったとおり、この閉鎖された区域のどこかに、教会がほかの者に知られたくない何かを隠している。
そして、それはきっと神の使いを作り出す人間3Dプリンターシステムのはず。
そんな思いを俺は強めた。だとしても、それを探し出す事は俺の目的ではない。
きっと凛はこの区域にはいない。そして、俺の父親も。
とすれば、大久保の心中は知らないが、俺的にはここに居座る理由はないわけで、俺たちは教祖の邸宅に戻る事にした。
教祖の邸宅に戻った時には、俺たちを迎えた教祖は何故だか、もういなかった。
爆心地の次に目指すべき場所。
心当たりが無い訳じゃない。
髪形に髪の色まで変えた凛を見かけた第2コロニー。
もちろん、凛が教会に深く関わっているとしたら、第2コロニーにいたのはたまたまと言う可能性も高く、爆心地を取り巻くこのコロニーの中にいると言う可能性も捨てきれない。
いずれにしても、大久保を連れては行きたくない。最低でも、偶然、再び立ち寄った形にしたい。
本心を隠して何気に聞いてみる。
「大久保さんはこれから、どうします?」
「君たちはどうするのかね?」
大久保の返事も何気な返事だが、きっと俺がここで別れたいと言う本心を感じ取っているに違いない。
「行く当てがなくなりましたですね。
大久保さんはあるんですか?
俺たちはちょっとだけ、このコロニーを見て回りますよ」
俺的にはここでさよならと言うのもありで、そう言うお誘いの言葉を投げてみた。
「そうだな。
俺も見て回りたい」
「別行動でいきますか?」
「いや、一緒で構わない。
君たちについていくよ」
大久保としては俺たちとは離れないつもりだと思ってはいたが、予想通りの返事をしてきた。不本意ではあるが、とりあえずなずなも含めた四人で、コロニーの中をうろつくことにした。
行きかう人の数の多さは、外の世界と引けを取らないし、その表情に曇りが見られない。時間に追われるストレスが無いのかも知れない。
「ここの人たちは仕事はどうしているんだろう?」
「聞いた話だけど」
きょろきょろと周りの人たちの様子を見渡しながら発した俺の素朴な疑問に、なずなが答えをくれそうだ。
「このコロニーの中でできる仕事をしているらしいですよ。
食べ物の生産とか。
教会のコロニーの中に残存している施設を使って」
「その施設で元々働いていたのではなく、全知全能の神によって、教育された人なのか?」
「たぶん」
「なるほど。
教会札の印刷もその一つか」
俺はそう言いながら、ポケットの中から教会札を一枚取り出して、まじまじと眺めてみた。
高度な技術もそうだが、そこに描かれている肖像画はひげを蓄えたいかにも、”神”と言う印象を抱かせる老人。
これぞまさに全知全能の神と言うイメージが自然と沸き起こって来る。
コロニーの外をうろつく、あの生き物たち。
何かこの世界の答えが頭の奥に閃きそうなんだが、くっきりとは浮かび上がって来ない。
もやもや感に包まれたまま進むうちに、かつての世界でも教会であったであろう建物が目の前に現れてきた。巨大な建物の前にある大きな門は開かれたままだ。手前の拝廊から身廊を通して見える奥の祭壇。描かれているのは教会札に描かれている神である。
ここは「教会」組織の教会らしい。
「あかね、ここに描かれているのは何だと思う?」
教会札を取り出して、あかねにたずねた。
「はい?
教会の神なんじゃないのかな?」
「だよなぁ。
誰の肖像画だ? なんて、普通思わないで、神だって思うのはなんでだろう?」
「教会のお札だからでしょ?」
あかねはあっさりと言い切った。たぶん、それも事実だろう。だけど、この肖像画は人々の意識の”神”の最大公約数なんじゃないだろうか?
また、頭の中で閃きそうで閃かない。
この世界の答えにもうすぐ手が届く。そんな気がするんだが。
「ねぇ。颯太くん」
なずなの声が俺の思考に割って入った。
声がした方向に目を向けると、教会の大きな門の近くに設けられている掲示板のようなものの前になずなは立っていて、俺に手招きしている。
「何?」
「教祖様を襲撃した男の処刑が決定って、書いてあるよ」
「俺たちに黙って、処刑したりしないって言ってたじゃないか!」
驚きの声を上げた俺より先に、大久保が駆け出していた。




