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爆心地

 爆心地に通じる門。

 それは教祖の邸宅の裏庭的な場所にあった。裏庭と言うと、日当たりが悪く、ちょっとじめっとしたイメージだが、広いお屋敷ともなると、普通の明るい庭である。

 緑の植栽、木々、それに彩をそえる花々。崩壊した首都の一角とは思えない華やかさ。そんな光景が好きと言う訳ではないだろうが、ご丁寧にも高山は俺たちを案内するかのように、先に立って爆心地側に通じる門の前までやって来たかと思うと、自ら門を押し開いた。


「ここから向こうには、何もありませんよ。

 食べ物も、飲み物も。

 なので、用が済んだらすぐに戻って来ることをお勧めしますよ」


 押し開いた門を手で押さえながら、にこやかな表情でそう言った。

 俺的には、この高山と大久保を、どちらを信じるかと言う天秤にかければ、今なら高山を選んでしまうかも知れない。そんな思いを抱きながら、高山に言った。


「では、また」



 門の向こうの世界。

 いくつかの建物は半壊状態で、人気もない荒廃した世界。ただ、あの生き物がいない分、静かな世界でもある。

 俺的には大久保の態度に心はふつふつとしたものもあるが、ここでもめても解決にはならない。じっと平静を保つよう努力して歩き始めた。



 爆心地までには、それなりに歩くことになったが、あの生物と戦わなくて済んだ分、体力も時間も消耗しなかった。

 爆心地と言えば、イメージ的にはすり鉢状に窪んだ地面だが、ここにはそんな現象は起きていない。ただ、ほぼ同心円状に発生したこの崩壊現象の中心地点と言う事なだけだ。風景は他の場所と変わらない。


 俺の父親があの日、実験を行った場所は、産官学共同の研究施設があった場所で、建物の多くが鉄筋コンクリート造りの中層建築物であったため、構造的には大きなダメージを受けてはいない。

 ポケットから首都崩壊直後に撮られ、俺の父親が写っている写真と見比べても、確かにここで撮られたものに間違いがない事が分かる。

 俺の父親は首都圏が崩壊した直後、確かにこの場所にいたのは間違いない。とすれば、すでに何度も聞かされた話だが、この現象と父親が何か絡んでいると言う可能性は否定できないのは確かだ。


 だとして、凛はなぜここにいたのか?

 凛を拉致したのにも、父親が関係していたのだろうか?

 あのコロニーで見かけた凛と思しき少女は凛だったのか?

 だとして、どうして俺から逃げたのか?

 教会の神の意思を取次ぐ者は、凛なのか?


 どれにも解は無い。


 その手がかりを求めて、一つの建物の中に入って行った。この建物を調査対象に選んだのは大久保だ。しかも、この建物を選ぶ時、全く躊躇も見せなかった事から言って、何か根拠がありそうだ。

 正体もばれてしまい、その目的もばれてしまった以上、俺たちに隠すものは何も無いと言う事だろう。


 電気もない地下へ向かう階段をあかねソードの光で照らしながら、最下層に向かって行く。大久保が途中の階に目もくれなかったところから言って、やはりここに何かがあると知って来たとしか思えない。


 細く続く廊下。

 特に建築物の破壊された構造物の残骸が転がっているとか言うこともなく、これで照明が点いていればいたって普通の廊下である。


 所々にあるドア。

 大久保はドアを見つけるたびに、そのドアの上に書かれている部屋の名前を確認している。


 会議室。

 実験室1。

 実験室2。


 まだ目的の部屋にたどり着いていないらしく、大久保は歩みを止めていない。


 大久保が立ち止まったのは「コントロールルーム」と書かれたドアの前だった。

 大久保がコントロールルームのドアを開けて、中に入って行く。

 俺たちも続いて、中に入って行く。


 あかねソードの光が映し出すコントロールルームの中の光景。

 天井から吊るされたいくつものモニターディスプレイ。

 正面には大半が砕け散った壁一面の大きさのガラス。

 その前面にあるテーブルの上に配置されてるモニターやキーボードなどの電子装置の入出力デバイスの上には、その砕け散ったガラスの破片が散乱している。


 床には砕け散ったガラスの破片が散乱していて、あかねソードの光を反射している。そして、そんなガラス片のきらめきとは全く逆のどす黒く干からびた血痕が床の一部に広がっていた。血痕は二つの大きな血だまりの痕と、血液が噴出した事を物語るかのように、放射状に広がるものがあった。これが人の血だとすると、かなりのダメージを受けているはずだ。

 部屋の奥に進み始めた大久保に続いて、部屋の中を進んでいく。

血痕の近くに、およそ実験室と言うものの床に似つかわしくなさそうな異物が転がっている事に気づいた。

 なんだ?

 それは細い物体で、干からびた感がある。

 細く長い物体の一端に見て取れるのは、5本の指。

 そこに転がっていたのは人間の腕らしく、指とは反対側は物理的な力で折られたと思えそうな骨が覗いていた。


 神の使いによる肉体の損壊と似ている気がする。

 惨劇の後?

 どこかに、損壊させられたこの腕の持ち主の肉体が?

 そんな思いで部屋の中を隅々まで見渡してみたが、それとほぼ同じもの、つまりへし折られたと思われる腕が、少し離れた場所に転がっているだけだった。


 死体はない。この部屋にあるのは、二本の腕だけだ。ただの干からびた腕二本とは言え、元の平穏な世界で暮らしていたら、衝撃の光景だったに違いない。が、この世界でもっと生々しい状況を何度も経験してきた俺たちには、干からびている惨劇の後は、何の衝撃にもならない。

 もちろん、それが知っている人の者なら別だろうが、知り合いの腕でなければただのオブジェの一つでしかない。


「腕だけか?」


 そう言って、あかねソードの灯りを正面に砕けたガラスの向こうに向けた。

 砕け散った壁一面のガラスの向こうに見えるのは広い空間で、そこには直径1mほどの円形の台座のようなものが一つ、周囲には台座より一回り大きい同心円状の装置が転がっていて、どこからか脱落した感じで、無造作に転がっていた。

 その横にはベッド状のような装置らしきものがあり、そこにもどす黒く干からびた血痕があった。その場所は、ちょうどベッドのようにして人が寝ころべば、両腕の辺りにも思える。


 両腕をなくした人が、ここに寝かされていた?

 ここに寝かされている状態で、腕をへし折られた?

 そんな感じだが、本当の事は分からない。

 腕を失った人がだれで、どうなったのかも。

 もしかすると、この腕が金山と言う人物のものだったとしたら、もうこの世にはいないんだろう。 


「しかし、この装置は何なんだ?」


 誰とはなしに聞いてみたが、知っているかも知れない大久保は返事をくれない。台座とベッド状の上部に視線を向けると、そこにはパラボラのようなアンテナ形状のものがあった。間違いなく、記憶を読み出したり、書き換えたりするシステムのものだ。


「もしかして、これが人間をコピーする装置なのか?」


 大久保に視線を向けた。大久保は答えようともしなければ、表情を変えもしない。

 たとえ黙っていようと、迷わずこの部屋にやって来て事から言っても、間違いないはず。

 ただ、この状況ではこの装置は稼働できそうにないし、実際近々迄使われていたと言う事もなさそうだ。としたら、教会は神の使いを他の場所で作っているのか?

 それとも、もう作れないのか?


「ほかに同じような部屋はないのか?」


 俺の問いかけに、大久保が俺を見た。


「ないはずだが」

「とりあえず、探してみないか」


 そう言って、なずなとあかねを見た。なずなはとりあえず頷いてくれたが、あかねソードが無ければ暗いこの地下を捜索するすべがない。行くとしたら、俺となずな一緒と言うのもうれしいが、そうなると大久保とあかねのペアになってしまう。

 それは許せないので、とりあえずはあかねとなずなのペアだろう。


「あかね。なずなちゃんと一緒にほかの部屋を見て回ってくれないか?」

「えっ? あっ、あ。何だっけ?」

「俺の話、聞いてなかったの?」


 あかねはぼぉーっとしていて聞いていなかったと言うより、何か緊張しているような表情だ。


「どうかした?」

「ううん。なんでもない」


 数回、首を振ってから、にこりとした。が、その笑顔はどこか固めで、作った笑顔に感じた。

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