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あかねの三文芝居

 不信じんな若者を衆目環視の中、改宗させてみせ、得意満面の司祭に水を差す、突然のあかねの宣戦布告。

 司祭は怪訝な顔つきで、声がした方向を見て、そこにいるのがたった一人の若い少女と確認すると、にんまりとした笑みを浮かべた。



「おや、おや、これはかわいいお嬢さん」



 司祭は余裕ありげだ。ただの無知な反抗者程度にしか捉えていないのだろう。



「あなたなんかに、かわいいって言われたってうれしくなんかないんだから」



 あかねは余裕ありげなだけでなく、挑発的な口調だ。



「あかねぇぇぇ」



 小声でつぶやく、俺だけ余裕なさげ。

 だって、そうだろ。

 普通なら誰だって信じないだろう人の記憶を読み出したり、書き換えたりするシステム。でも、俺は父親がそのシステムを開発していた関係から、そう言うシステムが実在する可能性を知っている。これまでの改宗がこの装置によるものだとしたら、この装置はすでに完成していて、自由に人の記憶を読み出し、書き換える事ができる事になる。

 なんで、その装置があかねにだけ効かないなんて事があり得ると言うのか。あかねを信じきれない。



「いいでしょう。ここに上がってきなさい」



 司祭の言葉に、ステージ横に設けられた小さな階段を上って、あかねがステージに上り、司祭が立っているステージ中央に近づいて行く。あかねに、司祭が右手を伸ばして、そこで止まれと言う風な仕草をした。


 その場所はあの装置の真下である。

 やはり、あの装置であかねの記憶を書き換えようとしているに違いない。



「教会には神の力があるってんなら、見せてみてよ!」



 なんだか、あかねは威張りんぼ気味に司祭を挑発している。



「はっはっは。威勢のいいお嬢さんですね。

 そうですね。では、そんなお嬢さんに、神の力をお示ししましょう。

 ここに自分の名前と、好きな言葉を一つ書いてごらんなさい」



 そう言って、司祭はあかねにA4サイズ位の大きさの紙とペンを渡すと、かけていた眼鏡を自ら外して、目隠しのためのマスクをした。



「私は目隠ししているから、そこに書かれた文字を見る事はできません。

 書き終えたら、みんなにそれを見せてから、誰にも見えないように隠しておきなさい。

 それを当ててみせましょう」



 司祭の言葉に、あかねがその紙に何かを書き始めたと思ったら、次の瞬間には書き終えていた。



「あかね。あ」



 名前とたった一文字の「あ」。それをみんなに見せると、その紙を折りたたんで、ポケットにしまった。



「もういいよー」



 かくれんぼ風にあかねが言うと、司祭はマスクを取り、眼鏡をかけなおした。



「まず、君の名前を当てよう」



 そこまで言って、司祭の言葉が止まった。動きも固まっている。いや、俺の位置からはちょっと遠めだが、顔つきは引き攣った感がある。やはりあかねの推測通り、全てはあの装置を使ったもので、あかねには装置の力が効かない感じだ。

 なんで、あかねには効かない?

 俺にはその解は無い。

 いや、さっきの反応から言って、あかね自身も解は持っていなさそうだ。

 記憶を読み出せるはずのシステムから、答えが出てこない原因を確かめようとしてか、あかねとあかねのはるか頭上にあるアンテナに視線を何度か行ったり来たりさせ、焦り気味の感のある司祭に、あかねがにんまりとした笑みを向けた。

 かわいい女の子の勝ち誇った感を浮かべた笑み。そんなものが自分に向けられたところを想像すると、ちょっとぞくぞくしてしまう。って、自分の妹にぞくぞくしてどうする。


 あかねの口が動いている。

 司祭が「えっ?」的な表情で、ちょっとあかねに近づいた。

 きっと、あかねはこう言っている違いない。



「教えてあげてもいいんだよ。

 私の言う事を聞くって言うんならね」



 司祭が一度小さく頷いたように見えた後、再びあかねの唇が動いた。「あ・か・ね」と言ったようだ。



「うーむ。お前の名はあかねだ!」

「えぇーっ、なんで分かったの?」



 あかねがわざとらしく驚いた風を装った声をかき消すほどの喚声が沸き起こった。



「わぁぁぁ」

「おぉぉぉ」



 そんな中、あかねが再び口を動かした。今度は「あ」と言ったようだ。



「静かにしたまえ。

 こんな事、驚くことでないのは知っているでしょう」



 あかねの手のひらの上で踊らされている司祭が威張った口調で言った。



「この娘 あかねが書いた言葉。

 それは一文字”あ”だ」

「えぇぇぇぇ。なんで、分かったのよ。

 これが、これが神の力なの?」



 そんなあかねの言葉をかき消すほどの喚声が再び沸き起こった。



「どうかね、君。

 今でも、我が神を信じないのかね?」



 自信ありげに司祭が言う。



「私が間違っていました。

 私も教会に入れて下さい」



 深々と頭を下げたあかねの顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

 悪女ワルだ。妹が悪女になっちまった。

 頭を上げたあかねは、勝ち誇った気持ちをぐっと隠した笑みを少しだけ浮かべて、俺を見た。

 ああ、かわいい女の子の悪女。手玉にとられてもいい  自分の妹でも、ぞくぞくしてしまう。って、それ変だから。


 ともかく、あかねのくさい三文芝居は無事終わった。

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