あかね、女の勘?
ホテルと言うより宿屋と言った方がしっくりきそうなぼろい部屋。
途中で出会った電気の工事をしていた教会の者たちの頑張りもあってか、このコロニー内の多くの場所に電気が供給され始めたが、ここには電気がまだ届いていない。ランプの薄暗い明りの中、目の前に浮かび上がる大久保の顔を前に、俺は疑問をぶつけていた。
「高垣さんは教祖を見て、高山って言ったけど、それは俺の父親の研究のサブリーダーだよね?」
「高垣さんの話から言って、おそらくそうなんだろう」
おそらくときた。本当は知っているのにそう言う言い方をしているのか、本当に知らないのかは分からないが、まず教祖の正体は確定的だ。
「しかも、高山はあの日、俺の父親が裏切ったと言ったと言ってましたよね?
とすると、その相手が教祖と言う事は、俺の父親の方こそ教会とは関係無いと言う事だろ?」
あの女性が凛で、凛が神の意思を取次ぐ者だとしたら、そう言い切れない、いやその可能性が高くなってしまうかもと分かってはいても、俺的にはその可能性は全面否定したい。
それに、大久保は凛の事は知らないし、言う必要もない。
大久保は何かひっかかっているのか、それとも何か考えがあるのかは分からないが、黙ったままで答えようとしない。
「じゃあ、話を変えて、教えほしいのだけど、高垣の銃撃を受けて死んだはずのその教祖が蘇った。
あれもどこかの技術なのかとか、知っている?」
「肉体が破壊されていなくても、死んだ人間を蘇らせる技術などこの世に存在しない。
ましてや、あれだけの銃撃で損壊し、ただの肉塊となった人間がよみがえる訳などないだろう」
当たり前の事だろと言いたそうな口調だ。
俺だって、それはそうは思う。
だったら、あれは何なんだ?
そんな思いで睨み付ける俺に、大久保が言葉をつないだ。
「あれはおそらくコピーだ」
「コピー?
俺の父親とともに開発した自分たちの技術を使ったと言う事か?
そして、蜘蛛の糸に包まれている間に、コピーがすり替わったと言う事か?」
大久保は静かに頷いた。
あれだけの銃弾を受けて、損壊したのは教祖の肉体だけじゃない。着ていた服も激しく損傷していたと言うのに、蜘蛛の糸の塊の中から出てきた教祖の服は血にまみれてはいたが、銃弾を受けた損傷の跡などなかった。
服まで修復すると言うのなら別だが、一般的にすり替わったと考えるのが妥当だろう。
「可能性としては理解できる。
しかし、それには色々準備がいるんじゃないのか?
すり替わるコピーの用意とか、すり替わるためのトリックとか」
「用意してたんだろうな。
私たちが来ると知っていて用意していたのか、普段から用意しているのかは分からないが」
「ねぇ、お兄ちゃん。
本人が死んでコピーが出てきても、それは本人じゃないよね?
それで本人はいいのかな?」
口を挟んできたあかねが言ったその言葉の意味は重い。
「そこだよ。
教祖は確かに高山の姿だったが、それはただのコピーだろう。だが、話はそう簡単ではない。本人が別にいたとしても、自分のコピーが殺されるのをよしとすると思うか?
たとえコピーでも死ぬ姿は見たくないだろう。
だと言うのに、それをやると言う事は本当の教会のトップ、神の意思を取次ぐ者にとってみれば、高山と言う存在はただのお飾り。捨て駒だ」
「で、高山を捨て駒に使う人物。それが俺の父親だと?」
大久保は何も答えようとしない。そう思っているが、それを口に出すと俺ともめる可能性があるので避けていると言う事だろう。
「しかし、大久保さん。
昔から、影武者ってあるじゃないか」
「颯太君。影武者は他人だよ。
コピーとは言え、自分のコピーが殺されるのをなんとも感じないと思うかね?
いや、それ以前に、自分のコピーが作られるのを受け入れられるかね?」
「たとえそうだとしても、高山を捨て駒に使っているのが俺の父親とはかぎらないだろ」
その言葉は俺の願いでもある。
「それは君の言うとおりだ。
俺も君も、それを知りたいだろう?」
共通の解きたい謎がある。
求める答えは違っていても。
だから、協力しよう。そう言うことだろう。
もはや信じあえる間柄ではないが、目指すところは爆心地で同じである。
もちろん、俺としては凛に似た少女を見かけた第2コロニーと言うのもあるが。
「分かりました。
ところで、高垣さんはあの神は、JTTの研究所で開発中だった高密度ホログラフだと言ったけど、そんな技術を知ってますか?」
「あれがそうかどうかまでは分からない。
だが、そう言う研究がなされていた事は知っている」
「だとしたら、そんな研究をしていた人物たちまでもが、教会に従っていると言う事か。
教会の勢力はどこまで広がっているんだ」
「ねぇ、お兄ちゃん。
教祖の高山のコピーが存在して、神の使いも同じ技術で作られているんだよね?
あの日、爆心地と呼ばれるこの現象の中心地で、お父さんが人間のコピーの実験をしていたと言うのなら、そこでコピーを教会が作ってるって事ないかな?」
「やはり早く爆心地に行こう」
そう。そこで俺の父親が教会に関わる何かをやっていたとしても、会って話さなければ、何も始まらない。
「そこに、何が待っていても」
決意を込めて言った。
「高垣さんはどうするつもりだ?」
「軍に任せておけばいいんじゃない?」
大久保の言葉に、あかねが小首を傾げながら、にこりとした表情で言った。
かわいい。あかねの意見、即採用だ。
「それでいいでしょう」
そもそも一緒にいたとは言え、大久保と同じで俺の父親を疑う軍の士官。しかも、教会の手に落ちた高垣を救うのは並大抵な事ではできない。そんな危険を冒すのは避けたい。
「分かった。
なら、そうしよう」
「ねぇ。お兄ちゃん。じゃあ、あの子はどうするのかな?」
別の部屋に置いてきているなずなの事を聞いてきた。
「一人にできないだろ。
連れて行こうと思っているけど」
「私は止めた方がいいと思うんだけど」
「なんで?」
「女の勘!」
勘、つまり事実に基づく根拠はないと言う事だ。
と言うのに、あかねは胸をそらし気味で自信ありげだ。
「えぇぇーっと、あかねは女じゃなくて、女の子だし」
俺的にはなずなを一人にするなんて事は非道な事だと思う。
いつか、あんな事やこんな事をなんて、下心からじゃない。
そう自分に言い聞かすように、数回頷きながら、根拠のない発言に根拠のない発言で返す。
「私はもう高校生だよ。大人だよ。女の”子”じゃないよ。
親の承諾があれば、結婚だってできるんだよ」
「そんな事、関係ない。
あかね。受精卵が赤ちゃんになるのに、十月十日と言われているのは知ってるよな?」
何がいいたいの? 的な表情で、あかねが俺の言葉の続きを待っている。
「女の子が女になるのに、なんつきかかるか知っているか?」
「えぇ? 私がまだ女の子だって言うんだから、20歳の大人?
240ヶ月?」
あかねの答えに、にんまり顔だけ返して、じらしてみる。
俺の雰囲気から言って、どうやら外れらしいと言うのを感じて、うーん? 的な表情で小首を傾げている。
そんなかわいいあかねをもっと見ていたい気もするが、意を決して答えを言う事にした。
「違うな。
ひとつきだよ」
「一月?
なんで」
分かっていない。
それがうれしくて、ちょっと顔が崩れてしまう。
「一突」
そう言って、左手の指で筒の形を作り、突き出した右手の人差し指をそこに差し込んだ。
俺の仕草を見たあかねが、一瞬顔を赤らめたかと思うと、白い目で俺に言った。
「あのう。お兄ちゃん。
妹に下ネタって、軽蔑なんだけど」
保護色の男のあそこをぶらぶらとか言っているくせにと思わないでもないが、どうやらこのネタは外してしまったらしい。
「は、は、ははは。
とにかくだ、まだあかねの勘に頼る訳にはいかないと言う事だよ」
笑ってごまかしつつ、結論を告げる。
大久保は特になずなをどうするかに関して、意見は無いと言う事だったので、俺たちは四人で行動し続ける事になった。




