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教祖銃撃!

 バリケードを抜けて入ったコロニー。教会の勢力が入って来てからなのか、それ以前からなのかは知らないが、道路もきれいな状態に保たれていて、荒んだ目をした者たちもおらず、社会秩序は安定している雰囲気だ。


「なずなちゃん。

 しかし、教祖がここにいるって、よく分かったね」

「うん。友達の友達の友達が、このコロニーからやって来たんだ。

 その子がそんな事を言ってたんで」


 にこやかに答えるなずなはかわいい。


「これで教祖が俺の父親でなかったら、今まで俺の父親を疑った事を詫びてもらいますからねっ」


 なずなへの言葉とは打って変わった強い口調で、高垣に言った。高垣はちらりと横目で俺を見ただけで、何も返さない。神の意思を取次ぐ者。その事を言いたいのかも知れない。


「いずれにしても、教祖の素性が分かる訳だ」


 高垣が銃器が入ったバッグを肩にかけなおしながら言った。

 やっぱ、殺る気かもしれない。

 ここからは高垣にも油断できない。

 教祖の居場所は? と辺りを見回した時、大久保が近くを通りかかった女の人に声をかけていた。教祖の居場所を聞き出しているらしく、女の人が右手で道の奥の方を差していて、道案内をしている風だ。


「分かったぞ。

 この先にある市民グラウンドで講話しているらしい」


 話し終えた大久保が駆け戻って来て、そう言った。



 視界に入って来た教祖がいるはずの市民グラウンド。そこは特に観客席があるようなものではなく、単にフェンスで囲まれただけのもので、フェンスの内側には、多くの人で溢れていて、その先に少し高いステージのようなものが設けられていた。ステージの上には何人かの人が立っていて、その中央にいる人物が教祖に違いない。

 遠目に見て、それが男であることは分かるが、顔までは識別できない。もっと近づかなければならない。


 父親ではないと信じつつも、不安を抱かざるを得ないだけの材料もある。その男の顔を判別したい気持ちと、したくない気持ちが葛藤し、一歩踏み出すたびに、鼓動の高鳴りが増していく。


「神は荒廃したこの世界を嘆き悲しみ、その力を宿した神の御子をこの世に遣わしました」


 近づくにつれ、聞こえて来た教祖の声。

 俺の父親の声とは違う気がする。

 とりあえずほっとした安堵感がこみ上げて来る。

 教祖に近づく足から戸惑いが消え、力がわいてくる。

 フェンスの開いているところから、グラウンドに入り、教祖の顔がある程度分かる距離になった。その男の顔は全く知らない顔だった。


「ほら見ろ。

 俺の父親じゃないだろ!」


 神の意思を取次ぐ者の事はとりあえず横に置いておいて、怒り半分、見下し気分半分で、高垣に言った。


「高山ぁ」


 俺の言葉に反応する事もなく、高垣は教祖を見つめて、ぷるぷると怒りの表情だ。

 高垣が口にした高山と言う名前。確か教祖の名前を司祭に問いただした時に、大久保が口にした名前だ。

 その高山が教祖。

 軍の高垣も知っていて、俺の父親がとんでもない事をしたとか言って、あの日に救助を求めてきた相手だ。

 つまり、教祖は俺の父親とは反対側の立場の人間。

 そんな人物が教祖と言う事はこの教会と俺の父親とは無関係。

 逆に、この教会と言うものはやはり軍が仕組んだ事件なんじゃないのか?

 俺の思考がそんな結論にたどり着こうとしている時、俺の視界の片隅の中で、なずなが高垣の横で何かを言っていた。

 何だ?

 そんな思いも、すぐに吹き飛ばされた。


「わぁー」

「神の御心のままに」

 俺の周りの空間は大きな喚声と拍手に包み込まれた。群衆たちの高揚に目を奪われている間に、高垣は怒りの表情のまま群衆の中に飛び込んで行った。


 教祖を捕まえる気か?

 それとも?

 そんな思いで向けた視線の先、群衆の中に線上の乱れが見て取れる。

 高垣が群衆をかき分けて、進んで行っているのだろう。

 群衆の乱れがステージ手前までたどり着いた時、群衆から悲鳴が上がった。


「きゃあー」

「逃げろ」


 そして、すぐに激しい銃撃音が轟いた。高垣が銃撃を開始したらしい。

 その銃弾が向かった先は教祖の肉体。

 止まぬ銃撃音。

 高垣が放った何発もの銃弾を受け、激しく飛散する教祖の肉片と血しぶき。

 損壊した肉塊となった教祖がステージに崩れ去った。


 目の前の銃撃に恐怖し、グラウンドから逃げ出し始めた群衆が津波のように怒涛となって、俺たちに向かってきた。この結末を見届けなければ、そんな思いで群衆の圧力が薄い場所を目指して、何とか踏みとどまろうとした。あかねと離れ離れにならないよう、手を延ばしてあかねと固くその手をつないだ時だった。

 ステージに半透明の男の姿が浮かび上がった。

 神?

 その顔は教会札に描かれている白いひげの老人で、白い服を纏い、ごつい感じの木の杖を持っていた。


「静まりなさい」


 声が轟いた。

 その声は老人の声じゃなく、若い女の声。いや、凛の声に近かった。

 ステージの上で、神のような老人に向かってゆっくりと歩いていく、白い服を纏ったもう一人の姿があった。こちらは半透明でないところから言って、リアルな人間のはず。

 フードを目深に被っていて、その顔は視認できないが、胸の膨らみ、腰のくびれから言って女の人だ。さっきの声はこの人のものなんだろう。

 ステージには大きな血だまりができているはずだと言うのにその女の人は、躊躇する様子もなく、一歩一歩力強く進んでいる。その姿に何か威圧感を感じてしまうのは、この場の雰囲気が作り出した「神」の威厳に俺が圧されているからだろうか。


「教祖様は神のご意思によりこの世に蘇ります。

 そして、我が神のご意思に逆らった者はすでに捕えられています」


 ちょっと高めで、透き通るような声。

 逃げ出していた群衆たちが立ち止まり、向きをステージに変えた。

 神のような老人の穏やかな表情。

 そこに寄り添うフードを目深に被った白い服の女性。

 もはやこの場から、危険は去った。

 ステージに目を向けた者たち、全てがそう感じたに違いない。


「おぉぉぉ」


 群衆からどよめきが起こった。中にはありがたそうに他を合わせて、拝む者の姿もある。

 何が起きているのか?

 高垣はどうなったのか?

 教祖は?

 ステージに全神経を集中させる。

 蜘蛛の糸を扱う神の使いらしき者が一人、ステージ端の階段を使って、ステージの上に登っていく。

 その指先から伸びた蜘蛛の糸の先には、ぐるぐる巻きにされた高垣の姿があった。

 蜘蛛の糸を扱う神の使いに引きずられるように、蜘蛛の糸にくるまれたまま、高垣がステージ上に引き出されていく。

 かなりきつく縛られているのか、苦痛に高垣の顔が歪んでいるのが、遠目にも分かる。

 そして、神のような老人が手にしていた杖を向けているその先にも、大きな蜘蛛の糸の塊があった。

 その場所は推測するに、損壊しステージに倒れこんだ元教祖の肉塊が転がっていた場所。


「今、教祖様は神の力によって、その体を治療されています」


 マジかよ?

 そう思ったのは二つ。

 一つは治療だ。

 教祖を治療しているのだとしたら、ステージの上にある蜘蛛の糸の塊は、大きな繭であって、その中では教祖の体が再生されていると言う事だ。

 繭。そこを破って飛び立つ虫たち。

 そんな風に、あそこまで肉体を損壊させられた教祖が蘇ると言うのか?

 そして、もう一つは声だ。

 凛に近いのではなく、凛そのものじゃないのか?

 フードに隠されたその顔。

 それを確かめたくて、俺はあかねの手を離して、再びステージを取り巻き始めていた群衆の中に飛び込んだ。


 俺が群衆をかき分けて、中ほどまで進んだ時だった。神のような老人は蜘蛛の糸の塊に向けていた杖を戻し、にんまりと暖かな微笑みを浮かべ、数秒後に霧散するかのようにして消え去っていった。


「神は教祖様を再びこの世につかわしました。

 我らが神は我教会に、この世を救えとお命じになっております。

 我が神のご意思の下、共に理想の世を作ろうではありませんか」


 凛の声がそう言い終えた時、蜘蛛の糸を切り裂き、中から教祖が現れた。

 纏っている服は血まみれだが、元気に立ち上がっているその姿は全くの無傷っぽい。しかも、その顔に浮かんでいるのはにこやかな笑み。何度か頷きながら、群衆をゆっくりと見渡し始めると、教祖の復活、神の力を信じた群衆の歓喜がこだまのように轟いた。


「私は神の力、ご意思によって、再びこの世に戻ってきました。

 これも、皆さまを救うため。

 我が教会と共に、理想の世を築こうではありませんか」


 教祖の言葉に、群衆の間からさらに大きな歓声が沸き起こった。

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