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神を作ろうとした日

 高垣とこのコロニーの有力者たちが話し合っている部屋の前で立ち止まっていた司祭が、その部屋の中に入り、大きな声で言った。


「まあ、まあ、みなさん。落ち着いて話し合いましょう」


 何があったのかは分からないが、司祭の言葉から言って、部屋の中はもしかすると紛糾していたのかも知れない。司祭に遅れて中に入って行くと、コロニーの有力者たちには怒りの表情が浮かんでいて、高垣には困惑の表情が浮かんでいた。


「はっきり申し上げましょう。

 あの日、軍は神を作ろうとしたのです」


 司祭は得意げな顔つきでそう言い終えると、部屋の中をゆっくりと見渡している。自分の言葉の反応を確かめようとしているに違いない。


 神を作る。

 その言葉の意味が理解できず、一瞬言葉を失った有力者たちはお互いを見つめあったあと、次々と反応し始めた。


「何をしたのかは分からないが、この事態を招いたのはやはり軍だと言う事なんだな?」

「何だ、その神とは?」

「神を作るとはどう言う事なんだ?」


 有力者たちの司祭に向けられた言葉と表情は、ここに俺たちが着いた時とは違い、教会に向けられていた不信感とかは消え去っている感じで、逆にどちらかと言うと、高垣を仲間にしている俺たちの方が不利な立場っぽい。


「高垣さん、何を言ったんですか?」

「颯太くんか。

 神の力の象徴、神の使いは神の力なんかじゃない。

 軍が開発していた技術であって、それを悪用しているのが教会だと言ったんだ。

 そしたら、首都崩壊はその実験と関係があるんじゃないのかと、言われてね」


 俺の質問に高垣が答え終わった瞬間、司祭がゆっくりと有力者たちに目を向けながら、話し始めた。


「先ほども申し上げましたとおり、あの日、軍、すなわち人は畏れ多くも、神を作ろうとしたのです。

 それがどのような事だったのかは今はもう分かりません」


 俺が高垣から聞いた話では、あの日、俺の父親がやっていた人の3Dコピーを作る実験が行われた訳で、ある意味、人が、神が如く、人を作ろうとしたと言うなら話は分かるが、神を作るとはどう言う意味なんだ?

 司祭は言葉を続けている。


「ですが、人が神を作るなど、これぞまさしく神への挑戦。そして、神の逆鱗に触れた結果が、この世界です。

 現代のバベルの塔。

 人々の多くは言葉を乱され、言葉を失ってしまったのです」


 お互いに顔を見合わせている有力者たちの反応に満足げに頷きながら、司祭は言葉を続けた。


「教会は軍の技術を悪用しているのではなく、神の力の下、この世界を正そうとしているのです。

 神の使い達が軍の技術だと言うなら、なぜ軍に同じ力を持つ者たちがいないのでしょうか?」


 司祭はそこで話を区切り、また有力者たちにじっくりと視線を配っている。

  さすがにあかねが詐欺師と言うだけあって、うまい事言うと感心してしまう。


「それは簡単な話だ。

 その装置がこちらの世界にしかないからだ。

 我々はこの世界とその装置を取り戻すために、やって来た」


 高垣がきっぱりと言った。


「聞かれましたか、みなさん。

 仮にそんな装置があったとしましょう。

 で、彼ら軍がここに来たのは、みなさんを救いにではなく、その装置目当てだそうです。

 つまり、皆さんを救うのは我ら教会しかない。

 そう言う事です」


 はっきり言って、この司祭を相手には高垣では歯が立たないどころか、軍への信頼を失わせ、教会側の信頼度を高めてしまいそうだ。


「でも、その話が教会がここの人たちを救うなんて根拠にはならないですよね?」


 とりあえず、高垣を援護する。教会と俺たちの関係は微妙であって、高垣や大久保も信用しきれない相手だが、どちらかを今選ぶなら、高垣たちである。


「はっ、はっ、はっ、は。

 一度、あなた方も教会の下、幸せに皆が暮らすコロニーを訪れてみればいいのでは?

 そうすれば、私の言葉が真実だと分かる事でしょう」


 教会の完全支配下のコロニー。そのほとんどは爆心地に近いところに位置しているらしい。教会の影響の強いコロニーは訪れた事はあるが、完全に教会の支配下にあるコロニーは訪れた事がない。

 それがどんなものか、見た事もないのも事実だ。

 確かに見てみる必要があるかも知れない。

 俺でさえそう思ってしまったのだ。有力者たちもお互い顔を見合わせては納得の表情で頷き合っている。


「なんでしたら、私がご案内しますよ」


 司祭はニコニコ顔で言った。


「では、一度」

「そうですね」


 最初はそうでなかったはずのこのコロニーの有力者たちも、今は完全に司祭の手のひらの上っぽい。こうなってしまったのは、司祭の口のうまさだけではなく、高垣がこの有力者たちを教会側に押しやったとも言えそうだ。


「で、あなたたちはどうしますか?」


 得意げな笑みを浮かべて、司祭は俺たちに聞いて来た。


「私が行く訳ないじゃない。

 それとも、一緒に行ってほしいのかな?」


 最初は強気の口調だったのに、最後はにこりと小首を傾げたあかね。

 胸の奥が疼くじゃないか。って、妹に疼いてどうする!


「そ、そ、そうだな」


 どもった司祭は顔がちょっと赤っぽい。

 司祭もあかねに疼いてんじゃないだろうな。

 ムッとした気分で、司祭にきつい視線を送った時、あかねがちょっとのけぞり気味の体勢で右足を差し出した。


「だったら、私の足の指先にキスしなさい!」


 女王様だ。

 あかねは女王様に格が上がったようだ。って、そんな事思っている場合じゃなかった。


「こら、あかね。何を言っているんだ!」

「ごめんなさい。お兄ちゃん」


 笑顔でちろりと舌を出したあかねはかわいすぎて、ぞくぞくしてしまう。


「でも、お兄ちゃんもしたい?」

「あ、あ、ああ」


 かわいい笑顔でそう言われてしまい、ついつい本音を口走ってしまったじゃないか。顔を数回、横に振って間違った思いを振り落す。


「じゃないだろ」

「はぁぃ」


 ちょっと不満げに口先を尖らせるあかね。やっぱ、あかねはどんな表情もかわいいじゃないか。


「こほん」


 俺とあかねの二人の世界に、司祭の咳払いの音が届いた。


「まあ、君たちは好きにしてください。

 私はこのコロニーの皆に、教会の素晴らしさを伝えておきますよ」


 そう言うと、司祭はこのコロニーの有力者たちを引き連れて、立ち去って行った。




 他の者たちがいなくなった旧公民館の一室。教会あるところに灯りありと言うが、まだここには電気は通っていないので、外に面した窓のカーテンを閉じていると、部屋の中は薄暗い。和室で言えば8畳くらいの広さの部屋の中、俺とあかねが並んでソファに座り、テーブルを挟んだ対面のソファには高垣と大久保が座っている。


「さっき、ここの司祭はあの時、軍は神を作ろうとしたと言っていましたですよね?

 以前聞いた話では、人間の3Dコピーを作ろうとしていたと聞きましたが、神とは何なんですか?」


 俺の口調は不信に満ちた詰問調だ。

 共にこの世界を旅している四人とは言え、仲睦まじい訳じゃない。そんな雰囲気が口調だけでなく、お互いの表情にも表れている。にこりとした笑みが無いだけでなく、どこか相手に突き刺すような視線を向けている。


「それは私の方が聞きたいくらいだよ。君のお父さんにね」


 視線だけでなく、高垣の口調も俺に負けず劣らず不満っぽい。


「大体、動物の遺伝子を組み込んだ3Dコピーを作るくらいなんだから、そっちこそとんでもないものを作ろうとしたんじゃないんですかっ!

 たとえば、背中から翼が生えているとか、千本手があるとか」


 神を作る。

 そんなところから、俺がイメージするのは、そんな感じだ。

 でも、それなら、神の使いも、それに近いものか??


「だから、そうだとしても、それをやったのは君のお父さんだろ」

「軍の命令も無しに、私のお父さんが勝手にするかなぁ?」


 あかねが参戦して来た。

 ここは援護だ!


「たとえ、僕のお父さんが実験をしたとしても、その指示は軍だったんじゃないんですか?」

「そんな話は聞いていない」

「ともかく、まずはその実験をやった場所、爆心地に行きましょう。

 そうすれば、何か分かるかも知れないじゃないか」


 大久保が仲裁に入って来た。

 俺的には、今となっては大久保も信じちゃいないが、ここで仲裁を無視する理由もない。


「分かりました。そうしましょう。

 元々、爆心地を目指していたんですし」


 大久保の仲裁とそれに乗った俺の言葉で、険悪な雰囲気になりそうな会話は打ち切られた。表面上の衝突は避けられたが、お互いの不信感を消し去る事はできやしない。

 あかね風に言えば、使える者はなんでも使わないと、ってところで、それは向こうも思っているはず。


 使えなくなった時が別れの時だ。


 この場の話は終わり、ここに残る理由もない。とりあえず、ここから出るかと、思った時、誰かが廊下を走る足音が聞こえた。


 パタ、パタと言うテンポの速さと、軽さ。

 女の子が小走りで、こっちに近づいてきている。

 誰だ?

 ドアに目を向けてみる。

 足音はドアの前で止まった。


 ポケットの中のあすかソードの柄を右手で握り、神経をドアの向こうに集中させる。

 コン、コン。

 ドアをノックすると言う事は、敵意は無い可能性が高い。

 とは言え、あかねソードにかけた手を離しはしない。


「どうぞ」


 カチャリ。

 俺の言葉に、ゆっくりと開いていくドアの向こう。そこから覗いたのはなずなの笑顔だった。


「颯太くん。久しぶりぃ」

「なずなちゃん。

 どうしたの?」

「戻ってきちゃった。

 ねぇ? うれしい? うれしい?」


 微笑みながらそう言うなずなは、かわいいじゃないか。


「お、お、おう」


 照れながら言う俺の右腕に、あかねが抱き付いて来た。


「なずなちゃん。

 悪いんだけど、私とお兄ちゃんの間に入って来れる隙間は無いんだからね!」


 そう言って、あかねが抱き付いている腕に力を込めた。

 ムニュッ! 感が腕に伝わる。

 妹とは言え、うれしいじゃないか。

 視線をあかねに向ける。


「ねっ!」


 にこりとしたあかねに、俺の思考は停止して、頷きそうになったところに、なずなが言った。


「そうなんですかぁ? 颯太くん

 だったら、寂しいなぁ」


 なずなはマジで寂しげな顔つきだ。

 あかねのかわいさは誰にも渡したくはない。でも、妹だ。

 なずなのかわいさも捨てがたい。しかも、こちらは血のつながりが無い。


「あかね。ちょっと、くっつきすぎだぞ」

「私じゃ、嫌なの?」


 悲しげな表情で、俺の腕に抱き付いている力が弱まった。

 あかねが弱っている。

 どうしたらいい?

 あかねとなずな、どちらを選べと言うんだぁ!

 結論を出せない俺の耳に、大久保の言葉が届いた。


「あかねちゃん。

 もうお芝居はいいから」


 二人の世界に大久保が割って入って来た。

 いや、だから、これは芝居じゃないから。あかねの芝居はもっとくさいから。


「はぁい」


 あかねがつまらなさそうな表情で俺から離れた。

 ええっ!? やっぱ芝居だったの?

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