見失った凛
数日、その場で様子を見るために過ごしたが、教会からの反撃はなかった。
一方の軍は外の世界から援軍が来て、再び勢力を確保し、高垣が弔いたいと言っていた兵たちの遺体を弔うためその一部はあのコロニーを向かった。そして、俺たち兄妹と大久保は軍から離れ、軍に援助を求めて来ていると言うコロニー向かう事にした。
そのためには当然、あの生き物たちが闊歩するコロニーの外の世界を移動しなければならない。
かつて、俺たちを襲いにきていたあの生き物たちだが、最近は襲ってこない生き物も現れ始めた。もしかすると、ある程度の学習能力があって、俺たちには勝てないと記憶しているのかも知れない。
が、相変わらずほとんどの生き物たちは、俺たちに向かって襲い掛かってくる。あまりに雑魚キャラ過ぎて、最近は哀れに思えてくるが、襲ってくる敵である以上、戦うしかない。
数体をあかねソードで斬り捨てると、他の者たちは勝てないと悟り、逃げ去って行く。そんな事を繰り返す内、太陽は空の真ん中を少し過ぎた位置になっていた。
どこかのコロニーで一休み。そんな気分で辺りを見渡してみると、高層ビルが多くない地域に、一棟だけぽつんとそそり立つ高層ビルが目に留まった。その高層ビルを取り囲むようにバリケードらしきものが築かれている。どうやらコロニーらしい。
この特徴的なコロニーに立ち寄った記憶は無く、初めてのコロニーである。だとしたら、父親や凛を探すのにちょうどいいと言う事で、俺たちはそのコロニーに入って行った。
コロニーの真ん中付近にそそり立っているのかと思っていた高層ビルは、このコロニーのちょっと外れに近いところにあるようだった。
コロニー内の秩序は保たれている感があるが、活気は今一つない。見た感じ、物資が不足気味のようで、それが原因の一つかも知れない。
一番近くの露店で売り出されている缶詰の値札は日本円表示で、このコロニーは教会の支配下と言う訳でもなさげだ。
「とりあえず、缶詰でも買って食べないか?」
そう言って、露店に近寄っていく。サバ缶、焼き鳥缶、色々あるが一缶ほぼ500円とちょっ高めだが、この世界では当然の事。
「缶詰ください」
そう言うと同時に、きいてみる。
「日本円と言う事は、ここは教会の勢力下じゃないんだ」
「ここには小さな教会の支部はあるんだが、コロニー全体としては教会側でもなければ、反教会側でもないさ。
だから、物資の補充がままならなくてね」
反教会。軍や政府側なら理解もできるが、初めて聞く言葉。
「反教会側って、何?」
「知らないのか?
それとも、あんた教会の人?」
「いや。教会とは関係ない。
反教会と言うのは初めて聞いたので」
「なら、教えてやるよ」
そう言うと、その男は反教会と言う俺たちが知らなかった勢力の事を教えてくれた。
小さなコロニーを本拠にしていて、主に教会の信者に大切な人を奪われたり、殺された人たちの集まりらしく、活動としては反教会的な情報の流布や、破壊活動などを行っているらしかった。
「しかし、軍でさえ手を焼く教会を相手に、そんな勢力がいるとは」
「基本ゲリラ活動のようなものだからな。
手の打ちようが無いんだよ」
「その本拠地をたたけばいいじゃないか。
小さなコロニーなんだろ?」
「それは俺に言われても、分からないなぁ」
「まあ、いいや。ところで、この二人、見たことあるかな?」
父親と凛の写真を差し出して、聞いてみた。
「いや、知らないなぁ」
やはり、ここにも二人はいないのかも知れない。
とは言え、せっかく訪れたコロニー。
買った缶詰を手に、ぶらぶらしながら道行く人に聞いてみたが、返ってくるのは否定的な答えばかり。ほとんど諦め気分で進む中、コロニーの中心部を通り過ぎ、コロニーの外れ近くにそびえたつ高層ビル近くまでやって来た。
コロニーの中は中心部ほど人が集中していると言う訳じゃない。だから、外れに近づいたからと言って、必ず人気が減るとは限らないのだが、ここはめっきり減って来ている。
視界の数百m先に見える高層ビルの一階部分。そこに続く片側二車線だった道路に人気はまばら。一番近いところでは、百mほど前方に、泣いている小さな女の子をしゃがんであやしている女の人がいるくらい。
遠めの横顔なので、よくは分からないが、濃いめのブラウンのショートヘア。かなり若いお母さんなのだろうか。
そんな事を思いながら、数歩歩いた頃、もう一人の女の人が路地から飛び出してきた。
「すみませんでした」
路地から現れた女の人の第一声だった。
「あ。いいえ。
ちよっと躓いて、こけたみたいです」
どうやら、駆け寄ってきたのがお母さんで、あやしていたのは通りすがりの女の子らしい。
「膝と手を擦りむいたみたいですよ」
ちょっと高めで、透き通るような声。
凛のような感じだ。
肩までのストレートで、黒髪の凛。
目の前の女の子はショートでブラウン。しかも、眼鏡をしている。
別人?
凛に近い声の女の子が立ち上がった。
駆け寄ってきたお母さんと並ぶと、十センチ以上は背が高い。
凛も背が高い。
「凛?」
そんな言葉を漏らして、俺の足は一気に駆け足になった。
タッタッタッ。
そんな駆け寄ってくる俺の気配に、女の子とお母さんが振り向いた。
俺に向けられた女の子の顔。
さっきまでの横顔と違って、真正面から女の子を見た。
凛だ!
髪の色を変えていたって、髪形を変えていたって、眼鏡をかけていたって、俺には凛の区別くらいつく。
「凛!!」
大声でその名を呼んだ。凛と思しき少女は俺に視線を合わせたかと思うと、驚いたように目を見開いた。
その反応、凛に間違いないんだ。
そう思った次の瞬間、凛と思しき少女は俺から顔を背け、速足で路地に駆け込んでいった。
なんで逃げる?
そんな思いで、全速力で凛と思しき少女が駆け込んだ路地に飛び込む。
細く薄暗い路地。
そこに少女の姿はすでに無かった。
あの日、守ることができず、何者かに拉致られ、姿を消してしまった凛。
今この場から逃げるように去った少女が凛だと言う100%の確証は、まだない。
だが、俺の心は100%そうだと訴えている。
やっと探し当てられた凛だ。
凛を追わずに、諦めてなんかいられない。
凛が駆け込んだ路地の奥に、俺も駆け込んでいく。
碁盤の目のように路地の道はいくつもに分かれていて、凛はそのどこかで曲がったに違いない。
最初の分かれ道。左右に目を向ける。
右側は高層ビルまで続いているようだが、そこに凛の姿はない。
左側の道はずっと向こうまで続いているが、ここにも凛の姿はない。
その左右に伸びている道も、その先のどこかでいくつもに分岐している。
すでにそこに凛が向かった可能性もあるが、ここではなく、まだまっすぐ進み、次の分かれ道で凛は曲がったのかも知れない。
もはや確率の問題。
そして、頼りは俺の勘だけだ。
俺はまっすぐに路地を進む事を選んだ。
次の分かれ道で再び立ち止まって左右を見たが、さっきと同じで、左右に凛の姿は無かった。
「くっそぅ」
凛と巡り合えたチャンスを台無しにしてしまう。口惜しさからそう叫んで、さらに奥に進んだ。
どこをどう走ったのかは分からないほど、走り回ったと言うのに、凛を見つけることができない。凛をこの手に取り戻せなかった事で口惜しさがこみ上げてくる。
凛と巡り合えたせっかくのチャンスをものにできず、失意に沈み、行く当ても失い、とぼとぼ歩いていた俺はこのコロニーの外れ近くに建つ高層ビルの前にたどり着いていた。
見上げてみると、数十階はありそうな高さ。
特にこれと言った損傷は見られないが、正面の玄関前にはロープが張られ、「危険 立ち入り禁止」の札が立てられていた。凛がロープを乗り越えて、ここに入ったとは思えない。
「凛!!」
360°回転しながら、大声で叫んで凛を呼んでみた。
凛からの返事は無かった。




