司祭の下へ
なずなを呼んだ女の子が、なずなに向けていた視線を俺に移した。その子の瞳は大きかったが、俺の顔を見て驚いたように、さらに大きく見開いた。その子が視線を俺となずなの間を何度か行ったり来たりさせた後、なずなに言った。
「なずな。こいつレーザー兄妹なんじゃないの?」
いきなり「こいつ」呼ばわりかよ。と言う気はするが、ぐっと抑えた。何しろ、今ここは圧倒的な教会の力によって、その勢力下に入ったばかりのコロニーで、しかも俺たちは教会から敵視されている事を考えれば、当たり前とも言える反応かもれない。
「だよ。
私を助けてくれたんだ」
なずなが言ったその言葉に、女の子は「はぁ?」的な顔つきで返している。まるで、そんな訳ねぇだろと言いたそうだ。
「友達なのかな?」
にこりとした笑みをなずなと女の子に向けながら、聞いてみた。
「うん。そう。
えりなちゃん」
なずなはそう言うと、えりなちゃんと言う女の子のそばに駆け寄って行き、何か二人で話したかと思うと、俺たちにぺこりと頭を下げた。そのなずなの姿に、ここでお別れになると感じ、俺の胸がちょっと痛んだ。
「今まで、色々ありがとうございました。
私、えりなちゃんと一緒に行きます」
予想通りの言葉がなずなの口から出た。
「そ、そ、そっかあ。
その方がいいかな」
抱きしめても嫌がられない間柄になっていたなずなと、もっとお近づきになりたかった気がしない訳ではないが、このシチュエーションで引き止める訳にもいかない。
「また、どこかで」
また会えればいいな。そんな本当の気持ちを込めて言った。
「はい」
なずながそんな返事と笑顔を残して、俺たちに背を向けた。
時折、なずなが振り返っては手を振ってくれる。
当然、俺も手を振り返す。恋人たちの別れのようじゃないか。なずなも俺との別れを名残惜しく思ってくれているに違いない。ちょっと、顔がほころんでしまう。
なずなが振り返って、また手を振ってくれた。もうかなり距離が離れていて、これが最後かも。そんな思いで手を振ろうとした俺だったが、あかねに腕をぐいっとつかまれて、手を振ることができなかった。あかねに目を向けると、ちょっと不満げに、口先を尖らせている。
「いつまで、手を振ってるのよ。
私、そんなの嫌なんだからね」
か、か、かわいい。なずなが去って行ったのは残念だが、あかねのかわいさに、でれっと顔が緩む。
「あ、あ、ああ」
とりあえず、意味不明な相槌を返す。
「でも、これでお兄ちゃんは私だけのものだね」
あかねがつかんでいた俺の腕にぎゅっと抱き付いて来た。俺を見上げる瞳に、かわいい笑顔とムニュッ感。幸せ感に浸りながら、にこりとした笑みをあかねに返す。
「もちろん、お兄ちゃんは凛ちゃんにも渡さないんだからねっ!」
今度は力を込めたマジな顔つきだ。ああ。ぞくぞくしてしまう。
あかねの小悪魔度がレベルアップし続けていて、俺はめろめろで、あかねの手のひらの上だ。
でも、凛は特別だぞ。うんうん。と一人頷く。
「あかねちゃん。三文芝居はいいから、早く現実に戻ろう。
それどころじゃないだろ」
大久保が言った。
何が三文芝居なものか。あかねの三文芝居がどれだけくさいかは、司祭との対決で俺は見ている。大袈裟に演じている部分はあるかも知れないが、それは俺を想う本心あっての事。そう思っている俺の腕からあかねの温もりが離れ、あかねの衝撃的な言葉が俺の耳に届いた。
「はぁぁい」
えぇっ! それって、どう言う事?
全部が芝居だったの?
少しも妬いてなかったの??
少し固まった表情で、あかねを見つめる俺の視線に気づいたあかねが、俺を見つめて小首を傾げた。
「お兄ちゃん、何?」
あかねのかわいい仕草と表情。それを見ていたら、やっぱ全てが嘘であっても許す。その表情、俺の胸に突き刺さるから。
高垣は葬られた兵たちを弔いたいと言い出した。教会の敵として葬られた軍の兵士たちを弔う行為を教会が許す訳もないはずだが、今のところ、あかねが神の使いたちの一人を葬ったと言うのに、新たな神の使いは姿を見せていないところから言って、高垣は教会の有力な者たちはもはやこのコロニーを去っている可能性を疑い始めた。
一番確実にその答えを持っているのはここに送り込まれてきている司祭であり、俺たちは直接そこに乗り込むことになってしまった。
このコロニーの中心から少し離れた場所にある邸宅跡。
閉じられた大きな門。
教会の力を知ってしまった以上、鬼潰会の扉の向こうに行くよりも、緊張してしまう。 この扉の向こうに、とてつもない力を持つ神の使いがいたら、そう思うと体に力を入れずにいられない。
高垣の勧めで大久保も殺された兵たちが装備していた自動小銃を構えて、門の前に立っているが、そんなもの気休めにもならない。何しろ、それを装備した大勢の訓練を積んでいる兵たちが瞬殺されたんだ。射撃の訓練もしたことがないであろう大久保なんか戦力になるはずもない事は明白だ。戦力となるのは俺とあかねの方だろう。
とは言え、勝てる保証もない。が、負ける訳にはいかない。
あかねを守るのは俺の仕事だ。
そんな気合いを込めて、構えたあかねソードを門に突き刺し、人が通れる大きさに焼き切ると、門本体からの束縛を解かれて、もはや四角い板でしかない門の一部だった部分が音を立てて、倒れ込んだ。
注意深く、門の向こうの光景に目を向ける。
広い庭、その向こうに見える大きな家屋。
パッと見では、敵が待ち伏せしている気配はない。
足を踏み入れて、大丈夫か?
もう一度、それを確認しようとしている俺の視界にあかねの背中が映った。あかねソードを構えたあかねが、すたすたと門の向こうに入って行ってるではないか。あかねに続く、高垣と大久保。
「あかねっ!」
俺の言葉にもあかねは振り返らない。それだけあかねとしても、辺りの気配に注意を払っているんだろう。
さすがはあかね。なんて、感心している場合じゃなかった。
駆け足で、あかねの前に回り込み、俺自身を盾にする。
「あ、お兄ちゃん」
あかねが俺の背後でそう言った。
「無茶するなって。どんな敵がいるか分からないんだぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
かわいいあかねの声。どうせなら、背中からギュッとして欲しい気もするが、こんな所でそんなことしてたら、敵の急襲に備えられないか。
「ああ」
それだけ言って、全神経を周囲に集中させていると、庭の向こうの家屋のドアが開いた。
チャッ!
背後で大久保達が銃器の先をそのドアに一斉に向けたらしい音がした。俺も神経をその先に集中させつつ、辺りにも気を配る。開いたドアから出て来たのは、50代と思しき一人の男だった。
「勝手に入ってくるとは許せませんなぁ。
ここがどこかご存じではないのですかな?
まあ、あなたたちレーザー兄妹は我らの敵ですから、言ってもしかたないでしょうが」
たった一人で、俺たちがレーザー兄妹と知りつつもその男は余裕だ。




