神の使い
支配者不在で治安が確立されていなかったコロニーに治安を確立させるため、俺たちは軍を呼寄せた。軍と言う力による統治により、平穏が訪れたのを確認してから、俺たちはこのコロニーを離れた。俺たちが旅立った時、何人もの巡回している兵士たちの姿がコロニーの中にあったが、再び戻って来た今、そんな兵士たちの姿が見られない。
そして、建物の壁のいたる所に貼られているのが、教会の貼り紙だった。
「神の力はこの世界を照らし、やがて外の世界をも包み込むであろう。
明日の光を求める者たちよ、神に救いを求めなさい。
さすれば、神はあなたたちを迎え入れるであろう」
高垣が近くを歩く人に駆け寄って、事情を聞いている。ここにいた軍は自分の部下である。心配なのだろう。
「ここにいた軍がどうなったか、知っているか?」
「教会の神の使いとか言う人たちと戦って、敗れたよ」
「撤退したのか?」
「いや、皆殺しだよ」
皆殺し? 衝撃の言葉だ。鬼潰会の者たちとはわけが違う。相手は軍だ。進駐して来ていた部隊の主力が歩兵だったとは言え、それなりの武装と訓練を積んでいたはず。それが皆殺しとはマジなのか?
「あっちの方に行ってみたら、分かるよ」
高垣と話している男が右手で、このコロニーの中央の方向を指さすと、高垣はすぐさまその方向を目指して駆けだし始めた。俺たちもその後について駆けだす。
通り過ぎる通りに、兵士たちの姿は全く見られず、代わりに目につくのは、通りの至る所に残されている飛び散ったような血痕だ。何者かの血が噴き出した後。そんな感じだ。
他にも遺体を引き摺ったのか、男が指さした方向に向かって伸びる筋状の血痕も地面のいたる所に描かれていた。
やがてたどり着いたこのコロニーのほぼ真ん中。
そこには兵士たちの遺体の山が築かれていた。
遺体の多くは物理的に損壊しており、体内から流れ出た血が遺体の山の周囲にどす黒い血だまりを作っていた。
「うぉぉぉぉ」
高垣が狂乱の声を上げ、地面に崩れ落ちた。
「なんてことをしやがるんだ。
必ず仇を取ってやる。教祖の首をお前たちの墓前に捧げてやる」
他人と言っても差し支えない俺でも、目を覆い、絶叫したくなる光景だ。恐るべき神の使いの力。
「あかね。なずなちゃん。見ない方がいい。目を閉じていろ」
二人はこの世界で、平穏な外の世界ではめったに見る事のない死体と言うものを何度も目にしてきてはいるし、あかねに至っては、あかねソードで自らその死体を作り出しているとは言え、この光景は刺激がきつすぎる。
「はい。颯太くん」
「分かった、お兄ちゃん。でもね」
なずなの素直な返事に対し、一方のあかねは最後に「でもね」がついている。
つまり、拒否なのか? なんて、思っていると、突然あかねは近くにあった高さ1mほどの植栽に向かって、あかねソードを振り下ろした。
何の変哲もないただの植栽。
植物に向かって、あかねソードを振り下ろすとはどう言うつもりだ?
そんな思いでいた俺の目に、その次の瞬間、予想外の光景が飛び込んで来た。
植栽の緑を背景に吹き出す真っ赤な血。
「なんだ?」
目と神経を集中させる。植栽柄の中に徐々に浮かび上がってくる人の肌。
しゃがみこんでいた体毛全てをそり落とした裸の坊主頭の男が、体を真っ二つに切り裂かれ、血しぶきをまき散らしていた。
教会の神の使いが持つ力の一つ、保護色の力。あかねに切り捨てられたのは、その力を持った男で、死ねば本来の肌に戻るらしい。
半信半疑だった奇想天外な教会の神の使いの力はマジで存在していた。
「お兄ちゃん。目を閉じていると、見なきゃいけないものまで見えなくなっちゃうんだよ」
あかねが俺にそう言って、にこりとした。斬られたのは教会側の人間であって、今や俺たちにとっては敵に間違いないだろう。
とは言え、にこりと微笑める冷酷さはなんだ?
はっきり言って、小悪魔ではなく、悪だ。妹はほぼ悪を極めつつある。妹の悪ぶりに動揺気味の俺の耳になずなの声が届いた。
「人がそこにいたの?」
「だね」
「私には見えなかったけど、よく分かったね」
「たぶんだけど、これが教会の神の使いなんじゃないかな。保護色になるとか言う。
なので、パッと見では植栽の柄と紛れて、よく分かんないんだけどさ、保護色にならない部分があるみたいなんだ。
ここ」
そう言って、あかねソードの刃先で、白目をむいて死に絶えた男の目を差した。
「その目に気づいたって訳だ」
納得気味に言った俺にあかねは付け加えた。
「あと、こことここ」
あかねは男の爪と、股間の先にぶら下がる何の先っぽをさした。
「爪も粘膜も保護色にならないみたいだね」
「えぇぇぇっ! こら、あかね。そんなとこ差すんじゃない。
それに粘膜なら唇だってあるだろ。それなら」
「唇って、隠せるでしょ。でも、ここは隠せないから、ぶらぶらしてて目立っちゃったんだよね」
小悪魔なあかねは色々と変化する。ちょっと下ネタOKなあかね。俺としてはちょっと小悪魔でも、清楚な妹がいい。
いやいや、小悪魔で清楚っているのか?
まあ、それは置いておいて。
「とにかくだ。恥じらいが必要だ。
そんなとこはたとえそうだったとしても、話題にするんじゃない」
「はぁい」
ちょっと不満げに口先を尖らせるあかね。そんなあかねにぞくぞくしてしまう。
「颯太くんにあかねちゃん。
そんな事より」
大久保が二人の世界に口を挟んで来た。俺的にはあかねがあんな事を平気でした事は重大であって、「そんな事」なんかじゃない。ちょっと不満げに目を向ける。
「こいつが教会の神の使いだとしたら、本当にこんなとんでもない奴らがいた事になる。
しかも、他にもいるかも知れないじゃないか」
大久保に言われて、気がついた。あかねの行動に気を取られ過ぎていた。
神の使いを俺は目の当たりにした事になる。しかも、近くに他にもいるかも知れない。
あかねに気を取られている場合じゃなかった。注意しなければ。
そう思った時、あかねが俺の脇腹のあたりを肘でこつきながら言った。
「そうだぞ。お兄ちゃん!」
ちょっとすました様な、得意げのような表情。かわいいじゃないか。やっぱ、あかねは最高の妹だ。って、思っている場合じゃない。
「そうだな。辺りに注意した方がよさそうだ」
兄貴っぽく言ってみた。
それに鬼潰会の者たちを殺めた件。この保護色の男あるいはその仲間がやったのか、別の神の使いがいるのかは分からないが、とにかく油断できない相手である事だけは確かだ。
「颯太くん。怖い顔してる」
そう言ったのはなずなだった。
「いやいや、そんな事はないよ。ちょっとマジに考え事してただけ」と、言おうとした瞬間、なずなの前にあかねが出て来た。
「そうなんだよ。
だから、あまりお兄ちゃんには関わらない方がいいんじゃないかな?」
そして、あかねは俺に振り返ると、俺の脇腹の辺りを軽く抓りながら、にこりとして言った。
「ねっ、お兄ちゃん」
これまた兄が他の女の子と仲良くするのを邪魔する、かわいい妹を見事にやってのけた。ああ、あかねはかわいい。
「お、お、おう」
ついついあかねの小悪魔的言葉と演技に乗せられ、そんな事を言ってしまった。
なずなだってかわいいと言うのに。しかも、なずなは血のつながりがある妹じゃない。どちらがお得か微妙だと言うのに。
どうやって、取り繕おうかと考え始めた時、なずなの名を呼ぶ声がした。
「なずな。何してるの、こんな所で」
その声がした方向に目を向けると、なずなや俺たちと同じ年頃の女の子が立っていた。




