8話 空中散歩
まるで何処を歩けばいいのか分かっているような足取りで王子は私の手を引いていく。
急に現れて何だっていうの、しかも王子……どういうこと?
と、そこで私の腰へ手を回すと……!?
ふわっっと感じた事の無い浮遊感を覚えた。
いや、違う飛んでるわこれ!
「わ! ちょ、ちょっと待って!」
「危ないから暴れないで?」
私の制止もお構い無しに、綺麗な白い歯を輝かせてウィンクをした王子。そうしてそのまま重力に身を任せて、屋根へ着地。休む間もなくタッタタと走っている。
待って、屋根、それ以上行く、落ち……うひゃぁあぁあ!?
またも跳躍。
そう、私は今王子に抱えられながら屋根と屋根を飛び移っていた。
「あっはははははっ!! 良い反応するねお嬢様!!」
「こっちは、ちっとも、楽しくないわよぉおぉおおぉぉお!?」
ほんとに、王子なの!? 大丈夫? 私このまま付いてってサーカスにでも売られたりしない!?
それから暫く王子の空中遊泳(?)に付き合わされた私は、何の為に王都へ来たのか、そんな事はすっかり忘れていた。
「ははっ! 悪かったちょっと飛ばしすぎたか? でもほら、顔を上げてご覧」
カラッと言ってのけた王子は私の肩を抱いて優しく身体を起こしてくれる。ぐったりした私は何なのよと言いながら顔を上げると、そこには綺麗な景色が広がっていた。
ここは王都が一望できる場所だった。お城に近づくに連れて高度が増す王都、私達がさっき居た第四中央広場はまさに底辺という事だろう、その街並みや雰囲気からそう伺える。ここは位置でいえば第二中央広場に相当する高さと言ったところかしら? 右手にはお城がどでんと見えて、その下では先程私達がいた噴水がある第三中央広場も見える。人が、あんなにも小さい。
「な? 凄いだろ? ここは俺のお気に入りの場所なんだ! 王都が一望できる秘密の場所」
少し日が傾いて、王子のすぐ背から煌々と照らしていた。まるで太陽を従えているような……
「確かに綺麗だわ……あんな方法でなければ尚の事、ね」
ちょっと嫌味を含めて言ってやったが、あっはは! ごめんごめんと謝る王子。随分軽いわね。
「何でそんな秘密の場所に連れて来てくれたの? それに貴方王子って言われてたわよね? 王子がこんなところにいていいの?」
王子は私のその質問に一瞬驚くと、眩しい白い歯を覗かせた。
「何か落ち込んでるみたいだったから! この綺麗な景色見て少しでも元気になって貰いたくて! ほんっっっとあいつらには困ったもんだよ、後でキツく言っておかなくちゃ」
ぷんすかと怒りを露にした王子は、一度息を吐き出すと真っすぐに私の目を見つめた。
先程までの雰囲気とはガラリと変わり、少しドキドキした。
そうして煌めく金の髪をサッと撫でると、背筋を伸ばして心臓の位置に手を伸ばした。
「アイテール王国第一王位継承者! 名を、ガウェイン・デイジー・アウローラと申します! 此度は斯様な場所にお付き合い頂き厚く御礼申し上げます!」
ガウェインと名乗った王子は先程までのくだけた言葉ではなく、王族として面前に立つ時の気迫や気品を感じさせた。凛々しい顔立ちにはそれだけで美しかった。
この国における敬礼……といったところかしら?
ガウェインは自分で耐え切れなくなったかニカッと笑うと、私の名を尋ねたのだった。
「アリサ・ドロシー・ブラッドフィールドよ。今は……お父様を探す旅に出ているわ」
「ドロシー……良い名前だな!」
ちょっと待ってやめて何この太陽スマイル眩しすぎて直視できないわ。
てか第一王位継承者って、もっと国に大事にされる存在でしょ? 国王になるかもしれない存在だから側近とかいるはずでは?
「面倒くさいから振り切ってきた!」
笑顔で何言ってんのこの王子!? 自由ね全く!
ガウェインは眉根を下げるとバツの悪そうに頭を掻いていた。
「俺は第一王子、って柄じゃないんだよな。一日中城に籠って勉強勉強また勉強って……そんなんアグラヴェインやモルドレッドの方に任せりゃ良いじゃねえのって」
確かに、さっきの宣誓はまだしも、今話しているのを見ると王族には向いていなそうだわ……城にいるのが嫌で街に繰り出していたっていうの? ま気持ちは大いに分かるけど些か不用心すぎるのでは?
「王子って何人いるの?」
「俺合わせて四人だな! 真面目で怖い顔しているのがアグラヴェイン、兄上兄上ー! ってアグラヴェインべったりなのがモルドレッド、そしてなかなか顔合わせることがないトリスタンだな」
なるほど? 顔を合わせることが少ないってのが気になるけど、そういうことなら確かに譲ってしまった方が良さそう。
「王様はなんて?」
「んー? 悩んでるんじゃねーの?」
まるで他人事のように気の抜けた返事をするガウェインを思わず二度見してしまった。
「それ以外のことで頭いっぱいって感じでさ、俺としては有難いんだけど周りがねぇ。先に生まれたからって何で俺が王様にならなきゃいけないんだよ」
どこか拗ねてるようにも見え子供のようだった。こうやってると王子といっても普通の人と変わらないわね。
「王様いいじゃない、なっちゃえば」
「は、話聞いてたか?」
「確かな地位を約束されてるのよ? それに、アンタが王様になっちゃえばそんな堅苦しい因習も無くせるわ」
私がそう言うと、ガウェインはきょとんとした顔をしてそして突然笑い出した。
「あっはは、それ、いいな! あぁ、そう考えたらありかもしれんなぁ。うん、面倒ごとは色々あるけど……」
ぶつぶつと思案し始めた。何か私の一言が彼に刺さってしまったみたいね。
「よし、そしたら早速城に戻って考えるか」
「ず、随分簡単に決めるのね? もう少し考えたっていいんじゃない?」
私の一言で王子の運命が決まって国が変わるとか…………ちょっと興奮するわね。
「考えた考えた! 俺がこの国を変える! そう考えたら面白いかもな!」
本当に楽しそうに笑うガウェインを見て私は何も言えなかった。一日中城に居なそうな王様になりそうだとかそんなことは思っていないわよ。
「付き合ってくれてありがとう! 俺の方が元気貰っちゃったよ! ドロシーってすげえんだな!」
「ま、まぁ? 喜んでいただけたようで何よりだわ?」
なるほど、私の魅力って王子様に通用してしまうのね。憎いわ、私の出来の良さが。
「それじゃぁ……」
「ん?」
ガウェインはニコニコしながら私に近づいてきた。瞬間私は察する。あ、この後よくないことが起こるわ。
「街まで送るよ、舌噛まないようにな!」
「やぁぁああ~~~~めぇええぇえええ~~~~~てぇええぇええええ~~!!」
生きた心地がしなかったわ。
ガウェイン王子は私を人通りがすぐ見える路地裏へ下ろしてくれた。遊び抜け出しているものの、人目に付くと騒ぎになるとのことだったので隠れるようにすぐ飛んで行ってしまった。
何だかこの短い間で色々起こりすぎて訳がわからないけど、そういえば私ビリーと買い物に来ていたんだった。
「まったく、迷子になるなんてほんとおこちゃまねビリーは」
さ、一体どこ行ったのかしら? とりあえずさっきいた露店がある通りまで戻るのが一番かしら? というかここは何処なのよ。
ま、そこら辺の人に聞けばいいか。
そう思った私は通りへ出ようとした、その時。
バチッィ! という音と共に体へ衝撃が走る。
頭が真っ白になった。何が起きたのか分からない。
明滅する視界の中で、後ろに立つ男を見た。
顔が、よく……見えない……
真っ赤な派手な衣装を着ていることだけを確認した私は、そこで意識を失った。