7話 王都の街並み
王都の周りは大きな塀でその中はまだ見えない。
そこに暇そうにポツンと二人、兵士がいた。一人は兵士とは思えないほど細く頼りない身体をしていた。もう一人は体格こそいいけど大きな口を開けて欠伸をしているようではあまり信用はないわね。にしてもこんなところにずっと立ってるだけなんて確かに退屈すぎるわね。
「おいおっさん! そんな腑抜けた警備じゃ、俺に倒されたって文句言えねえぞ!」
ビリーは兵士に物怖じしないどころか喧嘩腰で話し始めた。
ちょっといくら何でもいきなり突っかかりすぎじゃない? 気持ちは分かるけど。
「あぁん?」
王国兵士とは思えないガラの悪い声が聞こえる。
自分の身長よりはるかに大きい人間に睨まれるビリー。
そしてそのままゆっくりと手がビリーへと伸ばされる!
「ちょ、危ない!」
怖いけど間に入って止めようとしたけど私の想いも行動も全て無意味だった。
兵士の手はビリーの頭をしっかり掴んで、そして────わしゃわしゃし始めた。
「え?」
「お前にやられるほど落ちぶれちゃいねえってのよビリー! 王国兵士をなめんなよ! はっはーー!」
と、快活に笑って見せた。
ビリーも抵抗はしているものの何処か嬉しそうな顔をしている。先程までの怖い雰囲気も何処へやら、人の優しい笑顔を浮かべているわ。
待ってどういうこと?
「なぁなぁ、ところであの美人さんはどうした! 川で釣れたか? お前にはちと早いぞマセガキ~~」
兵士は私のことをニヤついた顔で見ながらビリーへ耳打ちしている。何を喋っているのか聞こえないけれど、きっと褒められてるに違いないわね、ここはアルカイックスマイルの1つでも見せてあげましょう。
「ばっか言え! そんなんじゃねえよ、こいつはただの付き添い、世間を知らない可哀想なやつだ」
「ちょっと、誰が可哀想よ誰が」
「お前しかいないだろ、アリサお嬢様」
あえてそこを強調しながらこちらへ青っちろい舌を見せるビリー。何でこの子はこんなに素直じゃないのかしら全く。
「ん……お嬢様……?」
兵士は先程までの笑みを消して疑いの目を私に向けてきた。
それも無理のない事ね。私だって今の自分の格好が正しいとはとても思えないもの。王国兵士ならお嬢様の1人2人見ててもおかしくないものね。
「おいビリー大丈夫か? 実は危ないねーちゃんとかじゃねえだろうな? 気を付けろよ、美人局は怖い」
「誰が何ですって? 随分品の無いことね」
初対面の相手にここまで疑われたり酷い謂れを受けたのは初めてなので中々に気分が悪い。
にっこりと微笑むと兵士は身体をビクリとさせ、姿勢をピッと正して敬礼をした。ビリーはその姿を見て呆然としている。
「ふん、分かればいいのよ、分かれば」
流石の私ね、どんな衣装を身に纏っていても高貴なオーラは隠せないというもの!
「なーに良い気になってんだか。ま、とりあえずここ通してくれよ! 早くしないと売り切れちまうよ」
「お、そうだったなそりゃ悪い! 今日も王都は大賑わいだ! 人混みでお嬢さんをエスコートするんだぞ、ビリー坊ちゃん?」
姿勢を戻してまた優しくビリーの頭を撫でる兵士は、冗談交じりにそう言って笑う。
ちょっと待ってろーと言って門を開けてくれると、塀に囲まれ見えていなかった、王都の世界が一気に広がる。
見渡す限りの人、人、人。
ビリーやマリーおばさん達と同じような、布のような服を纏っている人もいれば、動きやすさだけを重視したかのような薄っぺらい派手な柄の服を着ていたり様々な人、人種で溢れていた。
当然だけど、社交界とはまた随分雰囲気が違うわね。これだけ沢山の人の場に出るのは本当に久しぶりだから変な気分だわ。
「やあ! そこの可愛いお嬢さん! どうだいあんたにはこのダイヤのネックレス! お似合いだよ、今なら負けに負けて5000ポトスだ!! 本当ならこれの10倍でも良いとこなんだが、あんたの美貌にやられちまった!」
王都の入口すぐ、ここは露天商が道を挟んで声を張って客を呼びこんでいた。
何故だか分からないけどみな必死なのは伝わってくる。圧がすごいわ。
「ダイヤって……ただの偽物じゃない。お金を払う価値は無いわね」
私がそう切り捨てると怒りを露わにする髭面のおじさん。
「図星を突かれて怒るくらいなら目を鍛えなさい。それとも貴方は、そういう商売をしているのかしら?」
鼻息荒い豚のように顔を真っ赤にさせると、商品をしまい始めた。気付くと周りの視線が集まっていておじさんは居た堪れなくなったのだろう。
「ちょ、何してんだあまり変に目立つな、行くぞ」
ビリーはそう言って私の袖を掴むと人混みを掻き分けながらずんずん進んでいった。
そうして少し開けた所に出た。綺麗な像が設えた大きな噴水の周りでは、そこに腰掛けたり水で遊んでいる子供達がいる。傍では、白塗りに派手な柄の服に三角帽子を被った人が風船で犬やらフルーツやらを作っていた。凄いわねあれ。
ビリー曰く、先ほどの場所は幾つかある王都の入り口の一つ。賓客や流通、災害時や有事の際それぞれ入り口が違う。私達が入ってきたのは主に使用される通用門だった。そのため観光客など色々な人が集まりやすい。露店で盛り上がっていたのはそういう意味でやりがいがあるらしい。確かに何も知らない人は偽物でも安かったら買ってしまうでしょうね。しょうもないとは思うけど。
ここは第3中央広場と呼ばれるらしい。中央なのに第3ですって、第1や2がある時点で中央ではないのでは? と疑問に思うけれど、地図を見ればそれも分かるって窘められたわ。
この王都の全体が載っている大きな地図が立て看板としてどでんと置いてあったので寄ってみる。
地図上の北側に大きく城が描かれていて、さらに広々と円形の広場があった。そこには第1中央広場と書かれていて、更にそこから南へ下ると第2、更に下るとここ第3といった感じ。外れの方に第4もあったから、要はお城に近い方が一番ってことよね。
「上の方は行かねえな、俺らとは文字通り住む世界が違う」
どこか諦観すらも感じるビリーは、お城の方を見上げていた。
そうして一人で急に歩き出してしまった。私は慌てて追いかける。
ビリーが進んだ先は、この賑わいのある華やかな雰囲気とは少し違う何処か陰気とも呼べるようなものだった。歩く道も、並ぶ建物も、舗装されている気配は一切感じないほどボロボロだった。
そんな雰囲気でありながらも、人通りはかなり多く、賑わいという点では先ほどまでの広場といい勝負ね。
「迷子になるなよアリサ」
「あんたこそ一人で泣きわめいても知らないんだから」
「泣きわめいていたのはお前だろ」
「う、るさいわねぇえ!」
そんな事を話しているうちにビリーはとある露店の前で足を止める。
「おばさん! いつものくれよ!」
大きな籠に色とりどりの果物や野菜が置いてあった。素材の状態を見ることは滅多にないのでかなり貴重だわ。
「こら! おばさんじゃなくてお姉さん、って言いなさい!」
恰幅のいい皴を大きく刻んだ女性は、人の良さそうな笑顔を浮かべながらもビリーへそう釘を刺す。
「にしても何だい、アンタこんな可愛い子連れて、デートかい? まったくこっちが恥ずかしくなるよ~!」
そう笑いながら身を乗り出してビリーの肩をばしばしばんばん叩くおば、……お姉さん。
そんなんじゃねえよとか言いつつ照れているようにも見える。まぁ? 私みたいな綺麗な子とデートともなれば照れるのも仕方がないことね。
「ほら、いつものパンとリンゴだよ、カワイ子ちゃんの分もおまけして、なんと250ポトスだ! お姉さんの懐のでかさったらないだろう!」
快活に笑うと紙の袋にいっぱい詰め込んでビリーへと渡す。そうして円形のメダルのようなものをお姉さんに渡すとありがとうと感謝を述べて手を振った。
「お陰で安く上がったぜ。この調子であともう二軒行くぞ」
言われるがままビリーの後をついて行く。
ここはすごく、目まぐるしいわね。人が多くて、生? が渦巻いているわ。
あら、あれ何かしら?
露店が連なる通りの外れ、全身黒いマントに身を包んだ人がいた。その人は何やら怪しげな置物などを売っていた。それだけならば特に気にならなかったのだけれど、その中に、鈍く光る宝石が付いたネックレスが見えた。なんでだか分からないけれど、私はそれに導かれるように、人混みをするすると抜けてその人のもとへ向かった。
「何だい嬢ちゃん、これが気になるのかい」
顔も見えないくらい深く被ったフードの奥から、しわがれた声が響いた。
禍々しい見た目の置物、見たこともない楽器のようなもの、とにかく渾然一体としていた。改めて近くで見ると、その宝石の綺麗なことがよく分かる。
「こんな宝石、見たことないわ……綺麗な、深い緋……」
手に取り眺めてみる。細やかだけど大胆なカットが施されている。見たこともない切り口は職人だとしてもあまりに綺麗すぎる。でもそう、何処か不思議な……吸い込まれそうな妖しい魅力を放っていた。
「これ頂いていくわ」
気付けばそう口走っていた。私のドレスに着けても引けを取らない美しさを放っている。何故こんなところにあるのか疑問に思うほどだ。
「へへ、嬢ちゃん良い眼をしてるよ。それは代々俺達の中で伝わっているこの世のどこを探しても無い貴重な宝石だ」
勿論ルビーやガーネット等有名な宝石ではない。レッドジルコンが色味や雰囲気は似ているがそれとも違う。何処を探しても無い、だなんていつもなら嘘くさいと跳ねのけるが今回はその言い分にも頷けてしまう。
「ナリは汚ねえが平民の出じゃないだろ」
「あら、良く分かってるじゃない。案外見る目あるのね」
男はゲハゲハ笑うと、ニタァとねばちっこい笑顔を浮かべた。
「分かるんだよ、曲がりなりにもこれで商売してるから、目が良くなきゃやってられないね」
商売、ね。案外大変な人生を歩んでいるのね。
「ま、頑張って」
そう言って私は立ち去ろうとした。どんだけこの人が苦労していようが私には関係ない。そういう人生だったってことよ。
「ちょ、待ってくれ! 嬢ちゃんそりゃないぜ、お金をくれなきゃ。ましてやそれを持っていくならここにある商品全部買えるぐらいの値段じゃないと割に合わねえぜ」
「お金なんて私が持っているわけないでしょ? 後でアーティーが払いに来るからそれでいいでしょ?」
あ、そういえば今アーティーいないんだった。
「なるほどそこまでの嬢ちゃんだったか! 冷やかしは勘弁してくれ! 大体なんでそんな恰好してるんだまったく! 金が払えないならそれを返してとっとと帰んな!」
先ほどまでの穏やかな雰囲気は何処へやら、マントの男は激昂しては私に飛び掛かってくる勢いだ。
な、何よ私が悪いっての?
「おい女! そこで何をやっている!」
突如背後から大きな声を浴びせられる。振り返るとそこには鎧に身を包んだ兵士が3人いた。
「女、って……一体ここの兵士達はどういう教育を受けているの? レディの扱いの一つもなってないじゃない」
胸元まで届きそうな長い髭を貯えた兵士は、私のことを見下ろしながらずんずんと進んでくる。
「女は女、だろう! お前もお前だー! 路地裏での商売行為は如何なる物であっても禁ずる! 知らんわけじゃないだろう!」
兵士は汚く唾を飛ばしながらマントの男を叱る。
「けっ今日はなんてツイてないんだ……」
そう言って荷物をまとめると男は去って行ってしまった。
呆れた顔でそれを見送った兵士は、私の事を上から下まで嘗め回すように見た。
「その宝石、奴から奪い取ったのか卑しい女め」
そう言って私の腕を思いきり掴みその宝石をまじまじと見る。
「いたっ、はな、はなしなさいよー!」
力を入れてもビクともしない。これが男の人の力。なんて粗野で凶暴なの。
「窃盗は犯罪だぞ女ぁっ! ちょっと来てもらおうか、少し相手になってもらおう」
一気に怖気が走る。兵士達の下卑た笑みが気持ち悪い。大人の邪な目で見られることは度々あったが、その頃は確かな後ろ盾があったので誰も本気で手を出してくることはそんなになかった。だが今は違う、この兵士達はただ純粋な欲望を私にぶつけようとしている。王国兵士でありながら、だ。
「ふ、っざけないで! あんた達恥ずかしくないの! 真っ昼間の王都で王国兵士がそんなこと! 第一、繁華街に行けばそういうお店の一つや二つくらいあるでしょ!」
必死に抵抗するも全く振りほどけない。そこは腐っても兵士か、力が強い。
「そりゃぁあるさ、でも高い上に上玉はお偉いさん達に持っていかれちまう。俺達下っ端の兵士には平凡で、愛想のない、つまらない女しか残らない」
「あんた、最ッッ低ね。ここまで低俗な兵士しか育てられないなんて、この国の程度が知れるわ」
その言葉がよほど気に入らなかったか、こめかみにぴきぴきと血管を浮かべあがらせていた。
「女の分際で、我が国を愚弄するか!!」
兵士が手を振り上げる。思わず顔を背けたその時、被っていた帽子がふわりと地面へと落ちる。
それよりも殴られる、と目をつぶっていた私だったが、一向に衝撃が訪れずゆっくりと目を開ける。
「な、その、緋い髪は……!」
握られていた腕が解放される。ずきずきと痛い。
先ほどまでの傲慢でふてぶてしい態度とは打って変わって、怯えるような、まるで幽霊でも見ているようなそんな顔で私を見ていた。
な、何? 何をそんなに驚いているのよ。
「へへ、こいつはとんでもない上玉中の上玉じゃないですか、早く、俺らだけで楽しんじゃいましょうよ!」
後ろにいる細っこい兵士が舌なめずりをしながら私へじりじり近づいてくる。鳥肌が止まらない、気持ち悪い。
「馬鹿野郎ッ!! この女は『巫女』かもしれないんだぞ! 傷モノにでもしてみろ、我々の生きる場所は無くなるかもしれんぞ」
下心など無い、それは王国に仕える一兵士としての少しの矜持を感じる罵声だった。突然真剣な態度にピリつく空気。
巫女、って言った? 一体何だってのよ、わけがわからないわ。
「女を城へ連れていく、おい、大人しくするんだな」
「城って、いきなり何よ! 私が何をしたって言うの! 近寄らないで、触らないで!!」
またも兵士の大きな手が私を掴もうとする。しかも今度は得体の知れない理由でだ。どちらにせよ良い扱いを受けないのはわかりきっていた。逃げなきゃ、今すぐここから。
ダメ……怖くて足が動かない……やだ、助けて…………助けてよ!アーティー!
ダンッッという大きな音が響く。目を開けるとそこには、太陽の光を纏った、綺麗な金髪の男性が現れた。誰……?眩しくて、とても綺麗だわ。何故だか心が温かくなるような、安心感のある背中だわ。
「が、ガウェイン第一王子ッ!?」
お、王子? え、今空から降ってこなかった?
「あまり女の子を、いじめるなよ!」
王子、と呼ばれた人の手に魔法陣が浮かび上がる。瞬間、光が掌へ集まっていく。それを振り下ろすと、光球が兵士たちの足元で激しく爆発する。
あがる閃光と土煙に目を覆う。もう、さっきからほんとになんなのよーー!
「大丈夫か、ほらこっちだ」
王子は私の帽子を片手に、エスコートするようにそっと手を差し伸べてくれた。
すっごい、キラキラ光る髪の毛に長いまつ毛、お肌は陶器のように白く美しいわ。王子、そう王子……ろくでもない国かと思ったけど案外捨てたものじゃないわね。
「さぁ、早く!」
って、そうだった、今は早くこの場から去らないと。
私は王子の手を取ると、そのまま引っ張られるように走り出したのであった。