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緋色の巫女と竜王の使い  作者: 桜椛
第一章   
7/13

6話 命の扱い


「きゃーーー! 蛇! 蛇がいたわよ!? 噛まれたら死ぬわ……何か分からないけど気持ち悪い虫ーーーー!!いやーーーーー!!」



「うるっっせーーーーーな!! さっきまでの威勢はどこいったんだよ!? やっぱりお嬢様はひとりじゃ何も出来ないんだな」



 ビリーの後を付いて道無き道を歩いてる私達。暗いし何だか肌寒いし地面はぐにょぐにょりんしてるしもう何よーー!



「ひとつ訂正しておくわビリー」



「な、なんだよ……?」



「お嬢様はひとりじゃ何も出来ないんじゃなくて、ひとりで何もする必要は無いの。分かる?」



 ビリーは半目で、はぁ……と肩を落とすと、じゃあ行くぞとまた歩を進めた。



「ちょ、ちょっと何か言いなさいよ!」



 それから暫く、色々な虫に翻弄されていた私。今までにこんな叫んだことないわ、喉が渇くったらないわ。

 

 ビリーが辺りをキョロキョロして近くの木を確かめるように触る。



「何? どうしたのよ」



「いや……ここら辺にいるはずなんだけど……」



 ? どうやら何かを探しているようだけど、こんな所気持ち悪い虫や生き物しかいやしないわ。

 私が服に付いた木の葉などを振り払っていると、近くの木が大きな音をたてて揺らいだ。



「いやーーーー! やめて! もう! 何!? 食べないで! 私よりこの子のが美味しいわよーーーー!!」



 ――――――思わず目を瞑ってばたばたしたけど……何ともない?


 恐る恐る目を開けると、犬らしき生き物にべろんべろん顔を舐められているビリーがいた。



「ははっ! ちょ、くすぐった……やめろって、おいペロ!」



 戸惑いすぎて言葉が出ないわ。

 サイズこそ仔犬のそれなのだけれど、初めて見たわ紫色の犬なんて……



「あんた、大丈夫なの?」



 気持ち良さそうに舐められ続けているビリーだが、見ようによっては襲われてるのでは?

 ビリーはからっと笑うとその仔犬? をひょいと抱き締めて立ち上がった。



「大丈夫だって、ほら、可愛い顔してるだろ?」



 そう言って私の方へずずいと見せてくる。ペロ、と呼ばれた犬はにっこりスマイルをしてみせた。



「歯が怖いわ近付けないで」



 犬ってこんな牙鋭かったかしら? え、普通に危なくない?

 ビリーは不満そうな顔をして改めて抱き抱えると、愛おしそうに頭をよしんこ撫でていた。



「それで? その子を探してたみたいだけど……飼ってるの?」



「まさか、コイツ魔物だぜ? あの母さんが許すわけねえ」



 ま、まもの……? 今そう言ったわよね?

 生き物ではなく魔物……? 聞いたこともないわ。



「その、魔物? って一体何なのよ、化け物が存在するとでも言うの?」



 私がそう言うとビリーは信じられないと言った感じで目を見開いていた。開いた口が塞がらないとはこのことかしら。



「おま、そんな事も教えて貰わなかったのか!? 箱入り娘もいいとこだな」



 な、何よ! そんなに驚かなくてもいいじゃない! 知らないものは知らないんだもん!

 そこでビリーはペロを愛おしそうに撫でながら、私に語ってくれた。



「魔物ってのは、この国に伝わる伝記に出てくる、まぁ化け物だな」



 この国の伝記?



「聞いたことないのか? 竜とその使いの話」



「さっぱりね」



 何だかペロまで驚いているように見えるわ。そんな有名な話なの?



「御伽噺にもなってるくらいだぜ? 正直作り物が多すぎて信じていない人もいるくらいこの国……世界で有名だぞ」



 そうなのね全然知らなかったわ。何でアーティーは教えてくれなかったのかしら。



「簡単に言うと、この世界を破壊し尽くす竜がいて、そいつは自分の手駒でもある魔物を呼んで更に人々を苦しめた。しばらく魔物と人間の戦いが起きるが、圧倒的力の差、物量にやられ後が無かった。その窮地を救ったのが、『巫女』って呼ばれる存在なんだ」



 もうすっかり頭に入っているようで、ビリーはすらすらと私に説明してくれる。



「その巫女ってのが魔を鎮める力を持ってて、次々と魔物と竜を鎮めていくんだ。人間からは崇められて神様扱い。その後巫女は竜と共に去って、平和の象徴とも呼ばれれば災厄の象徴とも呼ばれるようになった」



「待って、平和と災厄じゃ正反対じゃない。救ってくれたんでしょう? その巫女とやらは」



「あぁ。だけど最後竜と一緒に消えてるからな。凶暴に暴れ回ってたのに、巫女の力で鎮めたとはいえ……なんだっけ? マッチシャワー? みたいなやつ」



 マッチポンプの事かしら。なるほどね、色んな見方があると言えばそうね。にしても子供の割にはよく知ってるじゃないそんな言葉。



「大人は御伽噺だから信じるなって言うんだけど、こんだけ魔物がいて信じるなってのも馬鹿な話だよな」



 そこで私は思い出す。昨日、町まで歩く途中、アーティーを襲ったあの化け物の事を。

 もしかしてあれが魔物? だとしたらそのペロも危ないんじゃ。



「あ? こいつは大丈夫だよ、見てれば分かるだろこんな人懐っこい魔物がいるかよ」



 見た目こそ今まで見た事ない生き物をしているし牙は怖いのだけれど、確かに今、ビリーに抱かれて尻尾を振っているペロを見てとても危険とは思えない。でも……完全に安心しきれないのも事実で、不安が靄のように滞留している。


 ビリーはペロを下ろしてしゃがみ込むと、バックパックからパンを1つ取り出した。



「ほれ、お腹空いただろ、食べろ」



 そう言うとパンを2つに折ってペロの口元へ持っていった。

 ペロはバウバウ吠えると大変喜んでいるようにパンを食べ始めた。余程お腹が空いていたのかしら。

 それを愛おしそうに見ているビリー。あら、随分と子供らしい可愛い顔をするじゃない。



「なんだよ、アリサにはやらねーぞ」



 前言撤回。やっぱ小憎たらしいわね。



「てかそのパン、あんたのでしょ? 何でペロの分貰ってないのよ」



「だーかーらーあの母さんが許すわけないだろ。俺がここでペロの面倒を見ていることは知らないよ」



 言いながら落ちている葉っぱを円形に繋ぎ合わせると、そこに水筒から水を注いだ。

 パンを食べ終えたペロはその水を飲むため顔を突っ込んだ。



「何度も聞いて悪いとは思うけど、本当に大丈夫なの? あんたに何かあったらマリーおばさん悲しむんじゃなくて?」



 その言葉にビリーは一瞬顔を曇らす。

 何もその考えが無いわけではないらしい。唇を一度湿らせた。



「大丈夫だって! この森だってもう何度も通ってるんだ! 今まで危ないことは無かったし、ペロだってほら! こんなに可愛い!」



 なんだろう、私この感じ知っているわ。

 飲み終えたペロは一度身体を震わせた。顔についてた雫が私の顔に跳ねる。

 確かに、可愛い。泥で少し汚れてはいるものの、毛並みは飼い慣らされた犬のように綺麗に艶めいている。その瞳もまるでブラックダイヤモンドのようだわ。そして────



「あら、この子額に傷跡がついてるわ」



 しゃがみ込んで近くで見ると、それが三日月の形をしているのが分かった。



「あぁ、昔からなんだ。中々珍しいよな」



 珍しいというか聞いたことないわね。これも魔物たる所以かしら。尚のこと不安が募るけど、確かにこのペロが危害を加えるようには思えないわね。牙は怖いけど。



「最初こいつを見つけた時、怪我をしててな」



 ペロの頭を撫でながら懐かしむように語り始める。



「多分崖から落ちたんだと思う。全身傷だらけで血も止まらなくて。俺今より小さかったから焦ったよ。どうしよどうしよーって。でも、いつも怪我ばっかしてた俺に母さんが手当してくれたみたいに、こいつにも同じようにしてみたんだ。そりゃ焦りきった子供の手当だから酷いもんだけど、その場は何とか助かったんだ」



 今も充分子供だけど、こいつなりにそれなりに考えて生きてるのね。



「木陰でずーっとペロを抱きしめた。治れー治れー! って。どれくらいそうしてたか分からないけど、気付くとペロの身体は治ってたんだ」



「え、あんた凄いじゃない」



 ビリーは吹き出すように笑った。何がそんなに面白かったのよ。



「いや、あの時は俺もびっくりしたよ。まさか魔法が使えるようになったのかなってはしゃいだよ」



 でた今度は魔法? 一体どうなってんのよこの世界。



「魔物も知らなければ魔法も知らないときた。田舎町の子供より頭悪いって相当だな」



 こんな小さい子供に哀れまれてるのは非常に癪だわ。



「そんなファンタジーな世界を知らないだけであんたよりよっぽど頭良いから御心配どうも有難うございます!!」



 あえて語気を強く鼻まで鳴らしてやったわ!

 


「……んで結局は俺の力じゃなくて、コイツの回復力が凄かったって話。だから俺はたいしたことしてないのに何故かそれ以来好かれちまって。それでこうやって王都に行く度にこの森で面倒を見てるってわけ」



 語りきるとビリーは立ち上がり一度大きく伸びをする。

 でもやっぱり、変だわ。いや……



「あんた分かってないわ」



「え?」



「うん、あんた分かってない。こんな中途半端に面倒を見ているなんて、飼ってるつもりになってるだけで自己満足よ、可哀想だわ」



 私のその言葉にビリーの顔に怒りが浮かぶ。



「誰が中途半端だ! た、たしかに家で面倒見れたらそれが一番だけど……でも、母さんが──」



「話せない……つまり覚悟が足りないのよ。ペロの面倒を見切れるっていう自信が無いのよ。犬だって命よ、簡単に背負えるものじゃない。ましてやそれがこの世の生物でないなら尚のこと」



 反論したい。けどビリーは二の句を継げられない。

 

 私には昔飼っていた犬がいた。

 そう、過去形。今はもう居ない。()()()()()()()()()()

 お腹空かせてたみたいだから、スコーンを食べさせてあげたの。美味しそうに食べてたからつい嬉しくなっちゃっていっぱいあげたわ。

 その日の夜、げーげー吐き続けたわ。

 アーティが診てくれたけど原因が分からず病院へ。その日はお医者様に診てもらったんだけど、次の日には亡くなっちゃった。

 原因はスコーンに入ってたレーズン。私もまだ小さくて分からなかったの、喜んでくれたのが嬉しかった。ただそれだけなのにね。

 当然アーティには怒られたわ。それ以来ペットは禁止。流石に私も震えたわ。怖かった。ちょっとした善意や好意で生き物の命を奪ってしまう。正しい知識を持ってなきゃ相手は勿論自分の事も傷付けてしまう。

 


「っ……お前には! 関係っ無いだろ……」



「確かに関係ないしあんたがそう言うなら私もこれ以上言わないわよ」



 ただ────



「可愛がってるペットが死ぬこと、あんたが傷つくこと、そのどれもあんたにとっては勿論、マリーおばさんが1番傷付くってことをよく覚えておきなさい」



「っ──!」



 ビリーはまだ子供。あーだこーだ言われるのはかなり癪なんでしょうね。

 でもダメよ、そんな悲しそうな顔で睨まれたって……。


 その後から暫くビリーは黙ったまま鬱蒼とした森を突き進んでいた。まるでどこを歩けばいいかのように迷うこと無く。

 私はその後を黙って──時には叫びながら着いて行った。


 そしてある時急に視界いっぱいに日差しが照りつける。

 思わず目を覆う。段々と慣れて像を結び始めると、大きなお城がどでんと現れた。



 遂に、王都『アイテール王国』に着いたのだった。


 

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