5話 私は鳥になりたい
「アイテール王国、もう何百年と続く歴史と秩序ある王国だよ、その城下町には王国傘下の町から色んな人が集まってね、そこで商売をしたりしているんだ」
王都、に行ったことがない私にマリーおばさんはそう説明をしてくれた。アイテール王国と敵対するケール帝国の話はアーティからよく教わっていたのだけれど王国についてはほんとに基本的なことしか教えてくれなかったからいい機会だわ。
ケール帝国は独自の軍事力を持っていて、自国だけでなく他国の領地を占領、そして勢力を拡大している。どうもアイテール王国すら支配下に置きこの世界を自分達の色に染めようとしているらしい。早い話、力で屈服させて世界征服ー! みたいなことよね、幼稚だわ。
「そう、アイテール王国はそれに対して、民の声を尊重し、奪うのではなく創る、豊かな国造りを目的としている。自国の護りを固め、民が活気づくことで気付けば何百年と続く大国の出来上がり! 争いは少ないし、ケール帝国なんかよりよっぽど安全で住みやすい国だよ」
マリーおばさんはそう付け加えたが、ビリーが反発すように声を荒らげる。
「けっ! どーだか! 結局潤ってるのは王族や兵隊、王都で暮らせている一部の人間だけ、俺らみたいなろくに商売も許されない、こんなド田舎暮ししか出来ない奴らのことなんて、なーーーんも考えちゃいないのさ!」
ビリーのその顔からは、何処か悔しさが滲んでいるように見えるわ。
働いたことなんか無いから一体何がそんなに困るのか分からないわ。
「こらビリー! そんな事言うんじゃないよ! 王都の暮らしが潤っているからこそ、私達はこうやって生きていける! ケール帝国の領地だったら、それすらままならなかったかもしれないんだよ? 分かったらつべこべ言わず買い物に行ってきなさい!」
ケール帝国の領地だったら奴隷にでもなってたのかしら? 奴隷って随分昔にはいたと教えられたけどこの時代にもまだいるのかしら? 奴隷ねぇ、そんなレアな存在会えるものなら会ってみたいわね。
「わかったよ! たく……ほら行くぞアリサ! 王都まで結構かかるからな!」
「ちょ、誰が呼び捨てにしてんのよ! そこはアリサ様と呼んでも宜しいですかお嬢様? でしょうが!」
「誰がそんな気色の悪いこと言うかよバーーカ!」
べーっと舌を出してけらけらと笑われた。
ほんっっと可愛くないわねこの子ったら!
「それじゃあ、おば様行ってきます!」
「はーい! ちゃんと仲良くするんだよ、気を付けてねー!」
やや大仰に手を振っているマリーおばさん。
仲良くって言われてもねぇ、この子が突っかかって来るんだもの。ま、可愛くて美しい私の前に恥ずかしがっているだけ、きっとそうなのね! そう考えたら可愛いもんじゃない。
私とビリーは町を出ると、大地広がる街道をただひたすらに歩いていた。
陽はまだ登ったばかりで、空気はどこか涼し気だ。
見渡す限り草や木々が生い茂っている。
ただ私たちが歩いているこの道は、少なくとも人の往来がある事を示していた。ま、少なくともこんな道、馬車は通れないわね。
ふと立ち止まり空を見上げる。
太陽の光が眩しくて手で覆うと、その隙間から鳥が羽ばたくのが見えた。
「いいわね、私もあんな風に飛んでみたいわ」
ふとそんな事を独り言ちる。
すると私を置いてずんだか先に行ってるビリーがこちらへ振り向いた。
「おい! 早く来いってだらしねーなー!」
「あんた、レディに……っ……歩幅を、合わせたり! ちょっとは助けたりとか……そういう、精神は……ないの、かしらっ……!」
既に歩くのが嫌になっているくらい全身で息をしてる私とは対照にビリーは早足且つ元気に溢れていた。早く王都に行きたいのは分かるけど! 私にもその元気、分けなさいよ!
「助けるも何もただの平坦な道じゃねえか、別に山登ってるわけでもヒール履いてる訳でもねえのに」
そう、マリーおばさんからは服だけでなく、靴も貸してくれた。歩きやすいからとぺったんこの薄い靴なのだが。
「ヒールのが履きなれてるのよーーー!! そもそも昨日さんっっっざん! 歩かされて! こっちは1歩も動けないくらい疲れているんだからーーーー!!!」
ビリーに聞こえるようにめいっぱい叫んでやったわ!
ストレス! 何もかもがストレス! 何なのよ! よくこんな生活ずーっと続けていられるわね? 超人よ超人。ほんとこんな事になったのもぜーーーんぶお父様のせいだわ!!
「うるせーーな! よっぽど楽で歩きやすいだろ! それに、無理して着いてこなくても構わねえよ! いつも買い物は1人でやってんだ、今更困らねえ」
ビリーはそう言うや前を向き直しまたずんだか進んで行ってしまう。
「ちょ、ちょっと! はっ……ぁ……! もーーー! こんなとこに私を置いていかないでよーーー!」
「お前そんなんだからあの執事にも愛想つかされ置いてかれたんだよー!」
なっ────あのねぇ!
「今は関係無いでしょ! それに、置いてかれたんじゃなくて私が置いてったのよ! あんな不躾で嫌味ったらしい執事なんかこっちから願い下げよ!」
あーあ! ビリーのせいで嫌な気分になってきちゃった。
全く……ほんと、何なのよ…………私、何してるんだろ……
気付けば私は下を向いていた。いつもの綺麗なドレスではなく、布のような汚い服。長時間歩くことに慣れていない私の足は、靴擦れでかすかに痛い。
惨め。まさか自分に対してそんな感情を抱くとは思わなかった。
思わずその場にしゃがみ込んでしまいそうになった時、小さな手が目の前に現れた。
「ほら、泣かれっと俺が母さんに怒られるだろ。それに、仮にも歳上なんだからしっかりしてくれよ」
どこか照れ臭そうにそっぽを向きながら手を伸ばしているビリー。言葉こそ乱暴だが私の事を心配してくれているようね。
何よ、やっぱ可愛いとこあるじゃない。
「な! 何を、ニヤニヤしてんだよ! 人の好意を素直に受け取ったらどうなんだよ」
「ビリー、苦しゅうないわ」
「けっ可愛くねぇ」
ビリーに手を引いてもらいながら歩く事12時間、草原を抜けたと思ったら目の前に大きな坂が現れた。
え、これ以上まだ歩かされるの? 王都は? 王都はどこにあるのよ。
「2時間だよ2時間、そんな経ってるわけねえだろ。王都自体は、このベイドン山の向こうにある。大人しくここ登ってたらあと3時間位は掛かる」
「あーーーもうヤダヤダヤダヤダ!! 山なんか登ったことないわよ!!」
山って何よ! 町から町の移動で山を越すってどういうことなの! 改めてあそこが田舎だってことがわかったわ!
「駄々をこねるなって! 安心しろ、俺だって登る気は無い。こっちから行けば1時間くらいで行ける」
とビリーが指したのは森だった。
道なんてものは見当たらない、ただ木が乱立している。
風が1度強く吹き木々が合唱を始める。
もう一度ビリーが指した方を見るけど…………見事な森だわ。
「さ、どういうことか説明してちょうだいビリー」
半ば呆れで聞いたものの、ビリーとしては質問自体が疑問らしい、頭を傾げているわ。
「説明って、だから言ってるだろ、大人しく山登ってたら危ないし時間もかかる。でもこの森を突っ切ればかなり早く王都に着ける! これ以上の説明はない!」
「森って! 森よ? 森なのよ!?」
「何が言いたんだよ!!??」
田舎のお子様とはどうも常識がなってないようね。でもそっか、山……山は嫌よね。
「露骨に嫌な顔するな」
嫌だなんてそんなわけないじゃない
「もっとパパっと行けないの!!」
「思ってる事と言ってる事が逆になってるぞ! そんな簡単に行けたら苦労しないっつーの」
ビリーはそう言うと踏み慣らされた道を外れて森へ一直線に歩いていった。
ええい! こうなったら着いてってやるわよ! 森が何よ! この私にかかれば怖い物なんかありゃしないわ!