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緋色の巫女と竜王の使い  作者: 桜椛
第一章   
3/13

2話  初めての喧嘩

「はぁ~……やっとついたわね。もうクッタクタよぉ~ホテル泊まりましょ、ホテル」


「はぁ……そんなものがこの町にあるとでも? 宿の一つでもあれば十分でしょう」



 放浪中の父親を捜すために旅に出たアリサこと私と、ドS執事のアーティー。

 お屋敷から街道に出てアーティーの背を追うこと約26時間。やっとの思いで、町らしき場所へとたどり着いたのであった。



「そんな経ってるわけないでしょう。たったの6時間です」



 ずいとアーティーが半目で私の顔を覗き込む。あまりの近さに思わず一歩引く。



「私には! それくらいの! 気分なんです!」



 腕を組んでアーティーを横目でちらと見てやる。

 呆れたかのように目を伏せ額に手を当てて首を横に振っている。



「これだからお嬢様は……これからどうやって生きていくつもりです? 私達には、家がない! 服がない! 食料もない! そして何より、お金がない! 今までの何もせず勝手に用意されている生活とは違うんです。これからは、貴女御自身で全て用意しなければいけないんですよ」



 ガミガミと口喧しい執事だこと。まーったく、頭のお堅いったら。



「今そんなこと言っててもしょうがないでしょ! 全てはお父様がいけないんだわ!」



「……確かに悪いのはあの方ですが、だからと言って我々がこれから貧乏暮らしをするという事実は変わらないわけですが?」



 まるで責めるようにそんなことを言って睨みを利かせてくるアーティ。全く反抗的なことだわ。



「はいはい、そうですねぇ~そこら辺はあんたに任せるわ。とりあえず疲れたから休みましょう。ここまでずっと歩きっぱなしじゃない」



 はぁ~今日はもうシャワーでも浴びてぐっすり休みたい気分。



「だからそのためにはお金がないと言っているでしょうに……」


まーた暗い話ばかりして。

 まぁ心配性なアーティなんか放っておいて、とっとと町に入りましょう。足が鉄のように硬いわ。



 町の入り口らしきところへ立つ。全くぼろくて小さい町だわ。

 入口は煉瓦の塀に木の看板という実に簡素な造りなのね。

 


「ハンスリー。名前も変ね」



 まぁいいや、とにかく入りましょう。

 と、活き込んだところを、アーティに呼び止められる。何よ、調子が狂うじゃない。



「いいですかリサ? くれぐれも目立った行動はとらないようにお願いしますよ。我々の身が危ない」



 もう、執事でも何でもないくせにネチネチとうるさいわね。

 私の身が危ない? そんなわけないじゃない。だって私には、貴方が付いているんだもの。



「大丈夫よー! この私、アリサ・ドロシー・ブラッドフィールドの処世術を舐めないで頂戴!」



「それを教えたのは私で、飽くまで地位あってこそのものであるということを理解してくださいな……」



 アーティってば何をそんなに心配しているのかしら。全く辛気臭いったらないわ!

 こういった男は駄目ね、女性からうんざりされるだけね。だから、この私が面倒を見てあげなくっちゃ。 

 アーティに対する心配事が増えたところで、私はぼっろちい町、ハンスリーへと足を踏み入れた。








「だーーかーーらーー!! この私に部屋を用意しなさいって言ってんの!! わかんないのかしらこのタコ頭!!」



「だーーかーーらーー!! お金払ってくんなきゃ無理だって言ってんの!! そんな高そうな服売っぱらってくれるってんなら話は別だがよ!」



「はぁっ!? ふっざけんじゃないわよ!! この服は、お母様が私に遺してくれた大切なもんなの!! 売れるわけないでしょ馬鹿じゃないの!? はっ! 第一こんなところで払えるような額じゃあないわよ!!」



 私の言葉に完全に怒ったようで、本当に茹で上がったタコのように顔を真っ赤にしている大男。

 汚く生えた髭を揺らしながら私に唾を飛ばしてくる。髪の毛は生えてないのに。その髭頭に移植したら?



「ふっざけんなこの世間知らず!! おいあんちゃん、あんた見たところ執事ってやつだろう。だったらこの嬢ちゃんに常識ってものを教えたらどうなんだ?」



 私の隣で大人しくしていたアーティ。全く好き勝手言わせて何よ! 存分に言い返してやりなさい!!

 


「全くその通りですすみません……」



「はぁっ!? 何素直に謝ってんのよこのバカ執事!! こんなハゲ相手に悔しくないの!?」



「誰がハゲじゃこら!!!! お前らに部屋貸すくらいなら、くいっぱぐれの面倒見るほうが何倍もいいわ!!!!」



 未だに言われてもただすみませんと謝るだけのアーティ。

 頭を下げて戻す瞬間こちらを睨んでいるような気がするのは気のせいかしら。

 はぁ……それにしてもうるさいわねもう!



「わかったわよ! こんなところ端から願い下げですよーだ!! ほら、行くわよアーティ!!」



 全く信じられない! 何なのこのみみっちいホテルは! 部屋の一つも貸せないなんてホテルとして成立してないじゃない。

 わざと踵踏み鳴らして出てってやるわ!



 床板が割れそうなほどの音を立てて出て行って扉を閉めるその前に、後ろを振り向いてべーっと舌をだしてやった。

 品が無いからやめなさいとアーティに怒られてしまったけど、タコオヤジの悔しそうな顔が見れたから満足だわ。



 すっかり日が落ちて暗くなっていた。町には窓から漏れる光だけで、それ以外の明かりはと言えば月明りだけだった。

 そのため町自体暗く感じるし、ただでさえぼろっちいところなのにまるで廃墟に住む幽霊たちの町みたいになっている。

 

 お昼時とは違って、夜は風が冷たいのね。ドレスだからそれほど寒くはないけど、基本出歩いたことなんてなかったから分からなかったわ。

 そこで私は、一度くっと伸びをして一気に脱力する。

 そしてその状態でアーティの顔を見ると……まるで鬼のような形相をしていた。



「な、何よ!? 何課不満でもあるっての!!」



「不満なら大アリですよ!!!! どうして、最初に言ったはずですよねぇ!? 目立った行動はとらないようにと!!」



 ガミガミと口うるさく怒鳴りつけないで! 耳がおかしくなっちゃうわ。



「もおう! あのタコオヤジがいけないんでしょう!? 私は何も悪くないわ、ただ普通に、泊まる部屋を用意してくれと言ったまでじゃない!」



「あれのどこが普通なんですか、今までの生活だったとしてもあれを普通と認めるのは納得いきませんねえ」



 本気でショックを受けているように眉間を摩っているアーティ。何よ、そんな文句言うんだったらアーティが交渉すればよかったじゃないの。



「それではあなたのためにならないでしょう。これから先、ああいうことは必ず出てきます。旅というのはそういうものですから。しかし、あれでは何処へ行ってもあのように断られるのが当たり前です!! お陰で今日あなたが嫌がっていた野宿をする羽目になったんですよ!!」



 うっ……そう言われても……何なの、何でそんな本気で怒ってるの、怖いわよアーティ。



「し、仕方ないじゃない!! 私は今までこんな汚くてぼろっちい街に来たことなんて一度もないんだから!! 貧乏人の生活なんて知る訳ないじゃない! それを教育するのがあなたの仕事でしょ!? 私に当たらないで!!」



 アーティは眼鏡の奥の瞳を大きく開けて、その顔に筋肉を集中させ、ピクピクとさせ始める。

 そしてこの静寂を破るように口を大きく開いた。



「っもう知りません!!!! あなたの面倒何てとてもじゃないですが見てられません!!!! 私とあなたの関係に、もう主従というものはないんですよ!! そんなに人に迷惑をかけた挙句文句を垂れるようであれば、その『汚くてぼろっちい街』で勝手に野垂れ死んだらどうですか!!!!」



 嘘も偽りも一切介在することのない、本気の怒り。獣のように口を、牙を剥いて私に歯向かうアーティ。

 まさに主人に吼える犬そのもの。

 だけどその犬は、もう二度と戻ってこないであろうことを、咆哮の中にしっかりと含ませていた。

 

 待って、何よ急に、そんなのずるいわ。こんなところに置いていかないでよ、私これからどうしたらいいの、どうしたら……どうしたら!!



「待ってよ!! ごめんなさい!! 私謝るから、何度でも何度でもあなたが許してくれるまで謝るから!! だから、……だから私を独りにしないでよアーティ!!!!」

 


 寂しかった。いなくなってしまうんだと思ったその瞬間、ものすごく心が寂しかった。

 だから叫ぶ。心から、離れていって欲しくないから。引き止めたくて、傍にいてほしくて。

 


 だけど、私のその言葉も虚しく、アーティは闇の中へと姿を消してしまった。


 本当の静寂が辺りを包む。夜の帳が、まるで私の気持ちのように沈み込んでいる。

 


「あーぁ……行っちゃった…………」



 初めて見たな、あんな本気で怒った顔。

 アーティなら多分一人でも生きていけるんだろうな。何でもできる完璧超人だし、顔だって整っているし……それに比べ私は……。


 常識が無い、一つ口を開けば喧嘩腰、処世術とか言っていたけどそう、お金がある頃の話だもの。

 本当にどうしよう……。

 お腹も空いてきた……何かさっきよりも寒くなってきた気がするし、木々のざわめきがまるで、さっきの化け物が飛び出てくるようであるし。

 眠くなってきたな……アーティ、暖かい布団が欲しいわ……こんな地面なんかに寝たら、お母様のドレスが汚れてしまう。

 どうしよう……あれ? もう、どうしたのよ、視界が霞んできたわ……しっかりしないさいアリサ、きっと、きっとどうにか……どうにかなるは……ずっ…………。



「っぅ……ぁ、ひっ……うぁ、うわぁあぁああぁああああん!! アーティぃぃっ寂しいよぉおおお!! 独りに、独りにしないでよぉぉおおおお!! ひっく……私、私これからどうしたらいいのよぉぉおおおおお!! う、うわぁああぁああああああああん!!」



 抑え切れなかった。想いが、心が涙となって止めどなく溢れてくる。ドレスが汚れてしまうのを分かっていながらも、その場に頽れてしまう。

 泣きじゃくる子供そのもの。アーティが見たら呆れて笑い出すかもしれない。だけどそれでいい。今はそれでもいいから傍にいてほしい。私の前に現れてほしい、お願い……お願いだから。



「おい! さっきからうるさいんだよ!!!!」



 寂しさを紛らわす様に大きな声で泣いていた私に話しかけるものがいた。アーティ? と思うが、違う。こんなに若くて高い声はしていない。

 必死に抑えながら、涙を拭って声の方向へ顔を向けると、そこには眉根を吊り上げた小さい男の子がいた。

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