12話 眠りしモノはなんなりや
やだどうしよう……灯りが何も無いから暗くて全然見えないわ……
私は隠し通路を見つけて下へ続く階段を降りていた。幸い後から追ってくる気配を感じないので、ゆっくり安全に徹して壁に手をつけて降りていくことが出来た。
襲撃時の緊急避難路として作られたであろうから、このまま外へ出れるはず。そう信じる他無かった。
「にしてもどれだけ降りるのよ……また地下まで行ってっぇ!?……ととっ」
まだ階段があるものと思って足を降ろしたらそのまま地面へ着いてバランスを崩す。どうやらやっと着いたようだけど……なーーーんも見えない……早くこんな息苦しい所出て行きたい、ただそれだけなのに……
壁もなくなって多分少しだけ開けた場所に出た、んだと思う。息苦しさはあるんだけど窮屈感は無いというか、むしろ開放感すらある……?
そう感じてはいても何も見えないから勘違いでしかないとは思うのだけれどね。
はぁ……とりあえずこういう時はまっすぐ進むものよ…………
「いたぁっい!? ちょ、何? ごつん、ごつんっていったわよ!?」
何かすごく硬いものが顔に当たった。突然の衝撃に思わず尻もちをつく。鼻がじーんと熱くなって涙がこぼれる。もう!! 何なのよ!! 苛立ちからぱしんと叩いたがやっぱり岩のような物に阻まれた。手が痛すぎて声も出ないわ。
「壁でも扉でもなさそう……何…………ん……?」
じっくりと目を凝らすと何やら水晶のような結晶体が見えた。そしてその奥にはごつごつとした、鱗のようなものが……?
「っ!?……え、これって…………!!??」
ドクンッ────
1回、鼓動が大きく脈打った。
ドクンッドクンッ────
どんどん大きく、早くなる。
それに合わせて身体が、頭が熱くなる。
ドクンッドクンッドクンッ────
やだ、なに、コレ……?
瞬間、地響きが起こる。地震……ではない、目の前のコレ自身が揺れている。まるで何かが目覚めるかのような、そう、胎動、世界を揺るがす……いったい……
「きゃっぁ!! な、頭がっ……!」
視界がぶれる、頭が割れそう、此処ではない何処か、映像が駆け巡る。
広大な大地、吹き荒ぶ風、流れる暗雲に血、人の悲鳴、怨嗟すら聞こえてくる。冷たいけど熱い空気がまとわりついてる。
空を飛ぶ大きな影……これが……竜……!?
禍々しい圧倒的な存在、肉と血に飢えた爪と牙……それを護るように幾人もの…………え?
「アーティ……?」
ノイズが走り現実に戻される。
何今の……? 頭が、ぐるぐるして気持ちが悪い。何か断片的な映像が……だめ、考えていても分からない。ひとつ言えるのはこの場にいたらまずいということだけ。
地響きは収まったけど目の前のこれが放つ異物感、威圧感、恐怖感は寧ろ増している気がする。
「何か眠ってるっての?」
相変わらず視界は暗いままだけど、直感だけを頼りに私はやっと地上へ出たのだった。
月の光ですら今は眩しく感じる。思わず目を瞬かせる。
追手は……特に来てないわね。でもこのまま正面からお城を出たんじゃ門番に捕まる。逃げるなら……られなくない? 城壁たっっか。正面から出ていくしかないわけだけど、やっぱりいるよねぇ……どうしようと頭を悩ませていると。
「おい何処へ行く!!」
「はいぃっ!! もうお願いだから黙ってぇ……って、え?」
私は思わず身体が固まる。そうそこにいる人物を見て驚いたのだ。
「アーティ!? あんた今まで何処に行ってたのよこの、このバカ執事!! うわぁぁああん!」
「おや? 私の事はもう知らないのではなくて?」
「うるさいうるさいうるさい!!!! って何なのよその格好!!」
なんかもう色々と感情がぐちゃぐちゃだけど今は見知った顔傍に居るだけでかなり心強いわ。そしてそんなアーティは久しぶりに会ったというのにいつも通りの感じでやっぱり感じ悪いし、何よりいつもの燕尾服ではなく、ここの兵士と全く同じ格好をしていたのが余計に腹立つ。
「お似合いですか?」
「言ってないわ」
「このままここで働くのも悪く無いですね」
ふふんとまんざらでもない感じで胸を張るアーティ。こいつのこういう表情本当に腹が立つわね。
「あぁ、貴女の格好もとてもお似合いですよ……悪ガキ感があって」
ブフっと息を漏らしながら笑うアーティ。そういえば私も普段とは違う格好をしていたのだけれど。
「誰が悪ガキよ誰がーー!!」
せめてわんぱくとか、こう、言い方ってもんがあるでしょう!
「ところであんたここで何してるの」
「……はぁ」
「そのあからさまな面倒顔は何よ!!」
「あ、いえ別にこの感情を言語化してお伝えするのは少々憚れるなと」
眉根を下げて息が見えそうなほど深く吐いたアーティの顔は非常に陰鬱だった。
「まぁいいわ、それよりアーティ、ここから脱出するの助けてちょうだい」
「嫌です」
「そう流石私の執事話が分か……なんでよ!?」
「おねだりの仕方を知らない訳でもないでしょう?」
あ、いつものアーティの顔だ。こんのドS執事め。
めちゃくちゃ腹は立つけど背に腹はかえられないってやつね……私一人じゃ悔しいけどこの場を脱する力は無い……でもアーティならきっと何とかしてくれる……はぁ…………はぁ。
「あ、アーティ……お願い、私を助けて……ください」
服の裾をギュッと握り頭を下げる。普段ならこんな懇願するような形は許せないけれど今はそうも言っていられない。訳も分からず追いかけ回されて私は、もう疲れていた。
それから暫く沈黙が続く。何? 無視? この私がお願いしてるんだから───
「リサ、貴女は本当に可愛い人ですね」
そんな訳の分からない言葉と共に頭に手をポンと乗せられていた。そして優しく包み込むようにそっと何度も撫でられる。
なっ何……触れられた所が温かい……ムカつくのに、腹が立ってしょうがないのに……今は何故かこの瞬間の安らぎに身を預けてしまいたい。
「でもやっぱご主人の頭を撫でるのは許せないわーー!!」
必死に抵抗してアーティの手をどかす。突然の事に驚いた顔をしていたがすぐにいつものように嘲笑った。本当にこいつ私に対して敬意とかそういうの一切無いでしょ。
「大変趣深いものが見れましたのでお嬢様の仰せのままに、私アーサー・ディバイン・キングスレーがこの国から脱出させて差し上げます」
胸に手を当てて微笑むと私の手を掬いあげた。こういうひとつの所作すら美しいのが私の執事だ。アーティがこう言えば間違いない、きっと何とかしてくれる、そんな安心感があった。
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城内は斯くも慌ただしく兵が駆けていた。それは脱走した巫女を捕らえるためだ。逃がしたと知れれば国王の御心も穏やかでは済まないだろうと共通の認識でいた。いや寧ろその程度で済めばどれほどいいだろうか、兵士全員の命を差し出す可能性もなくはない。焦りもある中血眼で探している最中、唐突にそれは起きた。
「な、何だ!?」
「大きい! 城全体……いや、国全体が揺れてる!?」
「しかも長いぞ! 滅多に地震なんか起こらないのに……」
窓が大きく揺れ今にも割れそうな嫌な音を響かせている。城内のランプも激しく揺れ下手すると火事にも発展しかねない。兵士達は立っている事もままならず尻餅をつく者や壁に背を預けている者など様々だ。とても巫女の捜索どころでは無い。
そしてその騒ぎに国王もまた目を覚ます。
「陛下!! 陛下ご無事ですか!?」
ドンドンドンと不躾に扉がノックされる。苛立ちもしつつ只事ではないと身体を起こした。
「何だ騒々しい! ここを何処と心得る」
「は、入ります! ほっ……良かった……」
まだ兵士になって間も無いだろうか制服を着ているのではなく着られている20代前半くらいの若い男は濃い眉を安堵と共に下げた。だがすぐに事の重大さと己の現状を省み裾を正す。
「大変失礼致しました! ただ、城全体が激しく、揺れている為……おわっと……このように、有事であると判断しました」
話している間にも揺れは続いている。兵士は扉を、マロリーは寝台を支えにそれに耐えていた。
「ただの地震であろう、じきに収まるはずだ下がれ」
「えっ……は、はっ! 失礼致しまし――――」
「父上! ご無事ですか!!」
兵士が去ろうとしたその時、珍しく血相を変えたアグラヴェインが走り込んできた。
「だ、団長!? お疲れ様です!」
何故お前が此処に? と鋭い視線に宿らせる。余りの迫力に兵士はピタッと動きを止めてしまった。
「何なんださっきから! 私なら何も問題無い。大事の前の小事だ」
そういうや眉間の皺を3度なぞってから窓へ近付きカーテンを開ける。だがそこに映っていたのは王都の街並みではなく、岩肌にも似たゴツゴツした表面にこの世ともあの世ともまた違う何処か違う世界から見据える形容しがたい大きな瞳が見えた。
マロリーは咄嗟にカーテンを閉めながら離れる。
一瞬で冷や汗が吹き上がり今見た物の正体を掴もうとする。いや、彼の中で答えは出ていた。でも何故、こんな所に居るはずは無いのにと頭を振りもう一度意を決してカーテンを開ける。
揺れもいつしか収まりそこには静寂ばかりが闊歩していた。いつも見える夜の王都そのものが広がっている。先程のは、と起きてる事態に思案していると。
「その事なんですが……」
焦りとも怒りとも、アグラヴェインにしては珍しく呆然とも取れる表情にマロリーは眉を顰める。
「何だ、はっきり申せ」
覚悟を決めたように1度唾を飲み込んだアグラヴェインは、1番恐れていた事態を自身の口から発することに嫌悪感を抱いた。
「巫女が、脱走しました」
「なっ……!?」
「大変申し訳ありませんっ!!」
「馬鹿者!! わしに言う暇があったら今すぐ捕まえるのだ!! 巫女といえど手負いの小娘だろうが!! 全く王国兵士が聞いて呆れるぞ!!」
突然叫んだのと報告されたまさかの事態に目眩を起こし寝台へ腰を落とす。
檄を飛ばされたアグラヴェインは一礼をし、隣で震えていた兵士の首根っこを掴み部屋を後にする。
マロリーは顔に陰を落とし何処ともなく見つめる。だがその瞳の奥までは曇ってはいない。
「逃げられると思うなよ、我が国が、我こそが世界を統治する未来は既に決まっているのだから」
そう呟くと徐々に可笑しくなってきたのか笑い始めたのであった。