10話 初めての牢屋
お腹が空いた。
空きすぎてお腹と背中がぺったんこになりそう。思えば朝から何も食べてないわ。お茶だって飲んでない……もう、昨日から何なの! これだったらまだマリーおばさんの家の方が何倍もいいわ……こんな冷たいところいやよ、ねぇ、アーティー私お家に帰りたいわ。
「へぇ、すげぇ本当に髪が赤いや」
「だ、誰!?」
突然掛けられた声にびっくりして体が跳ね上がる。でも手と足が縛られているため痛みが走った。
暗い鉄格子の向こう側から現れたのは、品性も無い顔をした兵士だった。人の事を物珍しそうに、品定めでもするように見られるこの感覚が非常に気持ちが悪かった。
だけど一つ分かったことがある、ここはきっと城の中だわ。兵士がいるんだものそうに違いない。でも何で牢屋? 私何かした?
「ま、早い話見張りよ。こんな状態でどうやって逃げ出すんだって話だけど」
兵士はそう言うと木の椅子を持って来て、鉄格子から少し距離を取って、でも私のことが見える位置で座った。
見張り? 何で見張る必要があるってのよ。
「あんたが本当に巫女さんだってんなら、対した牢でもないんだろうけど」
にやけ顔は崩さないまま兵士は黙って私のことを見ている。
「待って、私が何をしたっていうの? 何でこんなところに囚われる必要があるの! 早く出しなさい!」
「おっと、気が強いってのは本当らしいな。だが無駄だぜ、俺はこう見えて色んな人間をこの牢で見てきた。どいつもこいつもしょーもないやつらばっかだったさ」
兵士は少し宙を見上げると、聞いてもいないのに語り始めた。
「その日のパンを盗んで捕まった奴、強姦で捕まった奴、男を騙して捕まった奴……ここにぶち込まれた奴は皆、最初はそうやって叫ぶんだよ、私は悪くない、俺はそんなつもりじゃ、ってね」
何処か芝居がかったように聞こえるのは、この男の声質かしら。他に誰もいないこの牢獄によく響く。
「だがここの冷たさに、次第に心が死んでいく。何も喋らなくなった奴もいれば、ただひたすらに謝る奴、そして気が狂って命を絶つ奴……」
思わず唾を飲み込む。背中を嫌な空気が通ったような感覚だわ。
「ま、それもどうせ大した時間は必要ないだろうさ、お前さんはきっと直ぐにここから出ることになるそれまでは大人しくしといた方が疲れないぜ?」
「ほ、本当!? いや、当然よね。この私が牢屋だなんてそんな馬鹿な事あっていいわけがないわ」
やっぱり何かの間違いだったのよ。そう思ったら何だか安心したわ。全くどうせならもっと綺麗なとこに捕らえなさいよね。
「どうやら何か勘違いしているようだが、一つお節介を言わせてもらうなら、ここから出た先は地獄……かもな。変な話ここにいた方がよっぽど幸せだと思えるかもしれん」
兵士はそう言うとまたもにやついた顔でこちらを見ると、そのまま口を開かなくなってしまった。
ここにいた方が幸せ? 出た先が地獄? そんなわけ無いじゃない、何を言ってるのよこの男は。
ともかく、出られるのが分かればここで慌てる必要はないわね。とっととこの錠と鎖と冷たい石の床とおさらばしたいわ。さ、とにかく寝ましょう。時間が解決することならば今はその時間を認識しない方が精神的に穏やかだわ。
「この状況で寝やがった……いやそれくらいしかやることは無いが、あまりにも見切りが早すぎる……」
兵士は音も立てずに眠りについたアリサを見て驚いていた。その選択肢を取るものは勿論多いが牢屋生活一日目で自らそうする人は少ない。
「神経が図太いか、余程の馬鹿かってとこだな。どちらにせよ羨ま、し…………」
喋りながら、兵士の意識は次第に落ちていった。
それを陰から見ていた男は兵士の傍へ寄ると腰の辺りを探る。ジャラっと金属が揺れる音が部屋に反響する。そして男はそれを牢屋の鍵穴に差し込んだ。